☃︎
何を聞いていた?
室内に机をコツコツ、コツコツと叩く音が響く。
二回…二回…。誰も気付きはしない。俺の事を本当に知る人のみが知るこのリズムに。俺の心の声に。
事件性は無いとは言い切れない
あると言ってるようじゃないか。
窓の外を見る。やたら静かに感じるのはこいつのせいだ。
雪が降るほど、ひとつが大きな粒となるほど、全ての音を消す。不安になるほどの静けさを呼ぶ。
友塚は携帯を取り出し、番号を探す。
「はいっ。竹内。」
「今どうなっている。」
「今、日記にあった場所らしき商店街に来ています」
後ろで笑い声が聞こえる。過敏になっていると、聞きたくない音まで拾ってしまう。
チッ
「すみません。今、場所を変えます。」
商店街にいるのは、確かだろう。
あの独特な音の響きや、活気を帯びた声は俺も知っている。それに、雪が防げる為、軽快な足音も後押しをする。
「し、失礼しましたっ。動きありましたか?」
歳をとった人間が、必死に重い体を動かし切れた息を感じさせぬように話す姿を想像すると、俺も同じ道にいたかもしれない不安に、指のリズムが崩れ、強くなる。
はぁ…すぅーっ…はぁー…
それを感じさせないよう、生きるための息すら気を使う。それは、本当に必要か?
「おい、お前も歳だ。無理に隠さんでも聞こえてくる。座る場所があれば座れ。」
直ぐにあったのだろう。ドサッという音と共に、ガサガサッと音がする。
「そんな息を切らしながらよく煙草吸えるな。」
「ははっ…」息を吐く音と共に、奴の姿を思い出す。奴が、なぜ上を目指すのを辞退したのか分かる気がする。
「これが性ですよ。吸いたきゃ吸う。苦しい時も吸う。破滅の一歩をガッシリ踏み締めてるな。はははっ…」
「笑い声なんて久しぶりに聞いた。お前が笑ったのはいつぶりだ?」「……。」返事はない。
「ははは。…俺は、こいつに合わなかったら生きたまま死んでいたと思います。堺は、鬱陶しがられる人間だろうが、明るくしてくれますよ。馬鹿でしかないですが、馬鹿正直で馬鹿真っ直ぐで…、俺にも移りましたかね?…ところで、どうしましたか?」
急なトーンの変化に俺の指のリズムが乱れる。混乱しているが、続ける。
「あぁ、会見の事だ。」
何も言わないのを耳に感じ
「なぁ…。何故人間は曖昧を好む?何も無くても、何故そこに何かを見つけようとする?
もし…、本当に何も無いとしてもだ。」
「何かあったんですか?」
コツコツコツコツ…
雪はなんなんだろうか?
騒がしい車の騒音、いや、街の声全てを消す。
ほんの近くの音を除いて。
混乱してる近寄り難い、コツコツという音が嫌に大きく耳に響く。
「……しいか?」
ん?「すいません、音が途切れてしまって」息を吐く音がすると
「お前は楽しいか?」
「え?」
「お前は今の仕事が楽しいかと聞いたんだ。」
すぐに返事が返ってこないため、新品のライターで煙草の火をつける。
「この歳になって、初めて煙草を買った。健康だのなんだのとやたら気をつけなきゃならん歳で初めてだ。種類なんて分からんから適当に選んで買ったがな…。こんな物に金を出して、濁った息をするだけなのに、あると思うとつい吸ってしまう。やめられなくなる人間の気持ちが嫌でも分かってしまう。そんな俺も遂に仲間入りってやつだ。」
ふぅーっと吐く息は、青白く視界を濁す
「人の生死、いや、人生を調べなきゃならない立場にいるとしてもだ。俺は、堅物だらけで、地位に固執する人間だらけのここは合わんな。」
急に…「いや、急じゃない」言葉を遮られ、竹内は黙る。
当時とは違い、殆ど腹を割って話すことが無くなったとはいえ、滅多に愚痴や弱音を吐かなかった。自分でも可笑しくなってくる。逆に言えばそれ程信頼している。
「お前らしくないな」と軽く笑われた。
「そりゃなぁ。分厚い紙の束と睨めっこ。それだけならまだいい。お上さんとも周りとも笑いもせず、ただ頭の中でしか自由に動けない。たまに出たとしてもだ。その場所·人物·物に触れてさえ、人間像は分かってきてもその人の人生の断片が見えてくればまだいい。頭の中でどれだけ走り回っても、妄想然り憶測に偏ったものしか見えてこない。
白髪だらけになろうが、身体がついてこなかろうが、お前が羨ましく感じたよ。」
今は警部補としてでなく、友塚として話している。
俺は、気難しく誤解も招きやすいが、周りの状況判断に優れてる…そこを評価され出世の道が開けた。だからこその葛藤が、友塚を縛っている。
「年々身体がついてこない老いは感じますよ。特に若い者と組むと、自分では思いつかない事やフットワークの軽さを身に染みて感じます。」
「それがいいんだろうな。俺と同世代或いはそれより上の世代、知識や経験が豊富だとしても長年現場に出ること無く、厳しい環境から離れてみろ。知識も経験もただの過去のものになる。
まぁ、愚痴はいい。お前に伝える事がある。」
「はいっ。」
「あくまで俺の憶測の域を出ない。どう捉えるかはお前に任せる。」
「はい」
「俺は事件性はゼロと見ている。だが…」
再びライターを手にし
「関わりが深い人間は必ずいるはずだ。
それがどう作用したかは分からんが…、会見では曖昧さばかりが目立ち、既に問い合わせが来ている。マスコミや週刊誌も勝手な謎解きめいたものまで出してる始末だ。さっきも言ったが、憶測·妄想が膨らみ暴走すれば簡単に誰かの人生なんて作れてしまう。
難しいと思うが、一言一言に気を付けろ。そして隠れた部分を見つけて欲しい。」
「事件性無しで関わりが深い人…」
「あぁ。あくまで俺の考えだがな…。動きが無くても何か分かったら教えてくれ」
電話を切ろうとした時「あっ」と繋ぎ止められた
「なんだ?」
携帯から迷いのような空気が流れてくる
「すいません。関係ないんですけど…、最近お子さんと会えてますか?」
「いや、別れてから滅多に会ってない。それに、もう大人だ。今更会っても迷惑だろう。」
「みーちゃんまーちゃんももう大人かぁ…。ふと懐かしくなりましてね。」
「ふっ、そんな時もあったな。それだけなら切るぞ。」
電話を切る。
ぶっきらぼうに言ったが、父親としての面影が自分にまだ残っていた事を知った。
だが、何故娘たちの話になったか、何となく分かっていた。
みずきとまさき…双子の娘
(あいつらしいが、相変わらずだな)
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