9
花町商店街に着くと、そこは大半がシャッターを下ろした、シャッター街。
「竹内さんは、来た事ありますか?」
「通った事はあるが、商店街として来たことは無いな。」
左右を見ながら歩く。所々でお年寄りたちが立ち話をしているくらいで、ほんの少ししか店は開いていない。
「いつ頃こちらに来たんでしたっけ?」
「5年前だ。」
「5年って長く感じますが、あっという間です。一つの店がやめ、違う店また違う店が閉まってるだけで、空気が急に寂しくなります。そこまで大きな所ではないので、来る人も馴染みの人が大半。そこに少し遠くに行けば、そこだけで全て揃ってしまう大型商業施設やコンビニが出来たら、竹内さんはどうしますか?」
「通るついでに買いたいと思えば、立ち寄るが…そこまででもなけりゃコンビニで済ませる。」
「でしょうね。これが現実ですよ。真新しければ尚更のこと、楽に済む方に人は行きます。今はまだ商店街としての面影はありますが、見る風景も、それを見る人間の記憶からも上塗りされて消えていくんですよ…。」
「おい。何が言いたい。」
少しだけ座りませんか?と言う堺の眼は、隠し切れない哀しみが滲む。
等間隔で並ぶベンチのひとつに、二人で腰掛けた。ひんやりとした茶色くて軽そうなプラスチックのベンチ。
「…なぁ。男ふたりでこんなとこ座って大丈夫か?」
「誰も見てませんよ。」
まっすぐ前を見たまま「灰皿もありますから、煙草でも吸って下さい。」
妙な空気を出すこいつに、俺は言葉に迷い、長い息を吐いてから、煙草を取り出し火をつけた。
「ここはこんなんじゃなかったんです。店の前には、野菜なり魚なり売ってる人が沢山いて、笑って話をしてる人が沢山いたんです。大半はお年寄りでしたが。勿論シャッターなんかおりてませんでした。今では人は居なくなり、店を開けていても虚しくなる通りを眺めるしかない…。寂しいですよ。
煙草1本貰っていいですか?」
ベンチに滑らせ、箱を堺までやる。
シュッという軽い音と共に、俺の太ももに箱が戻ってくる。
「俺は煙草吸いません」パシッ
我慢していた拳が頭に飛ぶ。
「お前さっきから何なんだ?何が言いたい?ふざけてるんなら置いてくぞ」煙草を灰皿に押し付け立ち上がると
「…分かりませんよ。」
「あ?」
「竹内さんには分かりません。と言ったんです。けど、これが俺の気持ちです。
竹内さん言いましたよね。お前の直感を活かせって。確かに俺は、この件に関わってから、心と体がぐちゃぐちゃで…でも、今だけは何も言わず聞いて下さい。」
横から視線を感じるが、目を合わさなかった。
「…俺の実家、この近くなんです。小さい頃からここによく来ていて、竹内さんは5年くらいしか知らないここを、俺は30年近く知っています。若造だなんだ言われる俺の方が知ってるって、なんだか変ですよね。
そしたら、余所者って言ったらあれですけど…、あぁ、一回切りだな。もう来ないな。とか見てると分かるんです。それに、なんにも知らないんだろう。と。
鬱陶しがられる付き合いや関わりが、ここでは明日の糧になってるのも知りませんよね。だから俺はここに残りました。竹内さんがいた関東ではないですが、こんな俺だけど、出世の道も断ち、ここに残りました。
ここでしか俺はこの職でいたくなかったからです。異動を断るなんて首切ればいいと、自分から言ってるようですが、絶対離れたくなかった。わかりますか?」
煙草のくすんだ煙だけ吐く。
「圧ばかりでしたよ。
残るには人の倍じゃない、何十倍もやれ。なんて、毎日でした。言葉にしなくたって感じることありますよね?俺が俺でなくなるまででしょうね。耐えて耐えて…俺、竹内さんに会いました。だから今言ってるんです。言葉滅茶苦茶ですけど分かって欲しくて…
俺…、やっぱり、探しちゃいます。
分かりますよ。5年、6年がどんなに長いかなんて…でも、その数年が変えない事もあるんじゃないかって。」
2本目のタバコを出そうとした時
「勇ちゃんかね?勇ちゃんだかね?」
「ん?あ…握り飯屋のばあちゃん?」
「あぁー勇ちゃんだかね!いかったぁー、元気だったか?寂れたここに若いもんが何してるか気になってさぁ。」
おばあちゃんが俺をじーっと見ると
「この人、お父さんかね?親子で来てくれてありがとう。警察官なったんだろう?二人で来てくれたら一発で分かるのになぁ。がっはっは
もうすぐ昼だろう?寄るとこなんないけど、しおにぎり食ってけ。」
「はいっ!ありがとうございますっ!」
がっはっはっと笑うと、来たより迷いない早歩きで店の前まで戻る。
「なぁーっ、なぁっ、勇ちゃんだかね。お父さんと来てたよ。」
振り向いた堺の眼は幾分潤んでいる気がした
「…行くか?」
「行きましょう。久しぶりです。」
スタスタと先を行く堺に着いて行くと、さっと振り返り
「あのばあちゃんも呆けました。ははっ…おれの親父はもう居ません。竹内さんが父親なら頼もしいかな。いや、冗談です」
「当たり前だ」
はははっと、ここに来て一番の笑顔を見せる姿に俺はなんと言えばいいんだろう…何が正解なんだろう…
俺の記憶に突き刺さるこの痛みはなんだ?
「あそこのおばあちゃん、80越えてるんでそこは多めに見てください。ですが、情報通の地獄耳ですからっ。
それに…、ここの事も俺の事も聞きましょう!お父さんっ!」
パシッ
「お前……」
にたにたと笑いながら走っていく堺を俺は止めれなかった。
分かってる。
だが、あいつの決意があるからこそ俺も知ることがある。
俺が思うよりあいつの深い何かがくすぶっている。
堺が俺の方に戻って来て、手を引く
「…この店の向かいは、毛糸屋さんです。
日記にありましたよね?」
からかってるのか少年のような姿を俺は言われたまま、反対側を振り向く。
確かにそれらしき店と、腰の曲がったおばあさんがいた。
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