壁と机や棚の裏、ほんの少しの隙間があれば見逃さぬようにライトをかざしていた。


「竹内さんっ!」

堺の声を聞き、顔を上げると、真剣な顔付きの中に困惑の色を浮かべて

「この件。思っていたよりも複雑かもしれません…。ここ、見て下さい。」

開かれたノートを見る。堺の表情は未だ、複雑な感情で揺れている。そしてまた視線を戻す。


「俺もな、これを見つけた。」

竹内の手には千切られ、くしゃくしゃになった小さい紙片が握られている。

それを見えるように差し出す。



おばあちゃんとの思い出は消させない

私からも消えない



「…お前自身これを見てどう思う。」竹内は堺の眼を真っ直ぐ見る。直視するのが怖くなる程の鋭さと力強さが、先輩刑事以上に決意すら感じ、胸につっかえた何かを引き出そうとする。

「俺は…。俺は、確実に第三者が絡んだ事件性を強く感じます。ですが…まず、ノートや紙片を見る限り嫌がらせや明らかな証拠が無い事に、100%とは言いきれず可能性が高まったに過ぎません。もし、誰かが絡んでいたとして、その人間に殺害されたとしたら…、あんな状態にされたに関わらず、あんな顔をして死ねるでしょうか?」

「あぁ。俺だったら、相手を鬼のように睨み続けて、あんな解放されたような顔では逝けん。だが、自分で腹を掻っ捌いてもあの表情にはなれない。」

「私情を挟んじゃいけないんだがな。自殺と事件の両面で、真実を知らなきゃ報われない気がするんだよ…」竹内の視線は紙片に下がる。



竹内は、以前の管轄に居る時、事故で長女を亡くしていた。それは、事故と処理されただけであり、今でも竹内やその家族の心にだけしまってある真実。

土砂降りで傘をさしていた為、視界が遮られ目撃者が乏しく、交通事故死として扱われた。ちゃんと向き合ったのが、その時だけだったと理解した時、雨と共に密かに泣いた。

仕事で、家庭内の事や些細な変化に気付けない、あるいは、その余裕が無い人は沢山いるだろう。

それからいくら頑張ろうと、変わらない何かが自身を苦しめ続け

ある時、次女の優華と妻の沙苗に

「…お父さん。」

「無理し過ぎです。ちょっと座ってください。」

と呼ばれ、話し合いをした。

長女の奏美(かなみ)は、自殺だと思うと…。

確かな証拠は無く、妻の母としての勘と、次女の感性の鋭さが変化を感じていたらしい。

「あの子は、イジメられてた訳でもなく、心が苦しいって信号も一切出さなかったし、変に明るくもならなかった。…もしかしたら、黄信号なら出してたかもしれない。ただね、あの最期に家を出る時の…諦めに似た顔…。私の勘でしかないけど、穏やかないつもの顔をしてたの。

きっと、あなたじゃ分からなかったかもね。…でも、何故だか「止めちゃいけない」って、ブレーキがかかったのよ…。」

「多分お母さんは、何かしら感じてたけど、ほらっ、口下手だから言っていいか言っちゃいけないかで悩んだんだと思う。私も、少しお姉ちゃんが違うの感じてたけど…17歳の高校生ってさ、私もそうだけど小さい事にさえ揺れるんだよね。だから深追いしなかった。小さい事でも揺れるからこそ…だよね…。」

そんな話をした。一人足りないリビングで。

別れた方が良いと考えていた事を伝えたが

「私はお父さんが忙しいの知ってるから、少しくらい話したりする時間がないより、居ない方が無理。」

「私も、職業を知った上で一緒になったんだもの。別れましょうって言う程、急に嫌いにはなれません。」

と言われ、今もそれぞれが気を使うことなく自然で居れる。


だからどうしても、単純に私情を抜いたとしても断言できないでいる。これは、堺には話していない。


「大丈夫ですか?」

ふと、堺の声に呼び戻される。

「あ、あぁ。」竹内の携帯が鳴る。


「はい」

「友塚だ。マスコミが早速嗅ぎ回ってる。事が事なだけに会見を早めざるおえなくなって、忙しない。お前達が戻って来ないと、お上さんの独壇場になるぞ。」

「分かった。急ぐ。」

同じ班で、警部の友塚からだ。同期で入った二人は、お互い気持ちのどこか通ずるものがある。


「高岡さん、出来ればこの部屋以外の細かい所も見て欲しい。主に紙か、ちぎった紙片だから気付かない所にあるかもしれない。」

「はい。すぐに調べます!」

「頼む。よし堺、一旦戻るぞっ。頭ん中まとめとけ。

警部、ありがとうございます。」


「いや、お前だからこそ、この件を解決してくれ。後40分後会議が始まるから、それまでに来い。」


堺は急いでノートを返すと、車まで走った。


全てが靄がかったこの件を晴らさなければならない。

竹内は頭で考えをまとめながら車の場所まで走った。

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