見上げぬ空

○年12月24日

私を呼ぶ声は全て幻聴

そう思い込ませ、一切返事をしなくなってどれくらい経ったか。家の中で、私の存在が薄くなってきた。それと同時に、人の気配すら以前より感じなくなった。

学校に行かなくなってから、アルバイトやパートでお金を貯め、生活自体には困らない額はある。

通帳に入れる事はしない。他人に管理されてるみたいで、どこか嫌だから、自分の部屋に隠してある。小分けにして。

今まで減ってたり、無くなったりはないけれど…また、所々塗りつぶされたノートに

「いくら呼んでも私の声はあなたに届きません。

私は必要ですか?いつか、あなたの大切なモノの中に入れますように…。」


少し。ほんの少し、微妙に違う。


先週から降り始めた雪は、まだ水気が多く、歩くとグシャッグシャッと不快な音をたてる。

空気は遠慮なく肌を突き刺すようになった。

今日ほど、街が色鮮やかに輝く日はあるだろうか。直接見なくても、視界の隅でチカチカ光が色を変え、ポップな音が聴こえる。

それを遮るように、傘に積もる重たい雪が、私の顔を足下に向ける。

用事があった日がたまたまこの日だっただけで、ケーキやお酒を買いに来たわけではない。


ふと考えを戻す。

…微かに筆圧が違う。日付や、どのノートに書くかは滅茶苦茶だが、ページを飛ばしたことは無い。だから、右側に書けば必然的に裏はまっさらな新しいページになる。

文字体や言葉遣いが見分けがつかない程同じだったから気付かなかったが、裏に蚯蚓がのたくったような筆圧の跡は、今までなかった…。

おかしい。

ずっと、誰か一人がしているんだと思っていた。違う人もしてるとなると…

あの家にはいない。


近所のお店に着き、店内に入ろうとした時


「まーちゃんっ」


まただ。意識を自分に集中させる。

毎月23日の翌日は外に出る。気晴らしとも違う。もう何年もそうしてるが、日課という言葉にも当てはまらない。

「まーちゃん」

声が近くなっている。

でも…、この呼び方をするのは一人しかいない。振り向けずにいると、肩にポンと手で叩かれた。


「まーちゃん。どうしたの?」


細い指から、ごつごつとした力強さが伝わる。

「雅樹だよ。向いに住んでた、辻村(つむら)雅樹。…覚えてないよね。もしかしてって、昔の呼び方で呼んだけど…。すみません。」

少しだけ振り返り視線を上げるが、背が高く胸元しか見ることが出来ない。

「あ!そう、これこれ。間違えてなくてよかったぁ。」

細い指が右の眉と目、そして首元で横に揺れる。私の右側の眉から首まで一直線に黒子が並んでいる。それだけなら他にも居そうだが、アルファベットの「L」を描くように、首には横に間隔をあけて並ぶ黒子が2つ。


急いでいるのか「久しぶりに今度ご飯でも行こう」と言い、連絡先の書かれた名刺を渡され、どこかへ行ってしまった。

私は顔も見ないまま、用事を済ませ、来た道を戻る。


まさき…。真咲じゃなくて?雅樹?


近くにあったゴミ箱に、そのまま名刺を捨てた。外は夜にむけ暗く風も冷たくなってきた。

最近、何かおかしい…。

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