第9話 作戦実行

俺時間巻き戻しスキルを全開にして、赤ちゃんになって誰かに育ててもらう。

他力本願だが、致し方あるまい。

そうと決まれば時間停止スキルを解除して、俺時間巻き戻しスキル発動しなければ。

まずは場所の移動だ。

ここは城に近い。

城にはまだ竜騎士やグリフォンなどの飛行魔物が群がっている。

ドラゴニュートに見つかるわけにはいかない。

アイツ、俺が視界にいれば俺のことを必ず見つけるからな。

アイツがきれいなお姉さんだったらよかったのに。

・・・実は雌で、美人でグラマラスなお姉さんに変身できるとかしないよな?

あのしゃべり方は爺さんだけどな。


城の裏手の湖はかなり大きい。

俺のイメージでは巨大な十和田湖だな。

奥入瀬渓流みたいなきれいな川がありそうだ。

水もきれいで、かなり深そうだし。

とりあえず城から一番遠い湖畔の高台に移動しよう。

城の様子というか、ドラゴニュートの動向が気になるから。


俺は城の対面にある湖畔の高台に向かった。

城の一番高いところよりも高いので、城の様子を一望できる。

周りに村や民家らしきものもなく、道すら確認できないところだ。

ここなら避難民も来ないだろう。

俺時間巻き戻しスキルを発動させながら、城の戦況を見守ることにする。


(ぬう・・・おぬし生きておるのか?)

突然、ドラゴニュートからの念話が入った。

お前だって生きてんじゃん。

普通、顔面に剣がぶっ刺さったら死ぬんだぞ。

(それを言うなら儂のブレスを喰らったら、普通死ぬんじゃがのう)

・・・お互い様か。

(見事な一撃であった。 一矢報われたわい。 ワハハハハ)

笑ってるよ・・・

(おぬしは面白い存在じゃ。 本来はここで消しとかなきゃならん存在じゃが、あえて見逃してやろう。 ただし、もう邪魔はせんでくれよ。 これから仕上げにかかるからのう)

何か気に入られたみたいだ。

(おぬしの名前を聞いてやろう)

普通、名前を聞くときは、自分から名乗るのが礼儀だぞ。

(ワハハハ。 生意気な小僧め。 儂に名前などないのじゃがな)

名無しかよ。

(フン。 ここは『祖竜』とでも名乗っておこう)

いちいち偉そうだな。

俺の名は『ケンジ・タカイド』だ。

(ケンジか・・・覚えておこう)

そこからプツリとドラゴニュートからの念話は途切れた。

あ、祖竜だったな。


気を取り直して、作戦開始だ。

俺のスキルは「こうしたい」と思うだけで発動できる。

でも勢いは大切なので、必殺技のように言葉にすることを推奨する。

「リバース!!」

・・・嘔吐ではない。


周りの時間は普通に流れている。

このスキルを発動したところで景色が止まるわけではない。

しかし、音は聞こえなくなった。

風も感じないから、このスキルのせいだろう。

俺の時間と周りの時間が違うせいか。

干渉しないようになっているという認識で良さそうだ。


城の方ではたくさんの煙が上がっている。

最後の仕上げと言っていたが、祖竜は何する気だ?

飛行魔物は城だけじゃなく、城の下の崖にまでまとわりついている。


小一時間ほどぼーっとしてたと思う。

ゴム長はすぐに消えたが、まだ見た目に大きな変化はない。

少し若くなったかな。

オッサンとして無駄に過ごした時間が長かったことを理解した。

鏡でもあればわかりやすいんだが、この異世界にも鏡ぐらいあるよね?

若くなった気はするが、体格は大きく変わっていない。


すると突然、大きな地震のような揺れを感じた。

地震大国日本で生まれ育った俺でも、立っていられないほどだ。

ゴゴゴゴゴーッ!!

城の方からだ。

ちょっと待て。

あのバカでかいドラゴンは、祖竜か?

ブレスで城から街から焼き尽くしているぞ。

城の下の崖からも土煙が盛大に巻き上がっている。

飛行魔物が崖にもまとわりついていたし・・・まさか?!


俺の懸念は現実になっていた。

崖から出た土煙に沈むように、城が崖ごと下に移動していく。

やがて崖は崩壊し、土台が崩れた城も原型を留めていられずに、まるで見えない大きな手に捻りつぶされるように土煙に包まれていく。

崖の下の湖面からは大量の水しぶきが舞い上がり、湖面が嵐のときのように激しく波打っている。

土煙と水しぶきから離れるように祖竜と飛行魔物がどこかへ飛び去ろうとしていた。


・・・最後の仕上げってこれかよ。

あれじゃあ城の中の人は誰も助からないだろう。

城という障害物がなくなって城下町も見える。

町全体が燃えているのか、煙だらけだ。

都市が一つ滅んでしまった。

あの城の大きさだと、国が滅んだといってもいいかもしれない。

俺は運がよかったのだろう。

異世界に来てしまったことには何とも言えないが、ここに来なければ塩酸ガスで死んでたのだろうから。


今日一日だけでいろんなことが起こりすぎた。

回想してまとめようとしたが、考えがあっちにいったりこっちにいったり。

情報が全く整理できない。

忘れないうちにメモなりスマホなりパソコンなりに記録しておきたいのだが、そのどれも持っていない。

オッサンの頭のメモリーでは昨夜の飯でさえ忘れてしまう。

俺は生き延びることができるのだろうか?


思考の迷路に彷徨いながらどうでもいい妄想に突入した頃、ふいに体が小さくなっていくことに気が付いた。

周りの草が徐々に大きくなっていったのである。

成長期に戻ったな。

毛深かった手足もツルツルだ。

股間もフランクフルトからポークビッツへと変わっていった。

・・・ちょっとだけ悲しい。


ここで不安に襲われた。

記憶や知識、知能の問題である。

人の脳も体に合わせて成長する。

脳も巻き戻ってしまったら、何もわからない赤ちゃんになってしまう。

この状況で本当に何もわからない赤ちゃんになってしまったら、誰かに見つけてもらう前に獣とかに襲われて死んでしまうのではないか?

あまりにも危険すぎる。

やばい。

必死に難しいことを考えた。

「サインコサインタンジェント、サーコイコイサーコイコイサーサー、一夜一夜に人見頃、人並みにおごれや、すいきんちかもくどってんかいめい、水兵リーベ僕の船、ありおりはべりいまそかり・・・」

大丈夫だ。

記憶も知識も失われていない。


頭を切り替えよう。

きっと肉体と魂は別なんだ。

記憶も知識も脳で学び、魂に刻まれていたのだろう。

だから脳が若くなれば記憶力も学習力も復活し、魂をさらなる高みに導くに違いない。

都合のいい解釈をすることにした。

だってオッサンの記憶力と学習力じゃ、いくら赤ちゃんに戻っても無理ゲーだろ?


そろそろ赤ちゃんになると思ったが、ふと、

「赤ちゃんを通り過ぎて、精子になったらどうする?」

と別の不安がよぎった。

しかしそれもすぐに杞憂に終わった。

生まれたての0歳で、スキルが自動停止したのである。

限界まで体を巻き戻したということなのだろう。

体感で理解した。


手足を動かしてみる。

小さいけど問題ない。

ハイハイも歩くことも今は必要ない。

移動なら時間停止スキルでどこにでも行けるから。


この異世界で新たな人生を0歳から始めるぞ。



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