第7話 二つ目

「ストーップ!」

・・・間に合った・・・のか?


視界は赤一色。

今はスキル発動中なので痛みは感じないけど、嫌な予感しかない。

とりあえず手足を動かしてみるが、壊れた人形のようにぷらんぷらん。

思うように動かずに視認も難しい。

さっきの衝撃で手足の骨が折れたせいか。

移動すれば自分の状態を客観的に見れるのだが・・・気が進まない。

・・・絶望しそう。


とはいえ現状確認しないと次の行動が決まらないので、横に少しずれてみる。

俺の上半身は真っ赤なガスみたいなのに包まれている。

赤いガスはドラゴニュートの口から出ていた。

ファイアブレスってヤツだな。

とりあえず全体が見れるぐらいに離れる。


俺とドラゴニュートの距離は2mぐらい。

弾き飛ばされた俺はドラゴニュートに背中を向けて大の字。

俺の頭を中心に腰のあたりまでブレスに包まれていて、外からはよく見えない。

肘から先はブレスから出ているが、関節が逆に曲がっている。

ファイアブレスの先は俺の体を包んで1m先ぐらいのところまでしか伸びていない。

俺に当たった直後ということか。


ドラゴニュートの左顔面には俺の剣が突き刺さっていた。

切っ先が後頭部から突き抜けている。

首を捻じ曲げて、顔と体の向きは逆だ。

つまり、全速で飛んできたドラゴニュートは、突然目の前に出現した俺に左顔面を貫かれたが、ひるまずに俺の姿を顔で追い、ファイアブレスを放ったということか。

まさに肉を切らせて骨を断つだな。

ヤツも俺が攻撃してくるのを狙ってたんだろう。

すげえヤツだ。

戦い慣れしてるというか。

アイツはあれでも死なない気がする。

考えてみれば、この異世界で戦いとはいえ一番接触したヤツだし。

ゲームでいえばボスキャラクラスだよな。

見た目かっこいいしオタク心を擽るというか、一種の憧れ?

尊敬に値するわ。


とりあえず宣言通りに一矢報いてやったけどな。

結果的にドラゴニュートを倒せたわけじゃないが、顔面串刺しにしてやったんだから上出来だろ?


さて俺の方なんだが・・・

胸の辺りというか、ほぼ全身にヤツの返り血を浴びてドロドロだ。

顔にもかかってるだろう。

首を捻って肩口から背中の方を見れば・・・燃えてるな。

高温で焼きすぎたステーキの失敗作?

防塵服の背中は溶けてるね。

手足の骨は多分複雑骨折?

すぐ火を消しても何分生きてられるか。

そもそも肺はすでに塩酸にやられてるかもしれないし、現代医療でICUに担ぎ込まれたとしても、命だけは取り留められるレベルなんじゃないだろうか。

この異世界じゃ医療レベルは低いだろうな。

いや魔法やらポーションの類なら治るのだろうか。

とにかく俺はもう戦えないし、助かる方法を探るべくここから移動しよう。


しかしせっかくチート能力を手に入れたのに、十分生かしたとは言い切れないな。

そもそも45のオッサンの体力筋力じゃ、どんな能力も生かし切れないか。

現代日本でこの能力があったら、何でもし放題なんだけど。

のぞきだけじゃなくてどこにでも侵入できるから盗みは楽勝、アリバイは簡単に作れるし、暗殺だってできそうだ。

・・・全部犯罪じゃないか。

やめよう、人格が疑われる。


城の裏はすぐに崖になっていて、その下は湖だった。

崖の上に城が建てられた、といった方がわかりやすいな。

湖は緑がかった青で透き通っていて、太陽光をきらきらと反射させている。

こんな景色をのんびりと絵画にするのも良さそうだ。

いつまでも眺めていたい景色ってあるもんなんだな。

湖に入ってみよう。

確かめたいことがある。


湖の中は水がどこまでも透明で美しい。

スキューバダイビングは金と暇がないのでしたことなかったが、これに嵌る人の気持ちも理解できる。

俺は水中を移動しまくった。

結構魚がいる。

目的のものは、いないな。

俺はワニとか巨大魚とか魔物とかが近くにいないことを確認した。

この湖の水で背中の火を消そうと考えたのだが、湖に入った途端に襲われたらお陀仏だからだ。

あとは着水する場所を選ぶために湖畔を移動してみる。


湖畔のほとんどは岩場だったが、城から離れるほど岩は石になり、城から1㎞ほど離れると砂浜とはいかないが玉砂利ぐらいの岸辺になっていた。

「このあたりでいいか」

ちなみに湖に入った状態で(動け)と念じてみたがスキル解除はできなかった。

液体も干渉できないモノ扱いのようだ。

空気だって厳密に言えば分子レベルで物体のようなものだし、気体も液体も性質は流体なんだから、空気にも干渉できないような気もするが。

化学工場勤務のくせに化学は苦手だ。

このスキルに於いては「そういうものだ」と理解しておこう。

ところでファイアブレスは気体なのだろうか?

試す気にはならないな。


5㎝でも溺死することがあるという。

なるべく浅瀬であおむけになって、火を消したらすぐにスキル発動しよう。

(動け)

バッシャーン

「!!!!!!」

着水の衝撃は大きかった。

後頭部も打ったようだ。

スキル解除によるすべての痛みが同時に体中から沸き起こり、目を剥いて発狂しそうになった。

呼吸も苦しいし、手足も動かすことすらできない。

声にならない悲鳴を、絶叫をあげていた。


もう元に戻りたい。

それしか考えられない。

(お、俺を・・・俺を~戻せ~~~っっ!!!!!)


パキィーン!!!


額の前あたりで、ガラスの割れたような音をした稲妻が光った。

こ、これは・・・時間停止スキルを獲得した時と同じだ。

今度は何だ?


相変わらずどこかのロボットアニメのようだ、と思う余裕は俺にはなかった。



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