第5話 獲得
ドラゴニュートの槍が俺の顔面に向かってきた。
俺は咄嗟に目を瞑り、額のあたりで「パキィーン!!!」という音と稲妻が光った。
目を瞑っていたのに、確かに稲妻が光ったのがわかった。
これはアレだな。
槍が俺の額を貫いたということだろう。
衝撃が俺の感覚として音と稲妻に変換されたのだと。
一瞬で命を刈り取られたので俺は死んだことにも気づかないまま、魂だけがこの場に取り残されたのだろう。
今のこの思考は肉体を持たない魂だけの思考なのではないかと。
体の痛みは一切感じない。
痛みどころか体の感覚すらない。
何も聞こえない。
痛みも恐怖も感じさせずに、一瞬で命を奪うドラゴニュートの腕に感謝したいぐらいだ。
それにしても「止めれ~」はないだろう。
最後の言葉が「止めれ~」なんて・・・恥ずかしすぎる。
・・・言葉が通じなくてよかった。
死んだときというのはこんな感じなのだろうか?
こんなにいろいろ考えていられるもなのかな。
誰かがお迎えにでもくるのだろうか。
わからん。
死んだことがないから。
とりあえず恐る恐る目を開けてみることにした。
!!!
目の前でドラゴニュートの槍の切っ先が止まっている。
あれ?
貫かれたんじゃないの?
槍に触れないようにゆっくりと右に体をずらしてみた。
体に感触はなく、視界だけがずれるというか。
幽体離脱?
体ひとつ分ぐらい動いたところで、振り向いて俺がいたところを見た。
俺がいた。
あれは本体?
ならば今の俺は幽霊?
手や足を動かしてみた。
思うように動くし、動かしたように視界に入る。
視界も今までと全く変わらず、見たい方に顔を向けなければいけない。
幽霊だからと言って360度全方向が視認できるわけでもないのか。
身に着けてるものも変わらない。
白い防塵着に保護帽に・・・とにかく白づくめだ。
ある意味お化けらしいというか。
顔に大きな目玉と口を書いて、頭から毛を3本立てるのもいいかもしれない。
周りを見てみる。
何も動いてない。
パソコンがフリーズしたかのように、固まっている。
ちょっと触ってみようかな。
ドラゴニュートは怖いから、城門の方で固まっている魔導師にしてみようか。
意識を魔導師の一人に向ける。
スーッと音もなく滑るように移動することができる。
魔導師の顔の前に手の平を向けて、ヒラヒラと動かす。
うん、やはり止まったままだ。
よし、まずは深呼吸。
・・・息を吸うことも吐くこともできない。
そもそも肺の感覚がない。
幽霊だからか?
意を決して魔導師の肩に手を置いてみる。
ありゃ、突き抜けた。
俺の手が白装束の体に埋まっていく。
思い切り殴るように両手をブンブン振り回すが、何の感触も得られない。
VRみたいだ。
いつまでたっても周りは動く気配がないので、いろいろやってみた。
今の俺はどこにでも行ける。
意識を上に向ければ空も飛べる。
地中にだって潜ることもできる。
ただし地中に潜ると真っ暗で何も見えず、どこにいるのかわからなくなる。
とにかく今の状態では動けるだけで何もできない。
何ひとつ周りに干渉できないという方が正しいか。
ドラゴニュートにもちょっかい出してみたが、何も起きなかった。
ドラゴニュートの背後から背中を指でちょんちょんつついてみる。
「ちっとは動けよ。動け」
ドガアァァァァ~~~ンッッッ!!!!
突然ドラゴニュートが動きだし、前方から爆風が巻き起こった。
俺はびっくりしてしりもちをついていた。
ドラゴニュートが突き出した槍の衝撃で、石畳が3mほど抉れている。
先ほどまでいた俺の本体(?)は跡形もなく消えている。
あんなの食らってたら、俺なんか肉片になってたぞ。
あ、そういえばもう地面に触れている。
体中の感覚が元に戻った。
というか体のあちこちがメチャメチャ痛い。
目の前から俺が消えたことに気づき、ドラゴニュートはキョロキョロしている。
あ、見つかった。
ドラゴニュートはすごく驚いたように右目を大きく開き、口は半開きだ。
「$@#???」
何を言ってるかはわからないが、目の前の俺が消えて後ろにいるんだから、そりゃ驚くよな。
俺だって何をしたのか何が起きたのかわかってないんだから。
「*+×¥」
やばい!!
これ、さっきの水の魔法と同じ呪文だ。
「ちょっとタンマ!ストップ!ストーップ!!」
しりもちをついたまま両の手の平を相手に向けて、顔をそむけて目を瞑りながら叫んだ。
・・・
何も起きない。
いや、さっきと同じように体の痛みと感覚が消えた。
ゆっくり目を開けてドラゴニュートの方を見た。
手が邪魔だな。
少し上に動いてドラゴニュートを見てみると、やはり先ほどと同じようにヤツは止まっている。
三又の槍は俺の方を向いていて、槍の先が光りだしている。
危なかった。
「ふぅ~~」
この状態なら落ち着けるぞ。
今いる位置だと危険だから、避難して状況を整理してみよう。
俺はドラゴニュートから10mぐらい離れた、周囲に誰もいないところに移動した。
どうやらこの状況を作り出したのは、俺のようだ。
魔法じゃないな。
呪文を唱えてないし、一回目と二回目じゃ言ってること違うし。
思うだけでできるんじゃないか?
そんな気がする。
俺に魔力は感じられないが、魔力的なものや精神力を使ったわけでもなさそうだ。
特にどっと疲れが出るとか眠気に襲われるとかも感じない。
時間制限みたいなものもないな。
動き出したのは、俺が「動け」と・・・
ドバババババッッッ!!!
あ、動き出しちゃった。
「痛っ」
少し浮いていたので、落ちた時に着地を失敗してコケた。
元いた俺は消えて、そこにドラゴニュートの水魔法が炸裂する。
ヤツは俺が消えたことに気が付いていて、迷うことなくこっちを向いたぞ?!
何だアイツは?!
化け物か?!
・・・ドラゴニュートは化け物だな、うん。
今度はドラゴニュートがこちらに走ってくる。
とりあえず「ストップ!」だ。
思った通り、念じるだけでドラゴニュートが止まった。
音もなくなり痛みも感覚も消えた。
・・・ようやく手に入れたぜ。
チート能力を。
仮名「時間停止スキル」と名付けよう。
ここからは俺のターンだ。
時間停止スキルの実験と検証をしながら、反撃開始だ!
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