第4話 絶体絶命

か〇は〇波、不発!


何故だ?!

完璧な集中力に完全なる気の流れをイメージしたぞ。

想像力だか妄想力で、魔力を形にするんじゃなかったのか?

アニメだからダメなのか?

実写のイメージか?

特撮ならイケるのか?


もう一度、集中だ!!


今度は右手をまっすぐに突き出してから、手刀のように指をそろえて肘から90度縦に曲げて、小指側を敵に向ける。

左手は同じように手刀のようにして、こちらは水平に肘を曲げて、右手とクロスさせる。

両手で「+」を作るように。

今度は叫ばない。

イメージだ。

右の手刀から光線が出るイメージ。


ス〇シウム光線!!



・・・今度も何も起きない。


カ〇ータイマーが赤く点滅しないと出せないのか?

光の巨人じゃサイズが違いすぎてダメか?

だってバイク乗りのキックじゃドラゴニュートまで届かないだろ?


ドラゴニュートが俺に向けて大口をあけて吠えている。

怒っているようだ。

そりゃ端から見たら踊っているようにしか見えないもんな。

怒りに吠えるドラゴニュートの目は、完全に俺にロックオンだ。

三又の槍をこちらに向けて、翼を広げながら向かってくる。

「*+×¥!!!」

ドラゴニュートが呪文のようなものを唱えると、三又の槍の先から尖った水が何本も放たれた。

呪文が必要なのかよ!

呪文なんて知らねえぞ!

頭をフル回転させて、古い記憶を呼び覚ます。

「ピピルマピ〇ルマプリリンパ・パパレホパ〇レホドリミンパ・・・」

どっきんハート魔法だ!

唱える前に俺の足元に尖った水がいくつも着弾した。

咄嗟に身を屈める。

水のくせに石畳をえぐり、石片が俺の手足に当たる。

撥ねた水滴ですら防塵着を切り裂く。

白い防塵着のところどころに赤い染みができた。

ドラゴニュートは怒っていたが、直撃させる気はなかったようだ。

「遊んでんじゃねえ」なのか「引っ込んでろ」なのか、素人に馬鹿にされたと怒っているようだ。

俺が傷だらけで頭を抱えてうずくまっているのを見ると、ドラゴニュートは興味も失せたように振り返って城の方を見ている。

俺に背中を向けたまま、動かずに戦況を見ているようだ。

こちらをチラリと肩越しに見やり「フン」と鼻で笑われた気がした。


悔しくて情けなくて脳みそが沸騰しそうだった。

全身がメチャメチャ痛いが、頭が熱くなっているので痛みも熱さとしか感じない。

頭のてっぺんからつま先まで、燃えるように熱い。

うおぉぉぉ~と叫びそうになった。

ふいに「ハートは熱く、頭はクールに」という言葉が頭に描かれた。

そうだ。

冷静になるんだ。

考えろ。


そもそも俺の現役時代に異世界転生モノなんてなかったから、俺にはチート能力が身に付かないのか?

待てよ。

あったじゃないか。

オーラの力で昆虫もどきを超巨大化させるヤツが。

「ウサギの目はなぜ赤い?」「ニンジンを食べているからだろ!」


・・・そうじゃないだろっ!!

いい加減に想像力だとか妄想力に頼るのは終わりにしろ!

現実的に考えるんだ。

何かないか、何か?

異世界に来る前のことを思い出すんだ。


俺はクリーンルームにいた。

クリーンルームには私物は持ち込めない。

サンプルを取って、停電が起きて・・・


!!!


俺は防塵着の胸のあたりを触った。


・・・あった。


右の胸のポケットに。


サンプルに記入をしていた俺は、停電で暗闇になりサンプルの置き場に困り、咄嗟にサンプルを自分のポケットにしまったのだった。

サンプル瓶は100mlのポリ容器。

落下試験にも合格した優れもので、ちょっとやそっとじゃ漏れない。

さらにユニパックにも入っている。

さっきの衝撃で心配になったが、ダメージを食ったのは手足だけだ。

ドラゴニュートに気付かれないように、サンプル瓶を取り出した。


中身は100mlとはいえ濃塩酸。

直接かければ生物ならダメージを与えるだろう。

ドラゴニュートが生物かどうかは知らんけど。

ダメージを与えられなければ、逃げておとなしく村人としてこの異世界で生きよう。

勇者なんて柄じゃないよな。

むしろ村人の方が美味しいんじゃないか?

現代日本人の知識と知恵があれば一攫千金も夢じゃない。

異世界転生スローライフなんてジャンルもあることだし。

幸いにして、このドラゴニュートは知能が高いみたいで、一般人まで虐殺ってワケじゃなさそうだしな。

俺が無力だとわかれば逃がしてくれそうだ。

戦士として誇り高いというか、案外いいヤツなのかもしれない。


方針が決まったら気が楽になった。

気が抜けたわけじゃないけど、体中の痛みが襲ってきた。

打ち身に切り傷、塩素ガスで肺もやられたかもしれない。

・・・ボロボロだな。

開き直りというか、何だか達観した気分だ。

あとはやるだけやって逃げ出すとしよう。

運よく指揮官を倒せれば、騎士団と魔術師が勝つかもしれないし。

うまくいってもいかなくても、俺のやることは一つだけだ。


ユニパックからサンプル瓶を取り出し、そーっと瓶の蓋を緩めた。

塩酸が蓋の隙間から染み出てくるが、ゴム手袋なら問題ない。

とある殺し屋の言葉を思い出した。

「作業だと思えば殺気は出ない」

誰だったかな。

殺気を込めなければ、ヤツは俺が何をしても無視するだろう。

逆に、出ない俺の「か〇は〇波」の殺気にも気が付いたようなヤツだから。


ドラゴニュートの背後3mぐらいに俺はいる。

狙いはヤツの左肩の上ぐらい。

槍を持ってない方の肩口なら、サンプル瓶に気が付いたら素手で払いのけるだろう。

堂々としているので、大きく飛び跳ねて避けるタイプじゃなさそうだ。

軽い衝撃で蓋は開くだろう。

そこでうまくヤツの顔面に塩酸を浴びせれば、大ダメージも可能なはずだ。

しっかりイメージした俺は下手投げでサンプル瓶をトスした。


スローモーションのようにサンプル瓶が放物線を描く。

思った通り、ヤツはサンプル瓶が当たる直前に気が付き、左を向くように左手を振るった。

手に当たったサンプル瓶の蓋が外れて、中の塩酸が飛散する。

イメージ通りに塩酸がドラゴニュートの左顔面に降りかかった。


「グアァァァァァッッッ!!!!」


おおっ、さすがに悲鳴は何を言ってるかわかる。

完璧だ。

ドラゴニュートの左顔面は強酸で焼けただれ、白い煙が上がっている。

大ダメージだろう。

ヤツは左手で左顔面を覆い、悲鳴を上げながら悶えている。


・・・あれ?


俺のイメージだと大ダメージで転げまわり、無力化するはずだったんだが・・・


ドラゴニュートの悲鳴が轟き、騎士団も魔術師たちも、魔物たちですら動きを止めてこちらを見ていた。

みんな「何事だ?」と驚いた表情。


周囲の異変に気を取られているうちにドラゴニュートの悲鳴は治まっていた。


すでに左手で顔を覆うこともなく、仁王立ちでこちらを向いている。

二本の足でしっかりと大地を踏みしめていた。

ドラゴニュートの左顔面は赤黒く焼けただれ、白い煙が上がっている。

左目は完全につぶれたであろう。

残った右目は怒りに血走っているようで、黒目が縦に細くなっていた。

全身から黒いオーラが立ち上っている。

幽霊を見たことがない俺でも、黒いオーラはしっかりと視認することができた。


・・・これ、最悪じゃね?


ゆっくりとドラゴニュートが近づいてくる。

俺はヤツの殺気に当てられて動くこともできない。

よく洩らさなかったと、自分を褒めてやりたい。

現実逃避もしたくなる。

状況は完全に「詰み」だ。


ドラゴニュートの足が止まった。


ヤツは右手で大きく槍を振りかぶる。


一旦ピタッと止まった後、すごい勢いで槍の切っ先が迫ってくる。



俺は目を瞑り、

「!!!止めれ~~~!!!」

と叫んだ。



パキィーン!!!


額の前あたりで、ガラスの割れたような音をした稲妻が光った。

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