第3話 デビュー

「・・・異世界・・・」

夢じゃないことは間違いない。

なぜなら俺の見る夢は色があまりなくて、いつも断片的で抽象的な夢しか見たことがなかったからだ。

これが現実かどうかは知らんけど。


逃げ惑う人々、舞う土埃、響く爆音。

手足の震えが止まらない。

でも何だかテンション上がってきた。

これは、あれだ。

大雪とかで大人ぶって迷惑そうな顔してるけど、内心子供のようにワクワクしてきてテンション上がるような、そんな感じ?

祭りの前というか。

よくわからない感情が込み上げてきて、気合が乗ってきた。

気合乗り・・・馬か。

俺は震えが止まらないまま、ニヤリと笑いを浮かべながら仁王立ちしていた。

これはきっと武者震いだ・・・きっと。


誰が呼んだか知らないが、俺がこの世界に来た意味ってのは何かしらあるに違いない。

ラノベなんてほとんど読んだことないが、異世界転生や異世界召喚するとチート能力とかを授かるんだろう?

俺が現役オタクだったころにはなかった話だ。

魔法は想像力で、異界渡りをすると魂の力が強くなるとか、よくわからないけど最近の流行はそんなところだったような気がする。

妄想力なら若いもんにも負けはしないぜ。

自信が湧いてきた。

今までの人生で、自分が主役なんて思ったことがなかった。

主役になる。

そう思うとこの異世界が鮮やかに色付いたようで、気分が高揚した。


ふと城の方に目を向けると、城のあちこちから煙は上がり、鳥だか蝙蝠だかの化け物が二十ぐらい集っている。

あれは多分魔物の軍勢なんだろうな。

とにかくあそこに行かなければなるまい。

俺はきっとこの城のピンチに呼ばれた救世主なのだろう。

異世界から召喚された勇者かもしれない。

そうでなければ、俺が異世界に呼ばれた理由がわからない。


「やってやるぜ!!」

その気になって少し走ったら、ものすごく咳き込んで嗚咽した。

塩酸のダメージがちっとも抜けてない。

頭もまだ痛い。

もう不織布マスクの内側は、よだれと鼻水でドロドロだな。

マスクを取ったら今度は土埃で咽たので、仕方なくマスクを着けなおした。

あらためて自分を見直す。

・・・かっこよくない・・・

MAXだったテンションが、少し下がった。


城まで1㎞ほどなのに、結構時間がかかった。

逃げる人の逆走だったから走りにくかった、ということにしておこう。

体感で30分。

歩きのスピードか。

卒業してからまともに運動してなかったからなあ。

すでに汗だくで息切れでボロボロである。

本当に何かチート能力身に着けたんだろうな?

自分の中に、変化は一切感じられない。

ちょっとだけ不安になってきた。


城に近づいたおかげで、空を飛んでいる魔物の姿も確認できるようになった。

プテラノドンみたいなのに人型が乗っている。

あれか、ワイバーンにリザードマン。

合わせて竜騎士ってヤツか?

グリフォンにキメラ、コカトリスにハーピーらしき姿もちらほら。

後方で指揮してるっぽいのは、人型に直接蝙蝠のような羽が生えている。

げぇっ!ドラゴニュートか?!

全然勝てる気がしない。


城の方からも応戦しているようだ。

火の玉やら氷の塊とかが、城壁から魔物の方に飛んで行っている。

弓矢部隊もいるようだ。

おっ、ワイバーンに当たった。

あまり効いてないみたいだけど、ハーピーあたりは落とされている。

必死の防衛戦だな。


試しに頭の中で「鑑定」と唱えてみる。

よくあるパターンだと、ゲームさながらに視界の片隅に敵のステータスが見られるようになるアレだ。

地球でそんな能力あったらホントにチートだよな。

この人は腕力がいくつで体力がいくつで頭の良さがいくつでスキルは何と何を持っていて・・・

会社の人事が鑑定持ってたら怖いな。

あ、鑑定のかわりの試験だったり面接だったり履歴書だったり資格だったりするわけか。

変なところで納得した。

予想通り鑑定は使えなかった。

勇者に鑑定は必要ねえよ。

真っ向勝負。

正面からねじ伏せる。

・・・大丈夫だ。

まだテンションは高い。


とりあえずこの異世界に魔法はあったようだ。

なんでも地球には魔素とかいう魔法の元がないので地球人は魔法が使えないが、元々魔力は秘めていて想像力で魔素を形に変えて魔法を行使するとかなんとか。

魔力って霊能力とか、そんなやつのことなのかね?

昔は陰陽師とか悪魔払いとか本当にいたみたいだし。

俺には霊能力なんてまったくないけど。

幽霊も見たことないし、金縛りにすらあったことがない。

昔の林間学校の宿舎なんかは古戦場跡地だったりして、クラスメイトがやれ首を持った鎧武者を見たとか無表情の兵隊の行進を見たとか騒いでいたっけ。

俺は真っ先にグースカ寝てたなあ・・・


いかんいかん。

ここは戦場だ。

呆けてる場合ではない。


すでに城の周辺では人々の避難は済んでいるようだ。

フハハハハ

これで思う存分全力で暴れることができる。

・・・勇者のセリフじゃないな。


ほどなくして正面の城門が開き、全身鎧の騎士っぽい人たちとフード付きローブの人たちが合わせて100人ぐらい出てきた。

城壁は狭いので、広いところから迎え撃とうということのようだ。

全身鎧が魔物に対して前の方に並び、後ろからフード付きローブが杖から火の玉や氷の塊を飛ばしている。

全身鎧も弓で矢を放っている人がいる。

前衛と後衛で隊列を組んでいるんだな。

さすがに竜騎士にはダメージはあまり無さそうだが、コカトリスやハーピーは次々と落ちている。

すっげえ迫力。

映画なんて比べ物にならない。

そんな中ただ突っ立っている俺の方を向いて、フード付きローブの一人が身振り手振りで何か叫んでいる。

「お前もぼーっとしてないで攻撃しろ」と言ってるように感じる。

そうか。

ただならぬ雰囲気を持つ俺の力をわかっているようだな。


フフフフフ。

ならばお見せしよう。

日本人なら大半が知っていて、その誰もが一度は「できそう」と思って真似をした、あの大技を。


両手に全身の気を集中させ右腰のあたりに貯めを作る。

両の掌は敵に向ける。

狙いは指揮官っぽい、あのドラゴニュートだ。

全身から金色のオーラが沸き立ってきた、気がしてきた。

俺の妙な殺気に、何人かの視線を感じる。

括目せよ。


「か~~〇~~は~~〇~~」


「!!!波~~!!!」


叫びとともに思い切り両手をドラゴニュートに向けて突き出す。


俺の殺気に気付いたドラゴニュートが、驚いたように目を真ん丸にして俺の方に振り向いた。

口も半開きだ。

一瞬の静寂。



・・・何も起きなかった。

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