第12話

 電話のベルが鳴り出したのです。それにしても、なんという音でしょう。何かを訴えかけるかのような、物悲しい、ふしぎな音色で、あとからあとから押し寄せる波のように、途切れることなく鳴り続けているのです。ベルの音は、ますます大きく高くなっていきます。でも、おかしなことに、ドアが開いているのに、外の人には聞こえないようで、誰も見に来ません。

 だんだんとベルの音は大きくなり、僕はとうとう耐え切れなくなって、目をぎゅっとつむって、耳をふさぎました。ところが、ベルの音は頭の中で鳴り響いていて、いっこうに小さくならないのです。部屋の中がベルの音でいっぱいになって、もうこれ以上は我慢できないと思った時です。

 だしぬけにベルの音がやみました。僕はおそるおそる目を開けました。すると、まるで何事も起こらなかったみたいに、あたりはシンと静まりかえっています。僕はハッとしました。

「彼女は大丈夫だろうか。」

見ると、彼女は部屋のまん中に倒れていました。

「大丈夫ですか。しっかりしてください。」

僕は、あわてて彼女をゆさぶりました。


 彼女はすぐ目を開けましたが、さっきまでとは何か微妙に表情が違っているような気がしました。そして、顔を覗きこむ僕には「まるで気がつかないように、まっすぐにあの電話を見つめました。彼女はふらっと立ち上がると、ゆっくり電話に向かって歩いて行きました。

「あら、これはうちの電話じゃない。どうしてこんなところにあるのかしら。ほら、この傷。これは私がいたずらをしてつけちゃったのよ。」

そう言いながら、彼女は振り向きました。そして、ハッとしたように僕を見ました。

「あなた、トシオさんね。」

そう言うと、みるみる両目から涙があふれだしました。ぼくはあっけにとられて、彼女の顔を見つめていましたが、急に気がついたのです。

彼女の表情は、あの写真そのものだということに。

 彼女はうなずきました。

「思い出したの。私、とうとう時を越えたのよ。」

僕はふしぎに怖いとは思いませんでした。

「ユキコさん、本当に君なのかい。」

「ええ、そうよ。会いたかった。とても会いたかった。」

そう言うと、彼女は両手をひろげました。

 僕は駆け寄ると、力いっぱい彼女を抱きしめました。僕のほほに、暖かい涙が伝わってきます。気がつくと、僕も泣いていました。どれくらいそうしていたでしょうか。最後に彼女の唇が、そっと僕の唇に重ねられました。それから、彼女はやさしく僕の手から抜け出しました。

「これ以上はだめよ。このの人生は、こののものだから、私が奪ってしまうわけにはいかないわ。私は、もうこれで十分。あなたに会えたんですもの。」

僕が口を開こうとすると、彼女は言葉を継ぎました。

「待って、あなたの言いたいことはわかるわ。でも、前世の記憶をいつまでも持ち続けることはできないの。」

僕は思わず口をはさみました。

「じゃあ、君は僕のことも、何もかも忘れてしまうのかい。」

彼女はうなずきました。

「ええ。でも、私はいなくなってしまうわけじゃないのよ。このの中に、ずっと生きているの。だから、そんな顔するのはやめて。

 ねえ、私は一生懸命生きたのよ。あなたに会いたかったから。決してあなたを忘れたことはなかったって、あなたを愛してよかったって、そう言いたかったから。ね、あなたも強く生きていくって、精いっぱい生きていくって約束して。」

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