第11話

 彼女はちょっぴりまぶしそうに僕をみました。

「もうこれでお会いすることもないと思います。でも、お別れする前に、一つだけお願いがあるんです。」

「なんでしょう。僕にできることでしたら、何でも言ってください。」

「その古い電話を見せていただきたいんです。図々しいお願いだとは思いますけど、ぜひ見たいんです。」

僕はちょっとビックリしました。

「ええ、そんなことなら喜んで。でも、いいんですか。見ず知らずの男の部屋へ入りこんで、怖くはないんですか。」

 彼女は僕をみると、くすっといたずらっぽく笑いました。

「大丈夫です。あなたは悪い人じゃないわ。もしそんな人なら、きっと今日ここへは来なかったわ。」

僕もつられて苦笑しながら言いました。

「そんなに信用してくれるんでしたら、喜んでご案内しましょう。それに、まだ昼間だし、明るいうちならあなたに迷惑もかからないでしょう。」


 そこから僕のアパートまでの一時間とちょっとの間、僕たちはあまり言葉を交わしませんでした。少なくとも僕の頭の中は今日の出来事でいっぱいで、とても話の出来るような状態ではありませんでした。悲しみが波のように押し寄せて、言葉が胸の中でつかえてしまうのです。

 なんとなく気づまりな一時間のあと、僕は部屋のドアを開けました。

「さあ、ここです。ちょっと散らかってますけど、遠慮はいりません。あなたが怖くないように、ドアは開けっ放しにしておきます。」

彼女はまた僕をみて、くすっと笑いあました。

「すみません。ちょっと失礼します。」

僕たちは部屋に入りました。何といっても狭い部屋ですから、あの電話はよく目につきます。彼女もすぐに気がつきました。

 彼女は電話に歩み寄ると、おそるおそる手を伸ばしました。

「あの、さわってもいいですか。」

 僕はうなずきました。彼女がそっと受話器を取った時です。ふしぎなことが起こりました。

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