第9話

 僕は涙をぬぐうと、振り返って彼女に微笑みました。


「いろいろ、ありがとう。もしよかったら、おばあさんのことを話してくれませんか。」

彼女はちょっとうなずくと、歩きながら話し始めました。

「おばあちゃんと呼んでいますが、本当は大叔母です。あのひとは、生涯独身でしたから。

 祖母は、私の生まれる直前に病気で亡くなったので、私は祖母のことはよく知らないんです。祖母が亡くなる一週間ぐらい前に、母にこう話してくれたのだそうです。

『私は、ある晩七十年以上も未来の男の人と、電話で話したことがあるの。そして、たった一時間くらいしか話さなかったのに、お互いに深く愛し合うようになったの。でも、七十年という時を越えることはできなかったわ。急に電話の声が遠のいていった時、二人ともどうすることもできなかった。あの人、電話の向こうでとても嘆き悲しんでいたっけ。おかしなものね。もう五十年もたってしまったっていうのに、それも名前だけで顔もわからないっていうのに、あの時のことは今でもハッキリ思い出せるのよ。私はもう、あの人に会えなくなってしまうから、あなたにお願いがあるの。』

祖母は、母に色あせた小さな写真を渡すと、住所とずっと後の日付を言いました。

『いいこと、この日のお昼に、必ずこの場所で待っていてちょうだい。あの人がきっと来るから。そしたらこの写真を渡して、こう伝えてちょうだい。

 私は一生懸命に生きました。良心に恥じないように精一杯生きました。だから、あなたも強く生きてください。そして、あなたを好きになってよかったって。』

 母は祖母の言葉をすべて信じたわけではなかったのですが、遺言のようなものですし、ふしぎな話でもあったので、一字一句書き留めておいたのだそうです。

 私も何年か前に、この遺言のことを聞いていました。それで、本当かどうか興味もありました。それに、私は祖母の死んだ直後に生まれたことや、祖母によく似ていることから、よく祖母の生まれ変わりだなどと言われるんです。それに、ちょうど当時の祖母と年齢も同じなので、祖母の代わりに、今日はぜひここへ来たかったんです。」

 僕はあらためて写真を見なおしました。そう、たしかによく似ています。あのひとも、きっとこんな感じだったのでしょう。

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