第7話
なんということでしょう。やっと心からわかりあえるひとに巡り合えたというのに、そのひとは七十年も昔の、顔も名前もわからないひとなのです。これ以上絶望的な恋は考えられません。それでも、僕は必死の思いで言いました。
「今初めて知りあったばかりだっていうのに、おまけに君の顔も名前も知らないっていうのに、僕は君が好きになってしまった。嘘じゃない。でも、どうしていいかわからないよ。」
彼女が電話の向こうで静かに言いました。
「私も、そう。でも、どうしようもないのね。ねえ、お願いだから、さっきのは悪い冗談だって言って下さらない?本当は、私たち同じ時代にいるのよね。そうでしょう?」
「いや、本当だよ。僕は七十年以上も後の時代にいるんだ。でも、このまま何もできないなんていやだ。どうしても、君に会いたいよ。ねえ、どこに住んでいるの。なんていう名前なの。教えてくれよ。このまま別れてしまうなんて、どうしてもいやだ。」
「無理よ。私、もう
僕は、叫びました。
「いやだ。お願いだから切らないでくれ。やっと巡り会えたんだ。僕を一人ぼっちにしないでくれ。君がいなくなったら、僕はどうしていいかわからないよ。どうか、せめて少しでも長く君の声を聞かせてくれ。」
涙が、あとからあとからこぼれてきます。声が震えて、うまくしゃべることさえできなくなってしまいました。
その時、不意に雑音が入ってきて、声がかすかになってきました。
「もう、終わりね。あなたの声が、だんだん聞こえなくなってきたわ。」
「お願いだ。せめて、名前だけでも教えてくれ。君を愛しているんだ。」
彼女は、意を決したかのように言いました。
「ねえ、あなたの時代では、今日はいつなの。」
僕は日付を教えました。もう彼女の声は、かすかにしか聞こえません。僕は受話器に耳を押し付けて、一言も聞き漏らすまいと、耳を澄ませました。
「聞こえてる?いいこと、来年の今日よ!来年の今日のお昼に、この場所へきて。いいこと、きっとよ!愛してるわ。」
彼女は、ある住所を口にしました。僕は必死で頭の中に刻みこみました。そして、あわててわかったと伝えようとしましたが、もう受話器からは、何の音も聞こえてきませんでした。
僕は泣きながら、電話をたたきました。一生懸命にハンドルを回したり、ゆさぶったりしましたが、とうとう受話器からは、何の音も聞こえてきませんでした。
それから何か月も、僕はひょっとしたらまた電話がかかってくるのではないかと、眠れぬ夜を過ごしました。しかし、とうとう二度とベルは鳴りませんでした。僕は落胆した気持ちを忙しさに紛らわそうと、夢中で仕事をしました。
「来年の今日」、その言葉しか頭にありませんでした。とにかくその日までは、希望を失わずに生きていよう。それだけを支えにして、一年間を頑張り通したのでした。
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