第3話
それは、ずっと大昔の電話でした。ダイヤルがなくって手でハンドルを回して、交換台を呼び出すやつです。受話器と送話器とが別々になっていて、聴診器の先みたいな受話器を耳にあてて、電話にくっついているラッパの先みたいな送話器に向かって話しかけるやつです。くすんだ茶色い木の箱に、ベルが二つ並んでついていて、その下に送話器用のラッパがついているのが、なんだか人の顔みたいでした。
ぼくは、その電話から目が離せなくなりました。その電話から、なんともいえない暖かみのある雰囲気がただよってくるような気がしたんです。僕はひとめでその古びた電話が気に入ってしまいました
どれくらい眺めていたんでしょうか。ふと気がつくと、雨はあがっていました。もう列車の時刻まであまりありません。でも、僕はどうしても、そのまま店を出て行ってしまう気にはなれませんでした。なぜかこのまま出て行ったら、一生後悔するような予感がしたのです。
「すみません、この電話はおいくらでしょうか。」
僕は思い切って聞きました。
「ああ。お客さん、面白いものに目をつけられましたね。これは今から百年近く前に作られたものだそうですよ。この頃のボタン式みたいな味気ない電話と比べたら、ずいぶんと趣があるものでしょう。でも念のために言っておきますが、この電話は使えませんよ。この頃古い格好の電話がはやっているらしくて、よくそんなことを言ってくるお客さんがいるんですよ。でもね、いくらなんでもちょっとこいつは古すぎますからね。」
「いえ、そうじゃないんです。ただ、何となくこの電話が、とても暖かみのあるような気がしたものですから、一人暮らしの殺風景な部屋でも、少しはマシになるんじゃないかと思いましてね。」
店の主人は、僕の顔をじっと見つめました。そして、不意ににっこりすると、
「そうですか。それは嬉しいことを言ってくださいますね。道具だって人間と同じで、わかってくれる人に巡り合わなければ、幸せにはなれないものです。
ええ、そういうことでしたら、私も儲けようとは思いません。仕入れ値でけっこうですよ。」
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