第128話 大家族会
俺とフィルは大臣や高官が見守る中で皇帝陛下に謁見した。
「カルバンシア城伯爵フィリシア、此度の城壁完成、余も嬉しく思う。レオもよくフィリシアを手助けしてくれた」
「もったいないお言葉です、陛下」
俺とフィルは跪いて礼を述べる。
「これでいよいよ人工魔石工場の建設に取り掛かれるわけだが、その前にしておかなければならないことがあるのぉ」
陛下がニヤリと笑うと、フィルも嬉しそうに顔をほころばせた。
「陛下、それは……」
「うむ、もちろんそなたらの婚姻の儀じゃ」
おー……、と室内がざわつく。
ついに陛下の口から具体的な言葉が発せられた。
いよいよ来たるべき時がやってきたという感じだ。
わかっていたことではあったけど俺も少しだけ緊張してきた。
物事が具体的になるといろいろなことが見えてくるからね。
「皆のものもそれで良いな?」
心の中はどうであれ、この場で異存を挟む人はいなかった。
謁見の間を辞去すると、並み居る貴族たちが俺たちにお祝いを述べてきた。
一人一人に丁寧にあいさつしていくと、そこで見知った顔に出会えた。
「メーダ子爵、それに奥様!」
ニコニコと優しい笑顔を向けてきているのはレベッカの両親であるメーダ夫妻だ。
「ずいぶんと他人行儀な挨拶をするじゃないか、レオ君」
「そうですよ。私たちはこれから親子になるのですから、もう少し打ち解けていただかないと。レベッカは元気にやっていますか?」
メーダ夫人が少しだけ心配そうに訊いてくる。
「はい、将軍になってからますます元気になっていますよ。今ではカルバンシアにはなくてはならない一翼になってくれています」
「お役に立てているようで良かったですわ。そうそう、ご領地の開発も軌道に乗られたそうですね。そちらのアリスから聞いておりますよ」
まさか、メーダ子爵のところにも営業に行ったんじゃないだろうな?
アリスをじろりと睨むと、俺の心の内がわかったようですぐに否定してきた。
「とんでもない。私は仮縫いしたレベッカ様のウェディングドレスをお見せしに行っただけでございます」
「ええ、素敵な仕上がりだったわ。あの子があれを着ると思うと……。いろいろと気を使ってくれてありがとうね」
メーダ夫人は涙ぐみながらアリスの手を取っている。
俺にはできない気遣いをアリスが見せてくれたのか。
「ごめん。そしてありがとう、アリス。俺からも礼を言うよ」
「当然の務めを果たしただけでございます」
アリスの優しさに胸が温かくなる思いだった。
「そうそう、私たちもバルモス島のタワマンというのを購入したよ」
「さすがに高層階は無理でしたけど、温泉やお料理やいろいろな娯楽のある島なのでしょう? 遊びに行くのが楽しみだわ」
え……?
結局、メーダ子爵にも営業してるのか!
「ついででございましたので」
「お前なぁ……」
「義理のご両親ということでお値打ち価格で販売いたしました」
ちゃっかりとメーダ子爵にも売りつけていたとは。
「近いうちにぜひ遊びに行こうと思っているの。ルプラザから船が出ているのよね?」
「はい。蒸気船という風に運行を左右されない船が皆様をバルモス島へとご案内いたします。こちらの船も優雅なつくりになっております」
アリスのセールストークは淀みなく進んでいる。
こうやっていろんな貴族に営業をしたんだろうな……。
「これは楽しそうなお話をしてらっしゃいますな」
俺たちの会話に割って入ってくる人物がいた。
なんとそれはララミーのお父さんであるネピア・ドレミー殿だ。
相変わらずちょっと強引な感じではあるが、悪気はないようだ。
「レオ・カンパーニ殿、城壁の完成おめでとうございます」
「これはドレミー殿。これもララミーさんのお力添えがあったからですよ」
「そう言っていただけると親として誇らしいですな。あれは性格は地味だが仕事ぶりは真面目ですから」
ドレミー殿は他の貴族に見せつけるように親しげに俺の手を取った。
う~ん……まあ、仕方がないか。
「そうそう、私もタワマンとやらの一室を購入いたしましたぞ」
やっぱりここにも営業に行ったのね……。
「それはありがとうございました」
「なに、皆がこぞって買うような貴重な部屋です。それにカンパーニ殿のお力になれるのならそれくらい。ところでメーダ子爵もいかれるなら、私ども夫婦もご一緒したいですな」
ドレミー殿は貴族派の結束を固めたいとでも思っているのかな?
俺としては義理の両親たちと一緒というのはちょっと緊張する……。
だけど断るわけにはいかないもんなぁ。
結婚ってこういうところが面倒なのかもしれない。
「皆様がおいでになるのなら、いつでも歓待の用意がありますよ」
複雑な気持ちは表に出さないで笑顔でそう言えた。
「だったら、私も行ってみようかしら」
いきなり見知らぬご婦人が声をかけてきた。
ずいぶん堂々とした人で、身ごなしに隙がない。
美人なのだが、まるで獰猛な野生のドラゴンを感じさせるご婦人だ。
「エレーヌ、まだご挨拶も済ませていないのに失礼だよ」
そんなご婦人をオドオドと諫めながら気の弱そうな男性が頭を下げてくる。
カルロさんの言いつけを守り、大抵の貴族の顔と名前は覚えたのだけど、この人たちの記憶はない。
どこかの地方領主だろうか?
「失礼ですが、どちら様でしょうか。たぶんお初にお目にかかると思うのですが……」
男性に質問したのだけど、受け答えをしたのはご婦人の方だった。
「私の名前はイシュマリア・ブレッツよ」
ブレッツ?
「アニタ・ブレッツ卿の!?」
「正解! あなたがレオ・カンパーニね。初めまして」
これが、アニタのお母さんか。
たしかに似ていなくもない……。
「いや、驚いたわ。先月、珍しくアニタから数年ぶりに手紙が届いたのよ。それだけでも奇跡に近いんだけど、中身は『結婚する』だもの!」
ブレッツ卿は地方領主で帝都から南へかなり行ったところが領地だ。
そうしたわけで、これまでご一度も挨拶をしたことがなかったんだよね。
「お初にお目にかかります。レオ・カンパーニと申します」
「なかなかかわいい顔をしているじゃない。まあ、あのアニタが好きになるのだから顔には似合わない腕前なのでしょうけど」
ドラゴンが爛々(らんらん)と光る眼で俺を値踏みしている。
ちょっと怖い……。
「初めましてレオ・カンパーニ殿。私はウレイルと申しまして、アニタの父親です」
実のお父さん?
質問してみたいけど失礼すぎるから訊くことはできない。
「私は地質学者でもありまして、魔導工学の権威であるカンパーニ卿とは一度お会いしてみたかったのです」
お父さんの方はアニタと似ても似つかないほど穏やかな雰囲気だ。
そう言えばアニタにお父さんはどんな人って訊いたことがあるんだけど、答えは「う~ん……土に詳しい?」だったな。
てっきり農業をやる人かと思ったんだけど地質学者だったのか。
相変わらず受け答えが適当すぎるぞ、アニタ……。
「地質学は興味深い分野ですね。バルモス島は様々な鉱石も取れる上、温泉も湧いているんですよ」
「おお、それは素晴らしい! 主にどんな鉱物が?」
鉱物の話をし出したらウレイル・ブレッツ殿が俄然元気になってきたぞ。
「そんなの、現地に行って自分で確かめればいいじゃない。レオさんは私たちのことも招待してくれるんでしょう?」
「もちろんです。ぜひいらしてください」
メーダ家もドレミー家も来るんだから、ブレッツ家が増えたところで問題はない。
「くおらぁーっ! それならば余も行くぞ。義理の両親が全員招待されているのに余だけ仲間外れとはずるいではないか!」
臣下の輪がさっと左右に分かれて、姿を現したのは皇帝陛下だった。
「余とフィリシアの母であるエスメラルダも招待しろ」
「もちろん私は構いませんが……」
俺はおずおずと確認の視線をマインバッハ伯爵に投げかけた。
「そ、それなりのご準備が整いましたら、陛下の行幸(みゆき)もかないますので、しばらくのご猶予を……」
「固いことを申すな。皆が集まるのだぞ。聞いたところによるとシリウスも行くらしい。余だけ行かないとなるとフィリシアが可哀そうではないか」
陛下がごねだした。
「しかし護衛の兵を連れていくにも準備が要りますので……」
「安心しな、マインちゃん。私が陛下のおそばに控えているよ」
そう声をかけたのはイシュマリアさんだ。
親子そろって伯爵をマインちゃん呼ばわり!?
「ブレッツ殿。先代皇帝のロイヤルガードだったあなたがいれば百人力ですが、しかし……」
あ、やっぱりイシュマリアさんも強い人だった!
「マインバッハ、私からも頼みます。護衛の兵は私の特戦隊をまわしますゆえ何卒」
珍しくフィルが苦笑しながらとりなしている。
「おお、フィリシア。そなたは孝行娘じゃな」
「私も陛下と母上にはおいでいただきたいですから」
こうなってはマインバッハ伯爵も折れるしかなかったようだ。
「承知いたしました。それではすぐにでも準備に入らせていただきます」
「うん。三日以内に出発できるように」
「三日以内!?」
「早く行きたいのだ。それだけあれば、特戦隊もルプラザへ到着できるであろう?」
マインバッハ伯爵様も可愛そうに……。
俺は拳を握りしめているマインバッハ伯爵の傍に近づいた。
「警備に必要な見取り図は後ほどアリスに届けさせます。それからいつもの胃薬も……」
「申し訳ない、カンパーニ様。せめて貴方がホストであったことが救いですよ……」
なんだかマインバッハ様に信用されているな。
陛下の外出は俺のせいなんだけど、そのことは悪く思ってはいないみたいだ。
しかし、三日以内に出発とは陛下もわがままだな。
ただ、それだけ早ければ襲撃者も準備が整わないというのも事実か……。
陛下のことだから何も考えていないようで、いろいろと考えているのかもしれない。
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