第127話 見えてきた結婚

 カルバンシアへ戻ると再び俺は精力的に城壁と砦の構築の日々に明け暮れた。

城壁は厚みを増し、通路のほかに魔導鉄道用のレールも敷かれている。

これは軍用列車の通り道だ。

軍用列車は資材や兵員を運ぶだけじゃなくて、複数のバリスタを装備している。

敵が襲撃してくればこの列車に兵士たちを乗せて救援に駆け付けられるわけだ。

各所からの援軍も続々と到着して城壁は急ピッチでその長さを伸ばしていた。


 俺とララミーは作り立ての城壁の上に立って、このあたりの魔素濃度を計測していた。

「濃度の値はでた?」

「数値はだいぶ上がってきましたね。このあたりでも人工魔石の作製は可能ですが、念のためにもう2㎞は北に行きたいところです」


 魔素濃度は日によって多少の増減があるのだ。

安定して魔石を作るにはもう少し濃度の高いところまで行かなくてはダメだろう。


「やっぱり予定のポイントが一番いいのだろうね」

「はい。でも、ここまでくればもうあとわずかです。最近では魔物の襲撃もずっと減っていますから」


 ララミーの言う通り魔物は不気味なくらい静かだ。

これには理由があって、実はそのように誘導しているからである。

俺とアニタが毎日、東の森で暴れて魔物をおびき寄せているのだ。

衛星からの情報では、魔物は徐々にだが東の方へ流れているようだ。


「城壁が完成すれば、少しは落ち着けますね……」


 ララミーが計測器から目を離さずに話しかけてくる。


「それはどうかな? 壁ができれば今度は工場を作らなければならないし、魔石運搬用の魔導鉄道も開通させなきゃ。これは帝都までつなぐ大事業になるしね」

「ですが、その完成を待っていては私たちの婚姻はいつまでも……」


 ララミーの言いたいことはわかる。

それについては時期を見てしっかりとした折り目をつけてしまおうとフィルとも話していたところだ。


「実を言うと、皇帝陛下に一度帝都へ来るように申し付けられているんだ。どうやら俺たちの婚姻のことについてらしい。貴族派のお歴々もうるさくせっついているようなんだ」


 レベッカとララミーの親族には貴族派の人が多い。

自分たちの権力を維持するためにも、ララミーたちとの婚姻を急がせたいようだった。


「そうですか……。父がご迷惑をかけます……」


 ララミーの父親のネピア・ドレミー殿は次席宮廷魔術師という立場で、俺とララミーを一刻も早く結び付けたいようだ。

なかなか押しの強い人物だったが、俺に対しては友好的であったので今のところ問題は起きていない。


「人それぞれ事情があるんだろうね」

「そう言っていただけると助かります」


 ララミーは表情を変えずに計測を続けている。

だけど、自分が権力の道具にされることはよく思っていないようだ。


「でもさ、そういう事情を抜きにしても、俺だって早く結婚式を挙げたいよ」

「えっ……?」

「ララミーは違うの?」


 少しおどけて訊いてみると、ララミーはあたふたと計測器を落としそうになってしまった。


「そ、そんなことはありません。私だって……」


 気持ちは通じ合っているのだ。

後はこの壁をつなげることさえできれば……。


「ララミー、頑張ろうね」

「はいっ!」


 計測器を見つめるララミーの表情がいつもよりずっと明るかった。



 それから数週間のち、300メートルの間隔を空けて平行に進んだ城壁は北の突端で一つに結ばれた。

当初予定では北に8キロとか30キロとかいう話だったけど、結局カルバンシアの真北16キロ地点に落ち着くことができた。

工期もだいぶ短縮できている。


「ついにここまで来ましたね」


 フィルが感慨深そうに北の領域を見つめながらつぶやいた。

フィルだけじゃない。

アニタ、レベッカ、ララミーも一緒だ。


「それでは、いよいよでございますね」


 ふいに声をかけられて振り向くと、そこにはバルモス島にいるはずのアリスがいた。


「いつの間に戻ってきたんだ?」

「レオ様のことは、もとい……、カルバンシアのことは常に衛星で監視していますからね」


 こいつ、俺の動向も常に見張っているな……。


「お祝いを申し上げるためにルプラザから走ってまいりました」


 アリスが本気を出せばルプラザからカルバンシアまで半日で来られる。


「で、いよいよってなんだよ?」

「もちろん皆様方の結婚式でございます。既に皆様からのご希望を聞いてウェディングドレスの作製には入っております」

「いつの間に……」

「第五世代はマルチタスクが得意なのです。レオ様との熱い夜を過ごしながら北の防衛網の監視もなんのその!」


 心ここにあらずって感じで嫌なんですけど……。


「ドレスの仕上げをするためにも、今ここで皆様の3Dデータを再スキャンさせていただきます」

「スキャンってなによ?」

「お体のサイズを測るのですよ」


 質問したレベッカの周囲をアリスが一回りしている。

あれで計測しているのだな。


「はい、結構ですよ、レベッカ様。以前よりお胸が2ミリだけ大きくなりましたね。まだ成長期でございますか?」

「なっ!?」


 顔を赤らめながらも、レベッカがどことなく嬉しそうなのは気のせい?


「アリス、ちょっと気が早いんじゃないか? 城壁完成についてはこれから報告することだし、皇帝陛下に――」


 アリスは俺の言葉を遮るように一通の書状をひらひらさせた。


「陛下からの勅書でございます。こちらへ来る前に帝都にも寄ってきましたので。早いところ来て、婚姻の儀の相談をさせろ、とのご伝言でございます」


 本当に手回しのいいオートマタだ。

どや顔で小さな胸を張るアリスから勅書を受け取り、フィルの方に向き直る。


「すぐにでも出発した方がいいよね?」

「ええ。早ければ早い方がいいわ。私も待ちきれないから」


 光り輝くような笑顔を向けられて俺の頭はくらくらするようだった。



 カルバンシアのことはバルカシオン将軍やレベッカたちにまかせて、その日の午後にはフィルとアリスと連れ立って帝都に帰還した。

いつものように郊外の原っぱにスカイクーぺを着陸させようとしたのだけど、今日はいつもと違って迎えの馬車が来ている。

いぶかしく思っていると、なんと皇太子のシリウス殿下が迎えに来てくださっていた。


「久しぶりだね、レオ」

「わざわざ殿下自らがお越しくださるとはもったいなく存じます」

「大袈裟だな。私たちは間もなく兄弟になるのだぞ」


 成り上がりの俺に対する皇族の風当たりは最近は弱くなっている。

人工魔石やカルバンシアでの実績があるおかげで文句のつけようがなくなってきているのだろう。

最近ではむしろすり寄ってくる人も多い。


 そんな中で、シリウス殿下は俺がプリンセスガードをしていた時から友好的だった人物だ。

人柄は明るく、公明正大で素直に尊敬できる方なのだ。


「城壁がすべてつながったと聞いたぞ。これで帝国の新たな未来が開けるな」

「おかげさまで一通り完成いたしました。ただ、防御態勢はまだ不完全なので、最終的な完成はもう少し先になります」

「ここまでくれば、もう大丈夫だろう。私も近いうちにカルバンシアへ視察に行くつもりだ」

「ありがたいお言葉です」


 次期皇帝たる皇太子殿下の視察となるとカルバンシアは大騒ぎになるだろうな。


「安心してくれ、忍びで行くから」


 民衆には存在を知られないようにする視察か。

それなら準備する方もかなり楽になる。

こういう気遣いができるからシリウス殿下が好きなのだ。


「それでな、視察に行くときはスカイクーペで迎えに来てもらいたいのだが、良いだろうか?」

「もちろんでございます。私の機体でよければいつでも」

「たのむよ。で、だ……」


まだ何かあるの?


「ついでにバルモス島へも寄ってほしい」

「私の領地のでございますか? かまいませんが、どのようなご用なのでしょうか?」

「ん? レオは知らぬのか。私もタワマンの部屋を一つ買ったのだ。アリスが売り込みに来たのでな」


 シリウス殿下にまで営業をかけたのか!?


「失礼いたしました! アリスが何か無礼なことをしませんでしたか?」

「いや、おもしろい話をたくさん聞かせてくれたぞ。あまりに楽しいゆえ、私の宮殿への出入りを自由にさせた」


 特権までもらっている!?


「申し訳ございませんでした」

「いやいや、謝ることなど何もない。私も陛下の部屋の一つ下を独占できたので満足しているよ」

「それは、それは……」


 こんな感じであちらこちらの貴族にも営業したんだろうな……。

その行動力だけは感嘆に値するよ。


「アリスの言うには、タワーマンションの上層階は内装まで仕上がったそうだ。そこでぜひ見に行きたいと考えていたところなのだ」

「承知いたしました。それでは皇太子殿下をバルモスにお招きいたしますので、改めて日程等を調整いたしましょう」

「よろしく頼む」


 シリウス殿下はニコニコしていらっしゃるけど、警護のことをロイヤルガード筆頭のマインバッハ伯爵と打ち合わせなくてはならないな。

これからもお世話になるのだから今日は伯爵用の胃薬を召喚しておくとしよう。

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