第126話 アリスと一緒に

 目が覚めると俺の膝に頭をのせたままのアリスがじっとこちらを見ていた。

書類に目を通しながらうたた寝していたようだ。


「おはようございます、レオ様」

「おはよう。もう朝?」

「夜明けまで、あと12分ございますよ」


 二時間くらい寝ていたようだ。

おかげで頭がすっきりとしている。

でも、二時間くらいの睡眠で復活するなんて、我ながら化け物じみてきた感は否めないな。


「コーヒーをお淹れしましょうか?」


 起き上がったアリスがかいがいしく俺の世話を始めてくれた。


「お願いするよ。少し薄目で」

「二人で夜明けのコーヒーですね。ずっと憧れていたのです」


 夜明けにコーヒーを飲むこと? 

夜明けのコーヒーって徹夜で仕事をさせられて、ようやく終わって飲むというイメージなんだけどな……。


 アリスは無表情ながらはしゃいだ様子で二つのカップにコーヒーを満たした。


「珍しいね、アリスも飲むの?」


 アリスはオートマタなので魔石さえあれば食料は要らない。

それでも食事をすることはできるので、これまでも何回か食べるところは見てきた。

だけどそれも滅多にないことなのだ。


「夜明けのコーヒーでございますから……。本当はベッドの上で飲むのが望ましいのですが、こうしてソファーというのもいいものですね」


 アリスは小さな頭を俺の肩に預けてくる。

どうやら明け方にコーヒーを二人で飲むというのは親密な行為のあらわれのようだ。


「メンテナンスは終了した?」

「はい。これでまたフル稼働で働けます」

「無理はしないようにね」

「…………」

「返事は?」

「は~い」


 なにその、不承不承(ふしょうぶしょう)の感じは? 


「アリスが頑張りすぎると心配になるんだよ。今はそばにいてメンテナンスしてあげられる状態じゃないからね」

「わかりました。レオ様にご心配をかけないよう、限界値を越えないように心がけます」

「そうしてもらえると安心だよ」

「はい。単身赴任中でも無理と浮気はしないとお約束いたします」


 アリスの行動はときにハチャメチャだけど、約束だけは絶対に守ってくれる。


「もう少しコーヒーを飲む? 今度は俺がいれるよ」

「はい……」


 俺は特別なコーヒーを用意した。

オートマタのアリスに効果があるかどうかはわからないけど、今は少しでもアリスに報いたい気持ちだったのだ。


####


名称 コーヒー(サファイアマウンテン)

説明 標高1,600mの豊かな自然の中で栽培される最高級コーヒー。芳醇な香りとコクは他のコーヒー豆とは一線を画す。

効果:リラックス度アップ 精神干渉からの防御微上昇 瞬発力上昇


####


「幸せの味がします」


 コーヒーを一口飲んだアリスが小さくつぶやいた。



 朝食を終えると俺はまずマシュンゴと面会することにした。

マシュンゴの工房は大幅に増改築がなされ、ドワーフたちが働く工場になっているらしい。

かつてはレッドドラゴンの住処だった洞窟の入り口付近は、今やドワーフ街になっているそうだ。


「洞窟内部は秘密の研究所になっておりますので楽しみにしていてください。男の子ってそういうのが好きなんでしょう?」


 アリスの案内でスカイクーペを走らせた。

道路はどこもよく整備されており、鉄道網も発達しているようだ。

道の両側の木々は適度に伐採され、木漏れ日が柔らかな影を作っている。


「自然と魔導科学の融合がバルモスの目指すところでございます」


 アリスの説明を聞きながら俺たちはマシュンゴの工場へと入っていった。



 洞窟の一部をくりぬいて大きなビルが建造されていた。

ここがマシュンゴたちの新しい工場だそうだ。

工場というより要塞に見えるんだけど……。


「マシュンゴさんと研究者たちが新たな火炎魔法反射炉を作成いたしまして、生産性は大幅に上がっております」


 火炎魔法反射炉なら煤煙も少ないのでリゾートと併設ができるそうだ。


「領主様あああああああああああああ!」


 うおっ!? 

スカイクーペから外に出ると大勢のドワーフたちがこちらめがけて一斉に走ってきた。

先頭にいるのはマシュンゴの家族だ。


「ようこそお越しくださいましたご領主様!!」


 ぐぐっ……、百人規模のドワーフの突進を何とか受け止めた。


「や、やあマシュンゴ。みんな元気そうだね」

「そりゃあもう! 見ていただきましたか、バルモス島の発展具合を!!」

「皆のおかげで工事が驚くほど早く進んでいるようだね。ありがとう」


 2500人のドワーフが突貫工事で頑張ってくれているんだもんなぁ。

考えてみればレベッカの率いる工兵部隊と比べたって遜色ないぞ。

いや、土魔法や火炎魔法が得意な種族の分、こちらのほうが工事ははかどるのかもしれない。


「後で感謝の酒を贈らせてもらうよ。実は今日も持ってきたんだけど、ここまでたくさん人がいるとは思わなくて」


 持ってきたのはウェッピアを3樽だから、みんなで飲んだらあっという間になくなってしまうだろう。


「そいつはありがとうございます。でも、そのことは置いておいてこいつを見てくださいよ」


 マシュンゴは満面の笑顔でごつい手のひらにのせたインゴットを差し出してきた。


「これは……頼んでおいたスーパーミスリル?」

「へい! 一般的なミスリルと比較しても魔力伝導率が6割以上も向上しておりやす」


 期待していた通りの値になっている。


「そうか、これならいろいろ応用が利きそうだね」

「まったくで、さっそくこんなものを作ってみました」


 マシュンゴが差し出してきたのはバネだった。


「これは何なの?」

「ごく微量の魔力を流すと伸び縮みする特性があるバネでやす。まあ、どんなことに使えるかはわからないんですけどね」


 受け取ったバネに魔力を流すと、マシュンゴの言う通り伸びたり縮んだりしていて中々面白い。


「役に立つかどうかは分かりやせんが……」

「いや、面白いよ! こういうアイデアがいっぱい集まって画期的な製品ができ上るかもしれないだろう? これからもどんどん研究を続けてね。研究費は何とか稼いで見せるからさ」


 そう言うとドワーフたちから大きな歓声が上がった。


 雇い入れた研究員と面談したり、島のいろんな施設を視察したりしていると、太陽は加速するかのように西の空へ移動していた。

そろそろカルバンシアへ戻らなくてはならない時間だ。

アリスはいつも通り無表情なんだけど、心の内はよくわかる。


「また、近いうちに来るから。定期報告を怠らないでね」

「はい。開発資金と一緒にお越しください」

「うっ……、それは頑張るよ」


 ドワーフたちにも見得を切ってしまったから何とかしないとね。

軍手工場は順調に稼働して、軍服の注文なんかも入ってきている。

これで少しはこちらに回せるだろう。

あとはいいものを陛下に売りつけるか……。


「国境に張り出した城壁ももうすぐ完成だよ。防御態勢が整ったらいよいよ、人工魔石工場だ」

「はい。それまでにはバルモス島の営業も始まるでしょう。レオ様のご武運をお祈り申し上げております」


 スカイ・クーペが上昇すると、地上にぽつりとたたずむアリスがみるみる小さくなっていく。

名残惜しい俺は身体強化を使って自らの視力を最大限まで高めた。

ん? 

(レ・オ・さ・ま・だ・い・す・き)

 俺が見ていることを知ってか知らずか、アリスの口が小さく動いていた……。


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