第115話 城塞構築
前進拠点となる砦の建設計画は着々と進んでいる。
建設予定場所の整地はすでにアリスとスルスミによって終わっているので、本日はいよいよ特戦隊を投入して砦の構築にかかるのだ。
いつ魔物がやってくるかわからないので、拠点構築はスピードが肝となる。
あらかじめ加工してある資材を亜空間から取り出して所定の場所へ置いていく。
模型を使って何度もシミュレーションしたので、淀みなく動くことができた。
「アリス、敵影は?」
「今のところありません。エルバ曹長たちが頑張ってくれていますよ」
すべての木を切り払ったので、麓までの見通しは良くなっている。
近づく魔物はエルバ曹長率いるライフル部隊が狙撃で排除してくれているのだ。
「よし、特戦隊を亜空間から出すぞ」
本日はマルタ隊長を筆頭にした300人の隊員が動員される。
これはフィルの警護チームを除いたほぼ全員だ。
今回の任務はかなり危険になるのでなまなかな兵士では務まらない。
戦闘力が高く、工兵としての知識もあり、腕力が異様に高い特戦隊にとってはうってつけの任務だった。
「全員、打ち合わせ通りに頼むぞ!」
「了解であります!!」
「資材の追加が必要な時はすぐに連絡をくれ」
各小隊が自分の持ち場へと散っていく。
他の帝国軍とは違い、特戦隊の小隊長は無線機を携帯しているので緊密なやり取りも可能だ。
細かい指令が小隊レベルで出せるのだから、ある意味では無敵の部隊かもしれない。
そんな兵団は帝国軍の中でも特戦隊だけだった。
「それでは私はスルスミで麓の整備をしてまいります。衛星からの情報は逐一タブレットの方へ送りますのでご確認ください」
「ありがとう、アリス。よろしく頼むよ」
スルスミには通路を作ったり、斜面を削ったりという作業がまだ残っているのだ。
森に近く、危険な任務なのでアリス以外には任せられない。
通信機でライフル部隊に連絡を取っておく。
「エルバ曹長、聞こえるか?」
「(はい)」
「アリスがスルスミで出る。バックアップを頼むよ」
「(承知しました)」
魔物が出てきたところで、アリスなら十分対応できると思うけど、そのたびに作業が中断されるのはおもしろくない。
ここはライフル部隊の働きに期待するとしよう。
アリスが出かけたのでマルタ隊長と各小隊の様子を見て回ることにした。
基礎工事はスルスミによって終了しているので、あとの作業は比較的楽だった。
石材も木材もカルバンシアで加工したものを亜空間で運び、こちらで組み立て、設置するだけになっている。
あらかじめ掘られた穴に次々と丸太が埋められ、見る見るうちに壁ができていく。
壁は礫(れき)を金網に詰め込んだ石嚢によって補強され、あっという間に砦の輪郭が見えてくる勢いだった。
「これなら昼前に防御壁は完成しそうですね」
油断なく左右に目を配っているマルタ隊長だが、内心では部下の働きに満足しているのだろう。
「そうだね。問題は即席の砦でどこまで襲撃に耐えられるかだけど……」
俺と特戦隊は城塞構築が終わると、そのままここに籠城することになっている。
せっかく作った砦を魔物に破壊されるわけにはいかないのだ。
「守ります。私たちが必ず」
マルタ隊長の表情は決意に満ちていた。
「うん、俺たち特戦隊は一心同体だ。だけど無理はいけないよ」
俺も現場の責任者としてここで籠城するのだ。
最も危険な任務を部下だけに押し付けるわけにはいかない。
フィルをはじめとしたみんなは反対したけど、最後には説き伏せた。
誰が何といおうとも譲れない仕事というものは存在する。
マルタ隊長もやっぱり反対みたいだけどね。
「カンパーニ様……、やはりお考え直しになりませんか? カンパーニ様は帝室へ婿入りされる身ですよ。本来はこのような最前線へこられることさえおかしな話なのに……」
「でもさ、人工魔石計画は俺の発案で始まったんだよ。それが帝国の安寧につながる計画だと信じているけど、実際には皆をこうして危険に晒している。だったらせめて俺も最前線で戦わないとね」
マルタ隊長は呆れたように俺の顔を見ていたけど、すぐに元の表情になって俺を見つめる。
「お守りします。私が必ず……」
「うん、ここの防備は特戦隊にかかっているからね。みんなで頑張ろう」
「いえ、そうでは……」
「ん?」
「いえ、なんでもありません!」
マルタ隊長が何か言いかけたけど、ちょうどそのとき通信が入った。
「(カンパーニ様、第六小隊のコスナーです)」
「どうしたの、コスナー軍曹?」
「(申し訳ありません、地固めをしていたらタコの柄が折れてしまいまして)」
タコとは地盤を固めるための道具で、鉄板で補強された丸太に四本の柄がついている。
二~四人で柄を持ち、丸太を地面に打ちつけて使う。
「わかった、すぐに行くよ。先日、ちょうどいい物を召喚しているから、それを出そう」
####
名称 ランマ
種類 締固め用機械
説明 地面を固める際に使用される建設機械。魔導エンジンの力を利用し、衝撃力で締固めを行う。反動の少ない静穏タイプ。
####
第六小隊のところまで行ってランマを出してやると、皆が興味津々で集まってきた。
「よし、説明書を読みますから、マルタ隊長が動かしてください」
「承知しました!」
「まずはエンジン上の黒いボックスに魔石をセットします」
「こちらのボックスですね」
呑み込みの早いマルタ隊長は器用に魔石ボックスの蓋を開けて、中に魔石をセットする。
「そしたら、パネル一番左の、メインスイッチを右に回してください。青いランプが点灯するはずです」
「了解。右に回して……青いランプの点灯を確認!」
「最後に赤いボタンを押し込んで運転開始ですが、振動が来ますから気をつけてくださいね」
「了解です。赤いボタンで運転スタート」
ブィーン、ダッダッダッダッダッダッダ!
音を立ててランマが動き出した。
す、すごい……。
あ~、確かにランマもすごいんだけど、その……マルタ隊長の胸がとんでもないことになっている。
これは見てはいけないやつだ!
俺は慌てて視線を逸したんだけど、小隊の他の隊員がマルタ隊長をガン見していた。
「ウオッホン!」
俺が咳ばらいをすると、全員が同時に目を逸らしたけど。
「みんな持ち場に戻れ!」
ランマの騒音に負けないように大きな声で命令を出した。
「了解しましたぁ!」
隊員たちがそれぞれの作業場へと戻っていく。
「カンパーニ様、ご覧ください! これ、すごく便利ですよ!」
マルタ隊長が無邪気に俺を呼んでいる。
いえ、そんなこと言われても困りますって。
皆が働いているのに俺だけ見るなんてことは……。
さっと間に入って運転停止ボタンを押した。
「えっと、ランマは小隊の隊員に任せて、次の場所へ移りましょう」
「ああ、そうですね! つい、はしゃいでしまいました。ああいった魔道具が増えてくれれば領民の暮らしも楽になるでしょうね」
赤い顔を見られないように、マルタ隊長の前に立って視察を続けた。
視察を続ける俺の耳にアリスからの通信が入った。
「(レオ様、北西の魔物がこちらに向かって集結しつつあります)」
「数は?」
「(流動的ではございますが、現時点では68体。最終的には500を超えるでしょう)」
ついに来るべき時が来たか。
だけど、城壁は完成とは言えない段階だ。
ここは俺とアリスが出て、敵の注意を引き付けるしかないな。
時間稼ぎにはなるだろうし、上手くすれば群れの進撃方向を変えられるかもしれない。
「打ち合わせ通り打って出るよ」
「いけません!」
そばで通信を聞いていたマルタ隊長が叫んでいた。
「単騎で出られるなど正気の沙汰ではありませんよ!」
「単騎じゃない、アリスもいるよ」
「そんなことを言っているのではありません!」
「だけど、この状態で砦に取りつかれたら、あっという間にここは崩壊する。少しでも時間を稼がないと」
マルタ隊長は首を振って俺の言葉を否定した。
「しかし! ……でしたら、私もお連れください。微力ながらカンパーニ様のお役に立ちたいのです」
「それはできない」
マルタ隊長は唇を噛んで俯く。
「私では信用できませんか? 私にはブレッツ卿やメーダ将軍、ドレミー様のような力はありません。ですが――」
「帰ってくる!」
「えっ?」
「必ず帰ってくるから、信頼できるマルタ隊長にここを任せるんだ。俺の帰る場所を確保しておいて」
「カンパーニ様………………です」
マルタ隊長が何といったかは聞こえなかった。
だけどもう時間がない。
「特戦隊を頼んだ」
そう言うと、マルタ隊長はきりりとした表情で顔を上げた。
「お任せください、必ずや城壁の構築を完遂させます」
「うん!」
俺はホバーボードを取り出して大地を蹴る。
眼下に広がる森はまだ不気味なほど静かだった。
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