第116話 魔石をつまみながら

 アリスと俺は針葉樹の枝を飛び移りながら高速で移動していく。

砦は東の方角にあるので、南から回り込んで魔物の群れに攻撃を仕掛けるつもりだ。

敵の注意を砦から俺たちに切り替えさせることに成功したらカルバンシア側に撤退。

カルバンシア城の兵力でこれを撃退するという計画だ。


「魔物の数に変化はある?」

「コンスタントに増え続けております。すでに170体は超えました」

「俺たちだけで討伐できるかな?」

「200体でしたら私一人でもなんとかなりますが、これ以上増えると厄介ですね」


 冗談とも本気とも判断のつかないアリスの返事が返ってくる。


「スルスミの機銃は飛んでいる魔物に使おう」

「承知しております。あちらの開けた丘の上にスルスミを出してください。攻撃を開始します」


 亜空間からスルスミを取り出すと、アリスの正確無比な射撃が始まった。

GPSや偵察衛星と連動したスルスミの攻撃は無駄弾を浪費することなく、飛んでいる魔物を端から駆逐していく。

5分もかからずに50体以上の敵を撃破できたけど、問題はここからだ。

木々の密集する森の中では、スルスミの機動力は大幅に制限される。

奴らを引き付けるためには俺たちが近接戦闘を仕掛けるしかない。


「さて……行こうかな」


 腹を決めてホバーボードを取り出した。


「いざというときはバーサクモードにチェンジします。その場合は敵味方の判別がつかなくなるので、レオ様は撤退してください」


 俺はアリスを見つめる。

普段と変わらない表情に乏しい顔がそこにあった。

でも俺にはわかっている。

アリスは俺を逃すためにこんな嘘をついているだけだって。

本当はバーサクモードなんてないくせに。


「いやだよ」

「レオ様?」

「俺は知っているんだ。アリスはどんなときだって俺を傷つけたりしない、そうだろ?」

「レオ様……。その通りでございます。S型AIの私がレオ様を傷つけるのはプレイの一環としてだけでございます」


 小さな舌で唇を舐めるアリスの瞳が怪しく光っている。

それはありなの⁉︎

まあいいや。

アリスはこうして俺と行動を共にしてくれようとしている。

今はそのことだけに感謝しよう。


「群れの先頭に向けてミサイルを全弾発射」

「承知いたしました」


 6連ミサイルランチャーが大爆発を起こすと、砦に向かって走っていた魔物たちの足が止まった。


「今だ! 機を逃さずに突っ込むぞ!」

「サポートいたします。存分におやりくださいませ」


 俺たちは武器を構え、魔物の群れに突っ込んだ。



 何体の魔物をほふっただろう? 

7匹から先は数える余裕が無くなった。

囲まれないように気をつけながら、少しずつ群れを砦から引き離す。

このままカルバンシア城へとたどり着ければ俺たちの勝ちだ。


「レオ様! 突出し過ぎでございます!」


 アリスの叫び声で我に返った。

戦いに集中するあまり、視野が狭くなっていたようだ。

目の前の巨大オークが強すぎて、ついつい全体を見る目が失われていた。

オークの巨大な鉄棒を避けつつ、脚を斬り、跪いたところで首を切り落としたまではよかったが、時間をかけ過ぎて敵に囲まれる状態になってしまった。


 アリスと背中合わせで魔物に対応するけど、突破口が開けなければ俺の体力が続かない。

アリスだって魔力の補充が追い付かないだろう。


「アリス、何とか一点突破を図ろう。包囲の一番薄いところを教えてくれ」

「かしこまりました……って、その必要はなくなりましたよ」

「必要なくなったって……」


 疑問を口に出そうとした瞬間、八体の光る獣が俺たちの周囲にいる魔物に襲い掛かった。


「人工精霊!? クー・シーとケット・シーじゃないか!」

「正妻と側室のお出ましでございます」


 アリスの視線の先にスカイクーペが飛んでいた。

運転席にはララミーが助手席にはフィルが座っている。


「レオォ! 早くこちらに!」


 窓を開けてフィルが叫んでいる。

アリスが手にしたフレキシブルワンドを伸ばしてスカイクーペへと引っ掛けた。


「レオ様、お早く」


 俺もフレキシブルワンドに飛びつくと、すかさずララミーが高度を上げた。

魔法攻撃を仕掛けようとした魔物もいたけど、人工精霊八体が自爆して時間を稼いでくれた。


「今のうちに治療をしてしまいましょう」


 ワンドにぶら下がったまま、アリスがキズナオールSを取り出す。

実は伝説のスクール水着を下に着ているので、胴体や胸部に傷はない。

だけど腕や脚はかなり重症だった。


「スカイ・クーペに乗ってからでもいいんじゃない?」

「このままの方がいいですよ。ほら、魔物が私たちを追いかけてきます」


 スカイ・クーペは低空飛行なので、魔物たちは俺たちを目指して殺到してきている。

これならカルバンシア守備軍の陣形前にこいつらをおびき出すのは簡単そうだ。


「それに、ここなら私がレオ様を独占ですからね。上に行ったらフィリシア殿下が治療をするとおっしゃるに違いありません」


 見上げると、心配そうにこちらを見下ろすフィルと目が合った。


「俺は大丈夫だから、このままカルバンシア城塞へ移動するようにララミーに伝えて」


 声をかけるとフィルの顔が窓から引っ込んだ。


 ビリビリビリッ。


 突然、アリスが俺の服を破きだした。

戦闘であちらこちらが裂けていたけど、どうしてわざわざ破るんだ?


「何をしているんだよ!?」

「治療のためです。服を着ていては薬が塗れません」

「そうかもしれないけど、この格好はマズイって‼」


 今や俺は伝説のスクール水着だけを着た格好でスカイ・クーペにぶら下がっている。

とんだ変態プレーだぞ!?


「アリス、頼むから早く……」

「ハイハイ。ぬりぬりぬりぬり……」


 絶対に急いでないだろう?


「こんな格好を城の兵たちに見られたら……」

「スリルが快感になってきてはいませんか? ほら、未来の奥様方もご覧になっていますよ」


 えっ? 

上を見ると、フィルだけじゃなくてララミーまでもが赤い顔をしてガン見していた。


「見ないでよっ!」


 怒ったら、二人の顔が車の中に引っ込んだ……。


「ぬりぬりぬりぬり……」


 アリスはことさら丁寧に薬を傷口に塗り込んでいる。

絶対わざと時間をかけているな。

でも、おかげでズキズキと響く痛みがほとんどなくなってきた。

これで深い傷の治療は終わったな。

これ以上つき合っていられるか! 

亜空間から予備の服を出して、空中にぶら下がりながら着た。


「もう、まだ治療の途中でしたのに……」


 ブツブツと文句を言うアリスを情け容赦なく亜空間に放り込む。

うるさかったからじゃない。

亜空間ならボディーの自動修復ができるからだ。

無茶しやがって……。

よく見ると俺よりもアリスの方がよっぽど満身創痍だったのだ。

亜空間の扉を少しだけ開いて声をかけた。


「アリス、ありがとう。しばらくそこで休んでて」

「わかりました。レオ様の水着姿をおかずに、魔石を食べて待っています」


 どうして水着姿がおかずになるんだろう? 

S型AIの考え方はよくわからない。

わからないけどそれを追及している暇もない。

まだ、魔物の掃討は終わっていないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る