第114話 木を切る二人
カルバンシアでは北部侵攻作戦が動き出している。
国境防御壁の資材は各地から届いているし、魔物に対応するための軍備もどんどん拡充中だ。
特にバルカシオン将軍と俺で考案した可動式バリスタ部隊(馬車の荷台にバリスタが据え付けられた戦車)は50台にまで増強されている。
360度回転式のバリスタは狙いがつけやすく、攻撃力に加えて機動力にも優れた兵器だ。
一撃離脱攻撃や誘い込みの迎撃など、これで戦術にもさらなる幅がでるだろう。
また、魔導ライフルも10丁の増産にこぎつけた。
まだまだ生産は追い付いていないが、エルバ曹長をトップとするライフル部隊も確実に腕を上げてきている。
今年中に中隊規模(250人以上)にはしたいところだ。
陛下とも相談しているのだけど、バルモス島内に秘密のライフル工場を作ろうかという計画も出ている。
あそこなら機密だって漏洩しにくいと思うのだけど……。
測定器を設置して調べた結果、空気中の魔素濃度が他よりも高いホットスポットが見つかっている。
そこを目指してカルバンシアの壁を凸型に延長し、人工魔石を作る工場を建設するというのがこの計画最大の目的だ。
目的地までの距離はおよそ30キロ。
作戦期間は5ヵ年を予定している。
城壁の延長工事を開始する前に、前進拠点となる砦を魔物の森の中に構築することにした。
カルバンシア城から少し離れた場所に建設すれば、ここで魔物を迎撃できるし、その間に挟撃の用意だって整う。
北部侵攻作戦の大事な橋頭堡(きょうとうほ)となる場所だ。
本日は予定地となっている丘を視察する。
魔物がうようよしている場所だから、潜入するのは俺とアリスだけだ。
「レオ様、支度は整いましたか?」
「俺の方は万全だよ。アリスこそどうなの?」
「本日は気合が入っております。これをご覧くださいませ!」
アリスは手にしたバスケットを開けて見せてくれた。
なんだこれ?
中にはずっしりとサンドイッチや卵焼き、カットフルーツや飲み物を入れたポットなんかも詰め込んである。
「ピクニックに行くわけじゃないんだぞ」
「わかっております。でも、レオ様と二人だけの行動は久しぶりでございますから……」
アリスがほんのりと顔を赤らめた。
こんな表情を見ているとアリスがオートマタだということがますます信じられなくなってしまう。
「ま、まあ、お昼ご飯はしっかりと食べないとな……今日は力仕事もあるからね……」
普段と違う態度のアリスに、俺までドキドキしてこんな返答をしてしまった。
「そうでございますよ。ライトブレードと魔石の準備は大丈夫ですか?」
「ああ、問題ないよ」
せっかく予定地の丘に登るのだから、二人しててっぺん付近の木をできるだけ切り倒してしまうことにしたのだ。
砦を建てるにはどうせ必要な措置になる。
工兵をつぎ込むよりも俺とアリスでやってしまった方が被害は出にくいだろう。
「魔物が集まってきた場合はすぐに撤退でございますよ」
「わかっているさ。俺も無理をするつもりはないよ」
丘の上で囲まれてしまっては、逃げ場がないもんな。
撤退のタイミングを見誤らないように労働に勤しむつもりだ。
だけど、本当はあんまり心配もしていない。
「アリスが周囲を監視してくれているんだろう? だったら大丈夫さ」
「はい……で、ございます」
俺にはいつも主人を困らせる超有能なオートマタがついているのだ。
砦の予定地は国境線から2キロくらいの距離だった。
全力で走ったら5分足らずで到着してしまったぞ。
訓練のおかげで、また脚力が上がっている気がする。
身体強化魔法の使い方も上手くなっているからだろう。
少し急な丘陵地には針葉樹を主体とした木々が茂っていて、頂上付近でも景観はまったくない。
「作業を始める前に、この付近の魔物を排除してしまいましょう」
「わかった。タブレットに情報を送ってくれ」
「承知いたしました」
人工衛星を使って周囲の地図は作成済みだ。
地図上には赤く光る点が16個表示されていた。
「半径500m以内にいる魔物をトレースしています。
レオ様は南側斜面の掃討をおねがいします」
「わかった」
「それでは……モード・チェンジ」
アリスは静かに告げて上着のボタンに手をかける。
いつものあれですか。
今日はなんだろうとちょっとだけワクワクしている俺がいて、何だか負けた気がしてしまった。
アリスが迷彩服をすべて脱ぎ去ると、かなり微妙な装束が現れた。
肌にぴったりと張りつく素材で出来ていて、体のラインがくっきりと出てしまっている。
ハッキリ言って目のやり場に困る格好だった。
「な、なんだよその服は」
「モード・退魔忍者でございます。これで感度が大幅アップ♡ モンスターを瞬殺、レオ様を悩殺できる一石二鳥のコスチュームでございますよ」
動きやすそうな服ではあるけど、防御力は皆無じゃないのか?
「それでは行ってまいります」
アリスはご機嫌で小さなお尻をふりながら森の中へ消えていった。
さて、俺もモンスター討伐を開始しますか。
周囲の敵が一掃されたところで、俺とアリスは次々と木を切り倒していく。
物音で遠くの魔物が集まってくるかと心配したけど、今のところその兆候はない。
ここは砦が立つ場所なので少しでも伐採を進めておきたかった。
アリスは木を切る。
「ヘイヘイポー♪ ヘイヘイポー♪」
のんびりとした歌を歌いながらも、アリスが高速で斧をふるっている。
フレキシブルワンドで出来た斧は刃こぼれすることもなく、一撃で大木を切り倒していった。
負けずに木を切る。
「ヘイヘイポー♪ ヘイヘイポー♪」
アリスはさっきから同じフレーズを歌いながら木をなぎ倒している。
「なんなの、その歌? やけにクセになるメロディーだけど」
「ヤマト国に伝わる木こりの歌でございます」
どこの世界にも労働歌というものはあるらしい。
ラゴウ村にも種まきの歌とか麦を刈る歌があったよな。
二人で木を切る。
「ヘイヘイポー♪ ヘイヘイポー♪」
覚えやすいメロディーだったので俺も一緒に歌いながら木を切った。
1時間ほど汗を流すと、丘の頂上は禿げ頭のように木がなくなり、遠くまで見張らせるようになっていた。
切株に座って休んでいてもカルバンシアの城塞が見える。
「お疲れさまでした」
アリスがポットのコーヒーとサンドイッチを手渡してくれた。
昼食にはまだ早かったけど、いっぱい働いたからお腹が空いている。
スモークサーモンとクリームチーズのサンドイッチが美味しかった。
「春はもうそこまで来ていますよね」
「うん」
本格的な雪解けを前に、この砦を完成させなければならない。
「この調子なら明日は整地作業ができそうだ」
スルスミを亜空間に入れて持ってくれば作業もはかどるだろう。
「今週中に砦の構築を終わらせないとね」
壁、堀、通路の三つは可及的速やかに仕上げなければならない。
その上で防御策や罠の設置などやることも多い。
スルスミで整地をして、資材を運び入れたら、特戦隊を投入して一気に建設する予定だ。
「心配なさらなくても大丈夫でございます。私がおりますから。そんなことよりもう一つサンドイッチはいかがですか? それとも、わ・た・し?」
退魔忍者の格好のまま、アリスが小さなお尻を向けてきた。
「卵サンドをもらうよ」
「冷静にスルーとはレオ様も腕を上げましたね……」
本当はドキドキしてたけど、無心を装って卵サンドを頬張った。
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