第112話 飛ぶ皇帝

 陛下、アニタ、マインバッハ伯爵と共に飛竜の発着場へと人目を避けてやってきた。

竜舎までくると、一種独特なドラゴンの匂いがしてくる。

家畜とも肉食獣とも違う、不思議な匂いが立ち込めていた。


「ドラゴンは普段は何を食べているの?」


 元は竜騎士だったアニタに聞いてみる。


「アイツらは雑食だからいろいろと食べるぞ。一日につき牛を一頭、リンゴなどの果物が一箱、野菜も魚も山のように食べる」


 維持費だけで大変な金額になりそうだ。

意外なことだったけど、ドラゴンを見るアニタの眼差しは優しかった。


「こいつはパトロールから帰ってきたばかりだな」

「わかるの?」

「ああ、満足そうな顔をしているだろ? 思いっきり飛んで体を動かした後だからだ」


 そう言われてもドラゴンの表情は読みづらい。


「表情や胸のうろこの状態からわかる。ストレスがたまるとここのうろこが立つんだ」


 言われてみると、わらの中で横になっている飛竜はリラックスしているように見えなくもない。


「さすがは竜騎士だね。そういうところは尊敬するよ」

「私も少しストレスがたまり気味だ。あ~、思いっきり体を動かしたいなぁ……」


 物欲しげな目で見られても困る。

アニタとの稽古は、止めに入ることができるアリスなしでは考えられないのだから。


「結婚したら毎日しような!」

「俺の体がもたないよ」


 なんだか怪しげな会話になっているが、もちろん修業のことである。


「新婚旅行は北限の壁を越えて、人工魔石工場建設予定地に行こうか? 確実に二人っきりになれるし、スリリングな旅行になるぞ!」


 北の山岳地帯に人間なんているもんか!


「君も苦労をしているのだな」


 俺の肩にそっと手を置いたマインバッハ伯爵の瞳が優しかった。



 飛竜の発着場は宮殿の最上階に設けられていて、帝都ブリューゼルの町並みが端の方まで見渡せた。

吹きすさぶ風がビュービューと音をたてていて、肌を刺すように冷たい。

俺たちは風の届かない発着場の出入り口でスカイ・クーペを出すことにした。

陛下に献上するのだから、この場で新しいスカイ・クーペを召喚するつもりだ。


「豊穣と知恵の女神デミルバとの約定において命ず。異界のモノよ、我が元にその姿を現せ!」


 現れたスカイ・クーペに陛下は大はしゃぎだ。


「これが飛ぶというのか⁉ 飛竜が引くわけでなく? すごい代物ではないか!」


 今のうちに初期登録を済ませてしまおう。


「陛下、スカイ・クーペに扉を開くようにお命じください」

「ほう、おもしろそうだな。コホンッ! スカイ・クーペよ、扉を開け」


 重々しい声で陛下が命じるとスカイ・クーペの扉は音もなく持ち上がった。


「おお! 上に開く扉とは斬新じゃ!」


 アリスの世界ではガルウィングと呼ばれるドアだそうだ。

陛下ははしゃぎながら運転席へと乗り込もうとする。


「陛下、そちらは御者台のような場所になります」

「固いことを申すな。ここには我らしかおらん」


 普通、偉い人は後ろに乗るよね? 

いいのかな? 

マインバッハ様のお顔を見たら、既に諦めた顔をしていらした。

つまり、オッケーだってことか。

エンジンを起動してコンソールパネルがオンになると陛下の興奮度もマックスだ。


「素晴らしい! 素晴らしいぞ、レオ!」

「お気に召していただき恐悦至極」

「うむ。よし、飛んでみよう!」


 またもやマインバッハ様の顔を確認すると、今度は驚愕の表情で首を振っていた。


「なりません、なりませんぞ、陛下!」

「ええい、固いことを申すなマインちゃん」

「誰がマインちゃんじゃ……ゲフンゲフン。そうではなくてですな、カンパーニ卿の召喚物を疑うわけではございませんが、まずはロイヤルガードによる安全の検証をですな――」

「あっ、私は何度か乗ってますよ」


 マインバッハ様の言葉を遮って、アニタがぼそりと呟く。


「そうなのか?」

「ええ。運転はさせてもらえませんでしたが」


 アニタは無茶をするから全員で阻止したのだ。


「ならば問題ないではないか。レオが操り、そちとアニタがガードを固めればよい。ん? そうであろう?」


 陛下は飛ぶ気満々のようである。

こうなってはマインバッハ様でもなす術がないだろう。


「承知いたしました。その代わり竜騎士たちに車周りを護衛させます。準備が済むまでしばらくお待ちください」



 スカイ・クーペの車体が浮かび上がると、陛下は手を叩いて喜んだ。


「うわっはっはっはっはっ! これはいい。飛竜よりも快適ではないか。これは后やシリウスも乗せてやらんといかんな」


 意外にも家族思いの陛下なのだが、護衛をするロイヤルガードと竜騎士たちはさぞ気を使うことだろう。

今だって車体の前後左右を六人の竜騎士が守っているのだ。

とはいえ本当はそんな必要はない。

俺もアリスに連絡して、帝都の周辺は人工衛星で監視してもらっている。

怪しい飛行物体は半径100㎞以内には確認できていない。


「それでは、郊外まで行ってみるとしよう。レオ、東に進路をとれ!」


 ドライブの間、陛下は終始ご機嫌で、帰ってからもしばらくは興奮冷めやらぬ状態だった。

俺もとりあえずのご褒美として大量の魔石をいただいた。

これで当面はアリスの魔石に苦労することはなくなるだろう。

軍手工場も来週には稼働することになっているので、経済的困窮はこれで一息つけるはずだ。

軍手はパーティーで知り合いになった豪商たちに卸売りすることがすでに決まっている。

資金が貯まったらいよいよバルモス島の開拓に入るのだが、問題は山積みだ。

それに新たに領地となる南ルプラザのことも考えなくてはならない。

まだまだ忙しい日々は続きそうだ。


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