第110話 帝都に戻って

 その晩はレベッカが露営している草原に宿泊した。

もちろん同じ天幕では寝ていないぞ。

いくら婚約者とはいえ、作戦遂行中の将軍と同じところで寝るなんてありえない。

俺はちゃんと亜空間の中で寝たんだ。

あそこにはベッドや着替えが運び込んであるからね。



 早朝に天幕を訪ねると、レベッカの他にノエラ・リピット大尉をはじめとした、士官たちが6人そろっていた。


「おはよう、カンパーニ卿。そろそろ朝食の準備ができるわ」

「おはよう、メーダ卿。ミーティングには俺も参加させてもらうよ」


朝食を食べながら今後の予定を話し合うと聞いている。


「おはようございます!」


 士官たちが一斉に敬礼してくる。


「おはよう、みんな楽にしてくれ」


 前まではこういう態度で接せられることが苦手だったけど、近頃はだいぶ慣れてきた。

そう遠くない未来に、入り婿とはいえ皇族に名を連ねることになるのだ。

俺にだって皇族らしい振る舞いというのが求められる。

慣れないなんてことは言っていられない。

大きなテーブルに並んで全員が席についた。


「本日の予定でありますが、1時間後にこの地を出発し、正午までにはクラムイの街を通過したいと考えております」


 リピット大尉が衝立にかけられた大きな地図を指し示しながら説明していく。

休憩場所や水の補給地などについても意見が交わされていた。

一番の問題は兵站の補給場所になる。


「今日中に45キロは進みたいと考えております」


 重い装備を担いで長距離の行軍だから、兵士たちにはきつい一日になりそうだ。


「うむ、少しでも後れを取り戻したいところだが、それが限界だろうな……。カンパーニ卿、フィリシア殿下とバルカシオン将軍によくお詫びを言っておいてくれ。到着は数日ずれ込むかもしれない」


 部下の前だからレベッカはよそ行きの態度だ。


「こればかりは仕方がないでしょう。お二方には私からも事情を説明しておきましょう」

「そうしてもらえると助かります」


 言いながらレベッカはエミール茸のバターソテーをお皿の脇に避けた。

レベッカはこの料理が苦手なのだ。

キノコは健康にいいのだから、ちゃんと食べた方がいいのに。

でも、部下たちの前で注意するわけにもいかないよな。

将軍らしい厳(いか)めしい態度と、子どもっぽい行動のギャップが可笑しくて思わず笑いがこみ上げてしまった。



 部隊が出発する前に、俺も帝都へ向けて帰還することにした。


「レオ、気をつけてね」


 見送りに来てくれたレベッカの表情は朝食ミーティングのときとはうって変わって柔らかくなっている。


「うん、レベッカも」


 付き添いで来ていたリピット大尉と目が合うと、こちらの事情を察して視線を逸らしてくれた。

俺たちはその隙に短い、別れのキスを交わす。

スカイ・クーペの姿が見えなくなるまで、レベッカは手を振って見送ってくれた。



 帝都が近くなったころフィルから通信が入った。

スカイ・クーペの操縦はオートにしてあるから、俺も安心してモニターを見ていられる。


「そちらの様子はどう?」


 モニター越しのフィルは普段と変わりなさそうで、今日も笑顔がまぶしいくらいだった。


「もうすぐ帝都近郊に到着するよ。俺がいない間に変わったことはなかった?」


「こちらは大丈夫よ。アリスと警護チームの隊員がよくやってくれていますから」


 警護チームは特戦隊から特に選抜されたエリート隊員で構成されている。

俺直属の部隊であり、全員が拳銃、通信機、キズナオールSなどの装備を支給されているのが特徴だ。

当初は12人からスタートしたが、今ではその数を増やして22人となった。

警護対象がフィルということもあり、女性隊員は8名にまで増員されている。

若干の不安はあるのだが、指導教官としてアリスが直接訓練を担当していた。

俺の知らない間に様々なオリジナル装備も開発しているようである……。


「アリス、フィルのことを頼むよ」

「お任せください。レオ様はご懸念なく単身出張をお楽しみください」


 モニター越しに見えるアリスはどういうわけかメイドの格好をしている。

宮廷メイドたちとは違う衣装のようだけど、これもオリジナルなのだろう。

俺のオートマタは裁縫が得意だ。


「ところで、その服装はなんなの?」

「要人の警護と言えばメイドでございますので」

「いや、王族の警護は普通に考えたら騎士の役割だろう?」

「レオ様はわかっていらっしゃいませんね。それではロマンの欠片もないではございませんか。メイドが銃火器をぶっ放してこその警護でございますよ。早いところアタッシュケースに入る短機関銃を召喚してくださいませね! ぷんぷん」

 言ってることのすべてがよくわからない。

それに、騎士が要人を警護するというのはそれなりにロマンがあると思うよ。

俺だって皇女を守る騎士なんだから……。


「それで、バルモス島やレベッカはどうでした?」

「マシュンゴの方は順調だよ。ライフルの部品もきっちり納品してくれたんだ。しかも、仲間をバルモス島に集めてくれるんだって」

「それはよかったわね。バルモス島の発展が楽しみだわ」


 フィルは我がことのように喜んでくれている。


「ただ、レベッカの部隊が少しだけ遅れているんだ。到着予定は少しずれこむと思う」

「そうですか。新兵ばかりの部隊では仕方ありませんね」

「うん。帝都に戻ったら、報告を済ませて明日には戻るようにするよ」

「わかったわ。やっぱりスカイ・クーペがあると便利ですね。腕木通信では細かいやり取りや極秘事項は伝えられませんから」

「うん。これが召喚できて本当によかったよ」

「ただ……」


 ふいにフィルの表情が曇った。


「どうしたの?」

「いつまでもその事実を陛下に報告しないのは少々まずいかもしれないわ」


 確かにそれは言える。

この世界にはない超技術だけど、自分が優先的に使うために陛下に報告はしていない。

ちょっぴり隠れ気味に使っているのが現状だ。

だけど、カルバンシア方面軍の中では知らない者はいないし、情報が陛下のお耳に入るのも時間の問題だろう。

陛下のことだから謀反を疑うようなことはないと思うけど、きちんと報告は上げておいたほうがいいかもしれない。


「そうだね。宮殿に戻ったら、すぐに謁見を申し出てみるよ」

「そのほうがいいでしょう。でも、スカイ・クーペの取り扱いは微妙だから公式な謁見で報告するのはよしたほうがいいと思うの」

「じゃあ、どうする?」

「ブレッツ卿に面会を取り図らってもらうのがいいと思うわ」


 常に陛下のおそばにいるアニタならそれくらいは朝飯前だろう。


「じゃあ、アニタに頼んでみるか……。それと、スカイ・クーペを一台陛下に献上しようかと思うけど、どう?」

「それがいいかもしれないわ。でも、大丈夫なの?」

「うん。一日に二回召喚ができるようになったからね」

「わかったわ。そういう方向でいきましょう」


 帝都が見えてきたのでフィルとの通信を終了し、いつもの森の中で着陸した。



 宮殿に戻った俺はすぐにロイヤルガードたちがいる宮殿の奥の間へと向かった。

帝国のロイヤルガードは12人いる。

筆頭であるマインバッハ伯爵をはじめ、文武両道に優れた達人ばかりだ。

アニタのような問題児は例外である……。

重責を背負うがゆえに待遇もよい。

全員が宮殿内に大きな執務室と自室を持ち、専属従者とメイドを何人か抱えている。

実を言えばアニタの執務室を訪ねるのは初めてのことだ。


「失礼、ここはアニタ・ブレッツ卿の執務室でよろしかったでしょうか?」


 ドアの前に立つ従者らしき女性に声をかけた。


「これは、バルモス男爵カンパーニ様!」


 言うが早いがその人は部屋のドアを開けた。


「はっ? あの、取次をお願いしたいのですが……」

「カンパーニ男爵がいらしたら秒でお通ししろと厳命されております! さもないときついお仕置きが待っているのです。どうかお願いします、一刻も早くお通りください!」


 半泣きで懇願されてしまった。

まったくアニタは……。


「じゃ、じゃあ……」


 相手がアニタとはいえ、いきなり女性の部屋に入っていいのか? 

ためらいながら室内に足を踏み入れる。


「レ~オ~……」


 部屋の中では腰の剣に手をかけたアニタが待っていた。


「待て、抜くなよ!」

「こんなに嬉しいのに?」

「ステイ! 待てだからね!」


 目を逸らさずに手で制す。

気分はまるで猛獣使いだ。


「あはっ、レオが部屋に遊びに来た!」


 こちらの緊張などお構いなしに、アニタは一人ではしゃいでいた。

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