第109話 再びアレを召喚しました 後編

「さっさと水着を出す!」


 わけのわからないレベッカの気迫に押されて、亜空間から一つの袋を取り出した。

アリスに頼まれてしまっておいたものだが、水着はこの中に入っていたはずだ。

俺もまだ中身は確認していない。


「本当にここで着るの?」

「しつこいわね。着るって言ったら着るのよ!」


 やれやれ、言い出したら聞かないんだから。

でも、本当は俺も愉しみだったりする。

どんな水着かな?

レベッカのキャラクターカラーは赤だから、赤いチェックの可愛いのとかが似合いそうだけど。


 袋を開けてみると色とりどりの水着が数着入っていて、それぞれに名前の書かれたタグがついていてた。

これならどれが誰の水着かは一目瞭然だ。

このオリーブグリーンのビキニはイルマさんのか。

こっちの切れ込みが深いのはアニタの? 大胆だなぁ。


「私のはどれ?」


興味津々でレベッカが袋の中を覗いている。


「えーとね、レベッカ、レベッカと……」


 ひとつずつネームタグを確認していくと一番底でレベッカの名前を見つけた。


「あった!」


 俺は勢い良く水着を引っ張り上げて言葉を失う。

だって、その黒い水着は姫香ちゃんが着ていた物よりさらに小さく、露出面積がかなり広いものだったのだ。

こんなもの、おしりは半分見えてるし、胸もほとんど隠れるところがない。

それに、ちょっと動いただけでもズレてしまいそうなアブナイ水着である。

いったいアリスは何を考えているんだよ⁉

いや、S型第五世代は確信犯的にこれを作ったのだろう……。


(控えめな魅力を存分にお楽しみください……)


 どこが控えめだっ!  

控えめなのは布だけで、露出面積は大きすぎるわっ!


 いかん、幻聴にツッコミをいれるほど動揺している。


「な、なんなのよ、それは⁉︎」


 さすがのレベッカもたじろいでいるようだ。


「レベッカ、もうやめよう。レベッカがこんなものを着る必要なんてないよ」

「こ、こ、これくらいどうってことないわよ。着るわ。これを着てレオの反応を確かめるんだから!」


 レベッカは水着をひったくると衝立の後ろに行こうとした。


「もういいって!」

 俺はレベッカの腕を掴んで制止する。


「よくないっ! よくないんだもん!」


 こいつ、何をそんなに焦っているんだよ? 

俺は腕を離そうともがいているレベッカを抱きしめた。


「な、何を……」

「聞いてレベッカ。俺の心臓の音」

「えっ……」


 強張っていたレベッカの体から力がすっと抜けた。

そして、ためらいがちに耳が俺の胸へと押しつけられる。


「聞こえる?」

「うん……」

「すごくドキドキしているだろう? 恥ずかしいけど、レベッカがこの水着を着るかもしれないって考えただけでこうなっているんだ」


 レベッカはさらに強く耳を胸に押し付けてきた。


「レオの心臓……ドキドキいってる……」


 それはそうだ。

今こうしている間にもレベッカの髪からいい匂いがしてきて、それだけで胸が高鳴ってしまうから。


「それは、俺のフィアンセが魅力的だからなんだよ。もう、わかっただろう? わざわざそんな物を着る必要はないんだって」

「うん……」

「そういうのは、その……結婚してから見せてもらいたいというか……」

「っ‼︎」


 俺の服を掴んでいたレベッカの手に力がこもった。


「レオのエッチ……」

「なんだよ、さっきまでは自分で着て見せようとしてたくせに」

「それは……」

「本当に心臓が飛び出るかと思ったんだよ」


 ようやくレベッカの顔に落ち着いた笑顔が戻り、俺たちはゆっくりと体を離した。


「本当にバカみたいね。ちょっと情緒不安定になっていたのかしら?」

「いきなりの将軍位だったし、精神的に追い詰められていた?」

「それはあるわね。レオの人工魔石計画に協力できるのが嬉しかったけど、部隊の方は空回りしていたから……」


 健気なレベッカに胸が熱くなってしまう。


「ありがとう、レベッカ。君のような人を妻に迎えられるなんて、俺は果報者(かほうもの)だよ」

「そ、そんなこと」

「これからもよろしくね」

「うん」

「はあ……緊張してのどが渇いたよ」

「私も。待ってて、いま紅茶を淹れるから」


 嫌な汗をいっぱいかいてしまった俺たちは紅茶を飲むことにした。

立ち上る紅茶の香りが天幕の中に平穏をもたらしていく。

少し濃いめのミルクティーに砂糖を多めに入れて飲むと、肩にたまっていた力が抜け落ちるような気がした。


「そういえばレオ、召喚魔法のレベルが上がって1日に2回召喚できるようになったんじゃなかった?」


 くつろいだ表情でレベッカがたずねてくる。


「うん。おかげで有効なアイテムが増えて助かってるよ」


 キズナオールS、拳銃や通信機など特戦隊の装備など、欲しかった物が充実してきている。


「今日はどうするつもり? 新しいアイテムにする? それとも必要な物を再召喚するの?」


 今のところ備品は足りている。

だったらまだ見ぬアイテムに夢をかけたいという思いは強い。

ときにはツマヨウジとかホウキとか、こちらの世界にもあるハズレクジをひくこともあるんだけど、スルスミやスカイクーペなどの大当たりを引く確率だって高い。


「やっぱり、新アイテムを召喚したいな」

「そっか、じゃあ始める?」


 またここで召喚するの? 

本音を言えば、今夜はレベッカの前では召喚したくない。

ついさっきひどい目にあったばかりだ。

だけど、この場で召喚を拒否して、何かやましいところがあると思われるのも嫌だ。


「そうだね、じゃあ、日付が変わる前にやってしまおうかな」


 ためらう気持ちはあったけど、その場のノリで二回目の召喚魔法を使うことにした。


「豊穣と知恵の女神デミルバとの約定において命ず。異界のモノよ、我が元にその姿を現せ!」


####


名称: 「ヤマト中が待望した あのグラビアアイドルがエッチなビデオでデビューしちゃいました」 主演:宮内ひめ

説明: トップグラビアクイーン宮〇姫〇のデビュー作!


####


「……」

「……」


 魔法陣の光が収まった時、俺たちはどちらも動けないでいた。

新たに召喚されたDVDは身動きの取れない俺たちの間でゆっくりとクルクル回っている。

まったく、なんて日だっ‼ 

まさか、またもやDVDを召喚してしまうとは。

しかも、こんどのDVDは今までのものとは毛色が違う。

パッケージの写真に写っているのは間違いなく宮園姫香ちゃんなんだけど、裏面には口にできないような猥褻な画像が何枚も張り付けてあった。


「くっ!」


 反応したのは同時だった。

俺とレベッカの手がDVDを求めて競い合うように伸びる。

だけど、身体能力で分のある俺が先にDVDを確保することができた。

掴んだDVDを背中の後ろに隠す。

こんなものをレベッカの目に触れさせるわけにはいかない。


「レオ……見せて……」

「ダメだ!」

 見せられるわけないじゃないか!

ヤバい、にじり寄るレベッカのこめかみがプルプルと震えているぞ。

俺はじりじりと後ずさりしながら背後のストーブを確認した。


「それをこっちによこしなさい!」

「来るなぁ!」


 飛びかかるレベッカを避けストーブの蓋を開ける。

こんなものは消し炭となって消えてしまえ!(血の涙)


「あっ……」


 薪の間にくべられたDVDはすぐに引火し、青白い炎をあげて燃え上がる。

一瞬だけ裸の姫香ちゃんの姿が見えたが、すぐに黒くなって消えた。


「レオ……」

「こんなことは初めてなんだ! 信じてくれ、あんなの今まで召喚したことないんだよ……」


 言い訳じみていたけどこれは事実だ。

それだけに見てみたかったけど……。(再び血の涙)


「レオ、約束してくれない?」

「え?」

「あれだけは再召喚しないでほしいの」


 レベッカの目は真剣だ。

俺のことをこんなに思ってくれている女の子に、こうしてお願いされているんだ。

これは断れない……。(血の大号泣)

「わかったよ」

「……誓ってくれる?」


 レベッカはじっと俺の目を見据えたまま、答えを待っている。

エバンス、ポンセ、オマリー、……ごめん。


「誓うよ。あれは二度と召喚しない」


 今夜、二回目に召喚したものについては永遠に口を閉ざすとしよう。

初めてエバンスたちに対して秘密ができてしまったな。

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