第108話 再びアレを召喚しました 前編

 レベッカの天幕で俺たちは食事の準備を始めた。


「給仕のための従者を呼ぼうか?」

「いい。私がテーブルをセットするから」


 大丈夫かな? 

子爵家のお嬢様がテーブルセッティングなんてしたことはないだろうに。


 慣れない手つきながら、持ち前の几帳面さでレベッカは丁寧にテーブルクロスを敷き、ナイフやフォークを並べていく。


「レオ、ナプキンを取って」

「はい、どうぞ」


 食事に必要な物はすべてインベントリバッグに入っている。


「二人で食事の用意なんて庶民の夫婦みたいね……」


 顔を真っ赤にしながらレベッカが呟いた。

庶民は真っ白なテーブルクロスを使用することはないし、ましてや銀製のカトラリー(スプーンやフォークなどの総称)なんて使わないんだけどね。

でも、気分良く用意をしてくれているレベッカのために黙っておこう。


「奥様はセッティングが上手だね」

「っ‼」


ガッシャーン!


 レベッカが持っていたフォークを床に落としてしまったぞ。


「レオ! 邪魔したらダメじゃないっ!」


 いや、褒めただけだろ?


「ごめん、はい、新しいフォーク」

「もう……いきなり奥様なんて言うから……」


 口調は怒っているんだけど、顔がにやけてる。


「これでセッティングはオッケーね。次は食事だけど、前菜は何にする?」

「俺は鶏のガランティーヌ(詰め物をした冷製)にしようかな」

「じゃあ私も……」


 二人きりで向かい合って座ると、なんとなく気恥ずかしさがこみ上げてしまった。

レベッカの言葉が引っ掛かって、本当に夫婦で食事をしている気になってしまう。


「少しだけワインを飲もうか?」

「うん」


俺もレベッカも終始ソワソワと落ち着かない態度の食事になってしまったよ。

でも、やっぱりシェフアントニオの料理は絶品だったし、二人でいて楽しかった。


 食器などをインベントリバッグに入れて片づけをしているときに、俺はだいじなことを思い出した。


「そういえば、今日の召喚がまだだった」


 早朝から出発して、バルモス島に寄ったりしていたので、この時間になってしまったのだ。


「あら、それは大変ね。だったらここで召喚すれば?」


 人前で召喚をすることはあまりないんだけど、レベッカには見せたことがあったな。


「そういえば、バルモス島で召喚魔法を見せたね」

「うん、あのときに飲んだキャラメルマキアートは美味しかったな」

「そうそう、二人で分けて飲んだんだよね」


 あっ、そういえばあれも間接キス……。

レベッカも同じことを思い出したの顔を赤らめながら眉間に小じわを寄せている。

そして、照れ隠しなのか急にブンブンと拳を振り回しながらしゃべりだした。


「いいから、さっさと召喚をしなさい!」


 なんだよ、その動きは?


「じゃ、じゃあここで召喚するね」


 レベッカの勢いに押される形で、俺は呪文を呟いた。


「豊穣と知恵の女神デミルバとの約定において命ず。異界のモノよ、我が元にその姿を現せ」


 いつものように魔法陣が収縮し、まばゆい光を放ちながら召喚物が姿を現した。


####


名称: 「姫香 ザ・ファイナル」 主演:宮園姫香

種類: イメージDVD

説明: 宮園姫香、最後のイメージDVD。これでお別れだからすべてをお見せします……。姫香のこと忘れないでね。 (収録時間124分)


####


 ま、まさか、このタイミングで4枚目のDVDを召喚してしまうとは……。

パッケージでは小さなビキニを着た姫香ちゃんがまぶしい笑顔を見せている。


「レオ……なんなのこれ?」

「いや、これは……」

「その破廉恥な格好をした女はなに⁉」


 怒りのためかレベッカの体が小刻みに震えていた。

やってしまったか……痛恨の一撃をくらった気分だ。


「説明しなさい。これはどういうものなの?」


 またまた、レベッカの勢いに押される形で俺はDVDについて詳しく説明してしまった。


「つまり、その円盤で動画が再生できるってことね」


 普段からタブレットやカムコーダーなどの召喚物に触れているレベッカはすぐにDVDの概要を理解することができた。

既にDVDは取り上げられ、俺の説明を聞くレベッカが強く握りしめている。

裏面にある姫香ちゃんの写真を凝視していたレベッカがとんでもないことを言い出した。


「見せなさい……」

「はっ?」


 レベッカは何を言ってるんだ?


「だから、このイメージDVDとやらを見せなさいって言ってるの‼」


 でも、パッケージには姫香ちゃんがすべてをさらけ出していると書いてある。

そんな危険なブツをレベッカに見せたら……何が起こるかわからない。


「レオが見せてくれるまで、これは返さないんだからねっ!」


 なんだか無茶なことを言い出したぞ。

エバンス、ポンセ、オマリーが首を海竜のように長くして待っていた待望の品だから、取り上げられるのは非常に困る。

同じものを再召喚できるはずだけど、そのためだけに召喚を一回使うのもバカバカしい気がする。

どうせならキズナオールSなどの有用なアイテムを召喚したいもんね。

まあ、いざとなれば再召喚するんだけどさ。

だって、俺もずっと見たかった物なわけでして……。


「わかったよ。でもDVDを見ても怒って暴れないでね」

「そんなことしないわよっ!」


 否定しながらも、レベッカはブンブンとDVDを振り回している。


(暴れん坊の将軍様でございますね)


なぜかアリスの幻聴が聞こえた……。


 ポータブルプレーヤーはラゴウ村に置いてきたけど、先日召喚したノートパソコンというもので再生は可能だ。

このノートパソコンというのはアリスに言わせればかなりの骨董品らしい。

俺にしてみればとんでもない技術の結晶なのにね。


 パソコンの側面にDVDがスライドされると、自動で動画再生アプリケーションが立ち上がった。

再生された動画を見て俺はホッとため息をつく。

出てきたのはワインレッドのシックなドレスを着た姫香ちゃんで、白い館の階段のところに立ってこちらを見つめている。

ここまでは何の変哲もない女の子を追いかけるだけの映像だ。

でも、これまで3枚ものDVDを見てきた俺にはわかる。

イメージビデオというものは、ここからどんどん過激になっていくのだ。

はぁ……、エバンスたちと見たDVDはあんなに楽しかったのに、レベッカと見るとどうしてこんなにも、いたたまれない気持ちになってしまうのだろう。


「レベッカ、もういいでしょ?」

「ダメ。始まったばかりじゃない。全部見るまでダメだからね」


 地獄だ。

124分もこの状態が続くのか。


 画面の中の姫香ちゃんはこちらを振り返りながら、妖艶な笑みを浮かべて階段を上がっていく。

そして、陽光の差し込む部屋に入っていった。

大きなベッドが置いてあるから寝室なのだろう。

姫香ちゃんはこちらに背中を向けながら首の後ろのボタンに指をかけた。

まさか……。


 ワンピースがするりと床に落ち、レースをふんだんにあしらった下着を身につけた迫力の肢体が飛び出してきた。

舐めるようなカメラワークが今は恨めしい。

画面の中の姫香ちゃんよりも、横でモニターを見つめるレベッカの反応が気になってしまう。


「……」


 姫香ちゃんが下着姿になったというのに、レベッカは無言のままで食い入るように画面を見つめるだけだ。

その静けさがかえって不気味だった。


「レベッカ」

「……」


 返事は返ってこない。


「誤解のないように言っておきたいんだけど、初めての召喚物は俺の意図とは関係なく召喚されるんだ。俺だって何が召喚されるかわからないわけで……」

「……」

「つまり、このDVDも俺が欲しくて召喚したんじゃなくてね……」

「わかってるから、少し静かにして。今、見ているんだから……」


 レベッカは異様なほど冷静な声で言葉を返した。

こうなってしまってはどうしようもない。

俺も後は無言でレベッカの横に座っていた。

DVDの内容? 

痛いほどに過激だったよ!


 こうして地獄の124分が過ぎた。

エンドロールが流れ、再生が終わったときには大きなため息をついてしまった。


「もう、いいだろう?」

「うん……」


 俺はPCの電源を落として、そのまま亜空間に放り込む。

DVDは入れっぱなしにして、さりげなく安全は確保したけど、レベッカは気がついているのかな?


「レオ……」

「ん?」


 しまった、DVDのことを感づかれたか?


「レオはやっぱり、ああいう大きな胸が好きなの?」


 突然なんなんだよ⁉ 

予想外の質問に頭の中が真っ白になって、バカみたいな答えが口をついてしまった。


「いや、大きいのも好きだけど、小さいのだって魅力を感じるよ。その……、バルモス島で見せてくれただろう? あのときから……」


 レベッカとアリスと三人でお風呂に入った記憶は今でも鮮烈に頭の中に残っている。


「じゃあ、私があんな水着を着ても興奮するの?」


 レベッカの口調はあくまでも静かだ。

怒っているという感じでもない。

ただ……どことなく不安そうな表情に見えるのは気のせいか?


「どうしたんだよ、レベッカ? なんか変だよ」

「聞いてるの。私でも興奮する?」

「う、うん」


 レベッカはまたしばらく黙り込んでしまったけど、俯きながら口を開いた。


「心配なの。だって、そうでしょう? 殿下もララミーもイルマもマルタ隊長も、レオの周りにいるのは胸が大きくてスタイルのいい人ばっかりなんだもん。あのアニタだって……」


 そんなことを気にしていたのか。


「レベッカ……俺はレベッカが大好きなんだよ」

「そうじゃないの!」


 ええっ⁉

ちがうの⁉


「そうじゃなくて、私はレオが私の体で興奮するかを心配しているの! ねえ、レオ、私で興奮する? 答えて!」


 このド直球を打ち返さなきゃならないのか……。


「す、するよ」

「本当に?」

「本当に」

「だったら証明して」


 証明? 

どうやって?

まさか、これから⁉


「そんなことを言われてもさ……」


 俺が困っているとレベッカは予想だにしなかったことを提案してきた。


「アリスが作った水着があったでしょう?」


 ああ、バルモス島にビーチを作ったらみんなに着せるって、張り切ってお裁縫をしていたやつか。


「あるけど、それがどうしたの?」

「出して」

「どうして?」

「着るからよ」

「誰が?」

「私が」

「夏になったら?」

「違うわ。今、ここで着るから出してって言ってるの!」


 時刻は夜の八時をまわり、辺りはひっそりしてきた。

それなのに、この天幕の中だけやけに暑い。

あまりにも常軌を逸した展開に、俺の頭ものぼせたように困惑するばかりだった。

(後編へ続く)

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