第107話 ツンデレさん
真っ赤に染まる夕焼け雲の中を、スカイクーペは時速398キロで飛んでいく。
ナビゲーションシステムによればレベッカが駐屯している目的地まではあと3分で到着だそうだ。
再会の喜びが次第に胸の内で高まっている。
彼女を見送ってからまだ一週間くらいしか経ってないのに、会うのは随分久しぶりのような気がする。
改めて考えてみると、レベッカに会えることがすごく嬉しい自分に気づかされる。
レベッカは自分にとってかけがえのない存在になっているようだ。
最近は少しイライラしているみたいだけど、元気でやっているかな?
ストレスが溜まっているようなら話を聞いてあげて、一緒に戦闘訓練をするのもいいかもしれない。
レベッカは思いっきり体を動かすのが好きだからね。
疲れたら二人でスポーツドリンクを飲んで体力を回復すれば問題ない。
「あっ……」
真夏の城壁で一本のスポーツドリンクを二人で分け合ったことを思い出してしまった。
アリスに言わせると、あれは間接キスと言うらしい。
呼吸法で精神を落ち着けながら着陸態勢へと移行した。
少し離れた場所に着陸して、後はのんびりと歩いて駐屯地へ向かうことにした。
兵士たちは広い平原に天幕を張って露営をしている。
夕日に照らされた枯草が赤く色づく中をプラプラと散歩をしながらレベッカの天幕を探した。
「お待ちください。どちら様でしょうか?」
哨戒中の一隊が話しかけてきた。
プリンセスガードの制服を着ているために丁寧な言葉遣いだけど、疑わし気な瞳が俺を見つめていた。
「私はバルモス男爵、レオ・カンパーニです。メーダ将軍にお取次ぎ願いたい」
「バルモス男爵?」
一般兵士が俺のことを知らないのは仕方がないことだけど、この分だと取次ぎに時間がかかってしまいそうだ。
「カンパーニ様?」
ふいに背後から話しかけられて振り向くと、そこにはきりりとした顔つきの女性士官が立っていた。
「あ、君はレベッカの副官の……」
「ノエラ・リピットであります」
リピット大尉とは一度だけ挨拶を交わしたことがある。
今回の遠征からレベッカの副官に抜擢された24歳の若き逸材と聞いていた。
戦略・戦術面においてやや攻撃に主体をおくレベッカに対し、防御に定評のある参謀らしい。
レベッカも自分の短所を補うためにあえて彼女を引き抜いたという話をしていた。
「お久しぶりですリビット大尉。レベッカに会いたいのですが大丈夫ですか」
「もちろんです。男爵がおいでになったと知れば将軍もお喜びになります。お前たち、もう行っていいぞ。男爵は私が案内する」
リビット大尉が手を振ると、小隊は頭を下げながら去っていった。
その姿にまだ軍人らしさが板についていない印象を受ける。
「順調というわけにはいってないようですね」
「お恥ずかしいことですが、行軍速度が遅れております」
「レベッカはイライラしているのではないですか?」
小さなほっぺを膨らませている彼女を想像して笑いがこみ上げてしまった。
「苛立ちを兵たちの前で表に出す方ではありません。ただ、やはり焦りはあるようです。男爵にはいい時に来ていただきました」
新しい副官は上官思いの人のようで安心だ。
この人ならレベッカのいい参謀役になってくれそうだ。
ひときわ大きな天幕が露営地の中央に配置されていて、これがレベッカのいるところだった。
「将軍」
「どうした?」
いかにも作ったような厳(いか)めしい返事が中から聞こえてきた。
「お客様です。レオ・カンパーニ様がいらっしゃいました」
「にゃんだとっ!」
将軍が猫になった!?
勢いよく天幕の扉が捲られると、中からレベッカが顔を出した。
「久しぶり。様子を見に立ち寄ったよ」
「レオ……」
レベッカは嬉しそうに笑顔になったけど、すぐにリビット大尉の視線に気がついて厳めしい将軍の態度に戻った。
「ご苦労だった、ノエラ。私はカンパーニ殿と話があるから下がっていてくれ。会話には機密事項も含まれるから、この天幕には人を近づけないように」
いや、機密事項なんて一個もないですけど……。
「承知しました」
リビット大尉は表情一つ変えずにその場から去った。
「レオ、遠いところをありがとう。中に入ってくつろいで」
リビット大尉が去ると、レベッカは手を引いて天幕の中に招き入れてくれた。
これがアリスの言っていたツンデレか……。
とってもわかりやすくてこちらまで赤面してしまうぞ。
「何か飲む? ここには紅茶くらいしかないけど」
レベッカは落ち着かない様子でストーブの上のヤカンをいじっている。
「大丈夫だよ。俺のことよりレベッカのことが心配だったんだ」
「私のこと?」
「新設の大隊だから、苦労が多いんじゃないかなって」
「ぜんぜん心配ないわよ。少しだけ旅程は遅れているけど充分取り返せると思うわ」
こういう時にレベッカは素直じゃない。
「レベッカ、作戦発動はまだ先だよ。3、4日到着が遅れたところで問題はないだろ? まあ、レベッカのことだからいろいろ考えているってわかっているけどね」
部隊の責任者はレベッカだからとやかく指図する気はない。
なんだかんだ言って、彼女は俺よりも優秀だ。
「ふぅ……」
大きなため息をつきながらレベッカは俺の横に座った。
「ここのところ少しイライラしているの」
左翼府の責任者が新兵ばかりを受け持つ将軍になったのだ。
上手くいかなくたって仕方がない。
「うん。思い通りにならないときは仕方がないよね」
レベッカは少しだけ俺のことを見つめた後、小さな頭を俺の肩にのせてきた。
こんな風に素直に甘える彼女は珍しい。
「ご飯は食べてる?」
「あんまり」
「今夜は一緒に食べようね」
「うん……」
「フィルに借りたインベントリバッグに色々入れてきたんだ。レベッカの大好きなチョココロネもあるよ」
「……」
レベッカは何も言わずにグリグリと頭を擦りつけてくる。
まるで猫みたいだ。
だからつい俺もレベッカの頭をナデナデしてしまった。
「うふふ……」
「どうしたの?」
「……せ」
「え? なんて言った?」
小さくて聞こえないよ。
「……幸せって言ったのよ! なんか悪い!?」
悪くなんてない。
プンプンとケンカ腰のレベッカを優しく引き寄せた。
「俺もレベッカと会えて幸せだよ」
「っ!!!!」
猫のようにスリスリしていたレベッカが、今度は腕にもたれてクターってなってる!?
「レベッカ、大丈夫なの?」
「な、なんでもないわよ。いいからしばらくこの体勢のままでいなさい!」
よくわからないけど、レベッカの好きにさせておいた方がよさそうだ。
「レオ……?」
「なに?」
「今日のこれからの予定は?」
カルバンシアには明日中に戻ればいいから、特には決めていないんだよね。
「そうだなぁ……、レベッカと夕飯を食べて、今後のことをいろいろ話し合って」
「今後のこと?」
「ほら国境侵攻作戦のこととか」
「そっちか……」
目を輝かせていたレベッカが途端に落胆した。
きっと俺たちの将来のことを考えていたのだろう。
「レベッカ……」
レベッカの手には婚約指輪として贈ったソロモンの指輪が輝いている。
俺はその白い手をそっと握りしめた。
「俺たちのことだっていろいろ考えているよ。そのためにも今は侵攻作戦を成功させないとね」
レベッカの手が少しだけ硬く握りしめられた気がした。
「うん、そうね。私、いろいろと焦りすぎていたのかも」
「大丈夫、レベッカはいつだって優秀だもん」
「と、当然よね。どこぞのロイヤルガードと一緒にしてほしくないわ」
アニタとレベッカはやたらと張り合うんだよな。
それでいてどこかでお互いを認めている気もするけど。
「じゃあ、食事にしようかしら。インベントリバッグの中身を見せてよ」
ようやく、いつもの溌溂(はつらつ)としたレベッカが戻ってきた。
「積もる話もあるんだから今夜は泊っていきなさい」
「わかったよ」
「あっ! 変な意味じゃないからねっ! そ、そ、そういうのは結婚したあとだから……」
消え入りそうな声で俯くレベッカの手を取って、インベントリバッグを開いた。
「わかってる。今は焦らずに、ゆっくりとね」
「うん……」
目の前にシェフアントニオの自信作を並べながら、俺たちはつかの間の平穏を楽しんでいた。
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