第105話 戦いが終わって

 群がる魔物を左右に切り伏せながら損傷の激しい部隊の救援に向かった。

以前よりもさらに体が軽く、四肢の隅々まで自分の意識の制御下にあることを実感できる。

アリスやアニタとの訓練の積み重ねのおかげで、俺の戦闘力はもう一段上のステージへ行けたようだ。

 このような乱戦時にはフレキシブルワンドやライトブレードは便利だ。

この二つの武器はいくら酷使しても刃こぼれを起こすことがない。

ライトブレードは魔石を消耗してしまうけど、敵を倒せば新たな魔石は転がりでるし、流体多結晶金属でできているフレキシブルワンドは自らの傷をすぐに修復して、常に最高の切れ味を保つことができる。

アリスでさえフレキシブルワンドの構造はよくわからないそうだ。

石山播磨灘重工のデータベースにもそのような金属や研究成果は見当たらないという。

まったく不思議な武器だった。

 5番隊の兵士たちを巨大な棍棒で薙ぎ払っていた怪物がいた。

背丈が3メートルもある人型で頭は短角を持つ牛だった。

奴の一払いごとに応戦していた兵士たちが防具ごと吹き飛ばされている。

指揮官はこいつにやられたらしく命令系統がずたずたになっているのだ。

今は各小隊がそれぞれの判断でバラバラに応戦している状態だった。

まずはあの牛を何とかしないとならないな。

身体強化魔法を使った最速の踏み込みを使い、後ろから首を切り落とした。


「重傷者を中心に円陣を組め!」


 近くにいた衛生兵にキズナオールSを投げ渡す。


「使い惜しみをするなよ。傷が癒えた者から戦線に復帰させよ。後続の騎馬隊が到着するまで持ちこたえるぞ!」

「おう‼」


 俺が来たことで悲壮感のみが漂っていた兵士たちの顔に生気が戻った。

とにかく今は耐えなければならない。

ライトブレードをふるいながら通信機を使用した。


「アリス、聞こえるか?」

「(はい、ご命令をどうぞ)」

「西側の魔物の数が多い。殿下にも協力してもらって石ころを打ち込んでくれ。こちらに被害が出ないように頼むぞ」

「(承知しました)」


 すぐにダブルキャノンが飛来して後方の魔物が吹き飛んだ。

投石器ではここまでの精度は出せないのでありがたい。

近づきすぎると爆散物がとんでくるのでダブルキャノンも危ないんだけどね。

やがてキズナオールSによって治療された兵士たちが加わると俺たちは徐々に魔物たちを押し返し始めた。重傷を負っていた部隊の指揮官も戦列に再度加わっている。


「これではどちらが化け物かわかりませんな」

「本当にね。まるで俺たちがゾンビだよ」

「さしずめカンパーニ様は化け物の親玉といったところですか」


 いつしか、こんな冗談が言い合えるほどの余裕も出てきていた。



 半日にわたる防衛戦は人間側の大勝利に終わった。

今は負傷者の手当てをしたり、死者の埋葬をしたり、魔石の回収をしたりで忙しい。

魔物の死骸は魔石を回収しながらスルスミで掘った穴に放り込んでいく。

季節はどんどん暖かくなっていくので、こうでもしないと腐敗して疫病の原因になってしまうのだ。

かつては城壁の向こう側で焼いていたそうだが、この方法だと大量の薪が必要となり、馬鹿にならない費用がかかってしまうそうだ。


「レオ、よくやってくれました」


 フィルが濡れたタオルを手ずから渡してくれた。

ライトブレードは対象を溶断するので返り血は浴びてはいないけど、全身が土埃にまみれている。

冷えたタオルで顔をぬぐうと気分もさっぱりとした。


「死傷者はどうなっていますか?」

「32名が犠牲となりました……」


 戦闘の規模を考えれば死者の数は少ない。

即死以外の負傷者は全員助けられたからだ。

だけどそれは数字の上だけの話だ。

横たわる遺体を前にすれば数字の多寡は意味をなさなかった。


「もう少し……、もう少しだけ待ってください」

「レオ?」

「いつか、犠牲者の出ない防衛システムを構築します。これ以上、父や母のいない子どもを増やしたくはありません」


 魔導科学が万能だとは思わない。

それでも今の俺には、科学に縋るしか道が見えていなかった。


 その晩、俺の部屋に忍んできたのはフィルの方だった。

俺たちは何も言わずに抱き合う。

そして空虚になっていく心を埋めるように互いを求めた。

心の痛みを快楽で忘れることなんてしていいのかな? 

罪悪感を抱きながらも俺はフィルの胸に顔を埋める。

32名の死者の顔が脳裏をかすめた。

それでも、俺たちはお互いの髪をかき抱きながら長い口づけを交わす。

二人の心臓の音までが完璧なユニゾンを奏で、律動に合わせて意識がシンクロした。

快楽と混濁、そして僅かな痛みを伴いながら、俺たちは一つになっていった。


   ♢


 居間でフィルと朝の挨拶をかわしているとアリスがお盆を持ってやってきた。

フィルはみんなが起きだす前に寝室の方へ送っておいたから大丈夫だ。


「おはようございます。お飲み物をお持ちいたしました」


 カップの中に湯気を立てながら黒っぽい飲料が注がれていた。

甘い芳香が部屋の中に溢れている。


「ありがとう。それは何?」

「ココアでございます。カカオと糖分が朝まで頑張ったお二人を優しく癒してくれるでしょう」


 フィルが真っ赤になってワタワタと手を振っている。

アリス……。


「きょうもS型が炸裂しているね」

「いえいえ、お仲間に入れていただけないオートマタの、ささやかな嫉妬でございますよ」


 気を取り直してココアを飲む。


「美味しい……」


 フィルもびっくりしたように顔をほころばせていた。


「これって、1カ月前くらいに召喚したココアパウダーだよね? ちょびっとなめてみたけど、すごく苦かったはずだよ」

「あれを砂糖と一緒にミルクに溶かしたのでございます。気に入っていただけたようですね」

「うん。すごく気に入ったよ! これなら毎朝飲みたいくらいだ」

「それはどうでしょう……。レオ様、ココア効果でとっても元気になっていらっしゃいますよ。あんなにしたのに……」


 異世界のココア……。

陛下が知ったらきっと欲しがるな……。


####

名称 ココアパウダー

説明 カカオ豆からココアバターを絞った残り。飲料やお菓子の材料として使われる。

使用効果は、体力上昇(小)、筋力上昇(微)、精力上昇(小)

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