第104話 一騎当千

 ベルギア帝国には腕木通信うでぎつうしんという通信網が張り巡らされている。

これは視覚にたよった通信で、大型の手旗信号機といって差し支えのないものだ。

塔のてっぺんに設置された腕木と呼ばれる三本のポールをロープで操り、別の基地局からこの動きを望遠鏡で確認することによって情報の伝達を可能にしている。

原始的な通信方法ではあるが伝達スピードは分速80キロメートルを超えるので、実用に耐え大いに用いられている。

そんな腕木通信が北の辺境カルバンシアへ向けて一つのメッセージを送っていた。


『魔物襲来の予兆あり レオ』


 通信システムの性格上、長文を送ることはできず、どうしても短文となってしまう。

カルバンシア駐在の通信兵は顔色を変えた。


「すぐにバルカシオン将軍に報告するんだ。カンパーニ様からの警告だ」


 偵察衛星の情報からカルバンシア城の北側で魔物たちが集結しつつあることを知ったレオが送ってきた通信文だった。


新たな通信が来るはずだと通信兵は一つ手前の塔を睨む。

はるか向こうの塔の上で魔導カンテラが点滅した。

新しい通信を送る合図だ。

こちらからも合図を送り腕木の動きをみるために望遠鏡を覗き込む。


『敵数 600以上』


 かなりの数だ。

これで確定なのかまだ増えるのかはわからない。

通信は続くはずだった。

廊下の方で物音がして将軍たちが通信室に入ってきた。


「新たな情報は?」

「敵数 600以上、であります」


 質問するバルカシオン将軍の方は見ず、通信兵は前方の通信塔を睨んだまま受け答えた。

通信兵が職務にある時は皇帝陛下の御前であってもこれが許される。

帝国法にも明記されているくらいなのだ。


「600か……。城塞部隊で対処できる数ではあるが、600以上という言い方が気になるな。数は流動的で増えつつあるということだろう」


 将軍は投石器の準備と各方面の部隊集結を急がせた。

こちらが大兵力であればあるだけ損害は小さくて済むのだ。

魔物がかたまっていればスルスミのロケットランチャーが有効なのだが、やつらは人間のように密集隊形はとらない。


「新たな通信を確認」

「何と言ってきた?」

「フィ、フィリシア殿下 帝都を出発!」

「殿下が? 殿下がこちらに来られるというのか!? ……そうか、スカイ・クーペがあったな」


 バルカシオン将軍がニヤリと笑い、真っ白な口ひげも持ち上がる。


「全軍に伝えろ。戦女神のトルネードキャノンが拝めるとな!」


 昨秋以来の大規模な実戦であったが兵の士気は高くなりそうだった。


   ♢


 カルバンシアにおける今年最初の大規模戦闘は、スルスミのミサイルランチャー攻撃によって戦端が開かれた。

2キロメートル以上離れた場所からの攻撃だったので人間側に被害は全く及ばなかったが、期待以上の戦果は上がっていない。

魔物は人間ほどの密集隊形を取らないのでミサイル一発における効果は低くなる。

それでも大型の魔物を12体せん滅することはできていた。

やがて森の奥から魔物が現れるとガトリングガンが火を噴き、マジックライフルがそれに続く。

エルバ曹長にとってはライフル兵として初めての実戦であったが、彼は落ち着いていた。

バルカシオン将軍からは飛行する魔物を優先的に排除するように命令を受けていたので、忠実に任務を遂行していく。

遠距離から視認できないスピードで飛来してくる攻撃に、魔物たちは理解が追い付かないまま墜落していった。



 スカイ・クーペのモニターに映し出された戦闘の様子を睨みながらフィルが悔しそうに呟いた。


「やはり間に合いませんでしたね……」


 フィルはすでに甲冑を着込み戦闘態勢は万全だ。


「それは仕方がないよ。情報を送って、すぐに出発したんだ。今は将軍たちを信じるしかない」

「それは分かっています。わかってはいるのですが……」


 フィルの気持ちはよくわかる。

遠距離戦ではこちらの損害はほとんどなかったのだが、数の力に押されて、魔物の群の一部が城壁へ取り付くことを許してしまった。

すでに少なくない犠牲が出ている。

新設された衛生部隊はよく動いていたが、どうしても助けられない命もあるのだ。

当初は600未満だった魔物たちは、結局1200という数に膨れ上がっていた。


 俺としても後悔することはたくさんあった。

ライフル兵のルキア曹長はよく戦ってくれていて、遠距離で多数の魔物を撃ち落とし、マジックライフルの有用性を示してくれている。

だからこそ悔しい思いでいっぱいになる。

せめてもう5丁、いや、あと1丁あっただけで助けられた命もあったかもしれない。


「レオ様、人は神にはなれないのでございます」


 いつになく真摯(しんし)な目をしたアリスに言われた。

そう、どんなに頑張っても俺一人ができることはたかが知れているのだ。


「そうだね。俺は俺がなせることを頑張ってみるよ」

「はい、その意気でございます。あと30分で到着となりますよ、お二人ともご準備を」


 普段の言動は無茶苦茶でも、いざとなればアリスはいつも俺の気持ちに寄り添ってくれる。


「アリス、ありがとう」

「私はレオ様のオートマタですから。あ、そうそう、戦闘前の昂ぶった気持ちを鎮めたいのなら、私は目を閉じて耳を塞いでおりますので、存分にサカってくださいませ」


 ……やっぱりこいつはめちゃくちゃだった。


   ♢


 バルカシオン将軍のいる本営に伝令が駆け込んできた。


「インセクト系が6番の壁に取付きました。数100強!」

「12番隊を増援に回せ。それから平原に出ている5番隊の消耗がはげしい。7番隊と合流させるのだ。集結ポイントは――」


 突如響き渡った轟音が将軍の言葉を止めた。


「何事だ?」


 その質問の言葉も湧き上がる兵士たちの歓声にかき消されてしまう。

新たな伝令が笑顔をたたえて飛び込んできた。


「将軍に報告! トルネードキャノンの波状攻撃が6番城壁の魔物を一掃! フィリシア殿下が到着されましたっ!」

「戦女神が降臨されたか」


 続いて、新たな歓声が上がった。


「今度は何事だ? よい、自分で確認する」


 将軍は城壁に上がり戦場を見つめる。


「将軍、あそこです!」


 部下の指し示す先を見て、将軍の顔に呆れたような笑顔が浮かんだ。


「あの馬鹿者が……」


 みんなの視線の先には、一人の若武者が魔物に半包囲された5番隊を救出すべく一騎駆けをしていく姿があった。

ホバーボードに乗り、波を切り裂くように魔物が渦巻く戦場を真っ直ぐに進んでいく。

フレキシブルワンドをポールのようにして、先端にライトブレードを取り付けた武器は、光刃を発する薙刀のようだ。

この武器を巧みに操りながらレオは魔物たちを次から次へと斬り伏せていく。

バルカシオン将軍は直ちに命令を下した。


「カンパーニ殿の打ち込んだくさびを広げるのだ。騎馬隊を続かせろ!」


 将軍が命令するまでもなかった。

その場にいた騎馬隊長の判断で、騎士たちはレオの背中を追いかけている。

人馬のうねりは一つの奔流となってカルバンシアの平原を突き進んだ。

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