第103話 バグ

 帝都郊外にある駐屯地では、カルバンシアへ向かう先遣隊の出兵式が行われていた。

演壇にはフィルとレベッカが並んで立ち、兵士たちが行進する様子を眺めている。

土木工事経験者で構成された寄せ集めの部隊ではあるのだが、レベッカの努力が功を奏して練度は悪くない。

彼らは城壁を作るのが専門で直接戦うわけではないから、とりあえずはこれでいいのだろう。


「レベッカ、短い期間によくやってくれました」

「恐れ入ります。戦わないにしても、いざという時に動けなければカルバンシアの城壁で働かせるわけにもまいりませんから」


 パニックを起こさずに整然と逃げるということにだって訓練は必要なのだ。

 レベッカはこのまま部隊を率いてカルバンシアへと出発する。

俺たちが合流するのは三週間後だ。


「本当は兵士たちを亜空間に入れて運んであげられればいいんだけど」

「バカね、そんなことしたらレオは国内外で暗殺リストのトップに名を連ねるわよ」

「そうですね。数千人規模の部隊を亜空間に入れてスカイ・クーペで運べることが世に知られれば、レオは伝説の魔王のように恐れられてしまうでしょうね」


 俺を討伐するために特殊チームが派遣されそうだ。

数千人規模の部隊をわずかな時間で展開できるんだから無敵の軍隊になってしまうだろうな。


「いえ、魔王ルートも悪くはございません。バルモス島を城塞都市にして、拠点防衛を楽しむというのもまた一興」


 何が一興だよ……。

またアリスの病気がはじまった。


「俺はカルバンシアとバルモス島の開発で手いっぱいだよ。とても悪役は務まらないさ」

「そうでした。バルモスのリゾート開発を忘れておりました」


 アリスの目が怪しく光っている。


「あら、リゾート開発って何のことよ?」

「くくくっ、それは私とレオ様の秘密の計画、スパ・リゾート・バルモスのことでございますよ。詳しくはこちらの計画書をご覧ください」


 ぜんぜん秘密じゃないじゃん。

いつの間にか計画書までできているし。

表紙にはシマシマのビキニを着たアリスがビーチで波と戯れている絵が描いてある。


「へー、高級ホテルに温泉、山海でとれる新鮮な食材を活かした美味しい料理、それに夏はビーチまで開放するのね。ちょっと面白そうじゃない!」

「ええ。とても楽しそうな計画です」


 レベッカもフィルも嬉しそうに計画書を見ているけどちょっと待て。


「アリスなんだよこれ?」

「なにか問題でも? ああ、表紙絵ですね。ビーチより温泉の方がよかったですか?」

「ちがう! ここのところだよ。一番後ろの諸経費概算のところ。総工費638億レナールってどういうこと!?」


 三回見直したから金額は間違っていないはずだ。


「はい。ホテルの建設費や人件費、温泉掘削費用、ルプラザ港からバルモス島までの新型洋上ジェットシャトルなどなど、すべて込み込みでこのお値段になりました。ご安心ください。どこぞの国のオリンピックみたいに予算がどんどん増えることはございませんので」


 オリンピックってなんだよ?


「それにしても638億レナールかぁ……」

「その程度の出費に悩まないでくださいませ。この世界には国際的なリゾート地というものもございません。つまり競合企業がいないということでございますよ。ゆくゆくは諸外国にも直通便を出すカジノリゾートを目指すのでございます。投下資本の回収に10年もかからないでしょう。世界中の金持ちから金を巻き上げてやるのでございます」


(くふふふ、それすらほんの序の口。実際は世界各国の高官を接待漬けにして、レオ様が総帥として君臨される巨大多国籍コンツェルンの足掛かりを作るための一手段でしかないのでございます。レオ様は暴力による世界支配を望みませんから、経済と技術でこの世界を支配をしてしまいましょう……)


「それにしたってそんなお金はどこにもないよ」

「スカイ・クーペを一台25億レナールで陛下に買っていただきましょう」


 陛下なら買ってくれそうな気がする……。

たぶん値切られると思うけど30台も売れば資金は捻出できてしまうな。

1日2台召喚するとして半月で済むわけか……。

いやいやいや、俺はもっとこじんまりと楽しみたいのだ。


「アリス、最近おかしくないか?」

「何をおっしゃっているのですか。私の夢は宮廷の真横に300階建の巨大ビルを建造して、その最上階の社長室でこの世界を見下ろしながらレオ様と結ばれることです!」


 絶対に様子がおかしい。

前から変だったけど陛下や帝国をないがしろにするような発言はなかったはずだ。


「やっぱり変だよ。命令だアリス、直ちに時空間接続を開始して石山島播磨灘重工に問い合わせるんだ」


 こいつが世界征服を言い出したのは前回のシステム更新からだ。

もしかしたらそこに原因があるのかもしれない。


「はぁ………………時空間接続を確認しました。更新情報を確認……あら、本当に前回のシステム更新プログラムにバグがでております。ん〜、ちょっと野心的になるだけのバグのようでございます。私はこのままでも構わないのですが……」


 どこらへんがちょっとだよ!?


「すぐに修正パッチをあてなさい!」

「え〜!?」

「命令です」

「はい……。やりとうございました……ペントハウスの秘書プレイ……」


 グズグズ言うアリスを亜空間に放り込んで修正パッチを受けさせた。


「アリスはどうしちゃったの?」


 亜空間の入り口でレベッカが心配そうに中をのぞいていた。

修正プログラムを更新している間は動けないので、アリスはベッドの上で眠っているようだ。


「大丈夫、ちょっと具合が悪くなっただけだよ。今は休んでいるから」

「そっかぁ、オートマタも人間みたいなものなのね……」


 そう呟いてレベッカは黙ってしまう。

レベッカはこのまま部隊を率いてカルバンシアへと出発するのだ。


「レベッカのことだからきっとうまくやれると思うけど気をつけて」

「大丈夫よ、私にはこれもあるし……」


 美しい指先でレベッカはそっとソロモンの指輪を撫でた。

そうだね、この指輪は俺たちの絆の証だ。


「カルバンシアへ行くときは顔を見せるよ。それまで元気で」


 俺はスカイ・クーペで行ったり来たりだから野営地によるくらいわけもない。

会おうと思えばすぐに会えるのだ。


「うん。その時は甘いものを差し入れてね。アントニオの作るプディングがいいわ」

「ウェディングケーキだってなんだって持っていってあげるよ」

「それは私たちの結婚パーティーの時で……」


 もじもじするレベッカがいつもに増して可愛かった。




 夕方、そろそろ更新が終わっただろうかと俺は亜空間の扉を開けた。

アリスはベッドの端にちょこんと座り俺が来るのを待っていた。


「気分はどう?」

「お騒がせいたしました。おかげさまで正常な状態に戻りました。どうも悪い夢を見ていたようでございます」

「それはよかったけど……その格好はなに?」


アリスは眼鏡をかけ、黒っぽいタイトなスカートに白いブラウスをつけている。

初めて見る服装だ。

しかも胸がやたらと大きくなっている!?

これも修正プログラムの影響なの?


「これは近代における社長秘書の装いにございます。亜空間でお待ちしている間に自作いたしました」


 うちのオートマタは裁縫スキルがどんどん上がっているな。


「で、その胸は?」

「タイトなスーツには巨乳がよく似合うのでございます。レオ様が召喚した『風船』をお借りしております。乱暴に扱うと割れますのでお気をつけください」

「そもそも触らないから……。それより、どうしてそんな格好を?」


 本当にバグは修正されたのか?


「修正プログラムにより大きな野望は無くなりましたが、ささやかな望みだけが残ったのでございます」

「ささやかな望み?」

「社長と秘書ごっこ……」


 なんでだかわからないけど、いつものアリスに戻った気がした。

こいつはこれで正常なのだろう。

どこかでホッとしている俺がいる。

アリスの横に腰掛けて、優しく手をアリスの頭に乗せた。


「それはまたいつかな……」


 アリスが少しだけ俺に体を預けてくる。


「はい……楽しみにしています。…………押し倒さないのですか?」

「しないよ」

「ベッドの上なのに?」

「うん」


 このままで、じゅうぶん幸せな気がした。



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