第102話 合言葉

 ララミーたちの見送りを受けながら俺とアリスを乗せたスカイ・クーペは大空へと浮かび上がった。

これは内緒なのだが、直接帝都には戻らずにバルモス島へ寄っていくつもりなのだ。


「自動操縦にしてしばらくお休みになってはいかがですか? 昨晩の眠りは少々浅かったようでございますよ」


アリスのセンサーは俺の睡眠状態まで見抜けるようだ。

ララミーに指輪をプレゼントすることを考えていたせいか、昨晩はあまりよく眠れていなかった。


「ありがとう。そうしようかな」


 シートを倒すと隣でアリスがお裁縫をはじめた。

どうやら手縫いで靴を作っているようだ。


「それは?」

「千年ドラゴンの革でレオ様のブーツを縫っているのでございます。一針一針に魂がふるえるほどの愛を込めております」


 随分と重たいブーツになりそうだ。

だけど黒く染色されたなめし革はツヤツヤと輝いていて履き心地が良さそうだった。


 スカイ・クーペをマシュンゴの家の横に着陸させると、すぐに子どもたちが走ってやってきた。

ドワーフは子どもでも力持ちだ。

重たいレールを5本ほど纏めて肩に担いで平気な顔をしている。

父親の手伝いをしてレールの敷設作業をしていたのだろう。

鍛冶場の横から伸びた線路は坑道の中へと続いている。

すでに30メートルは路線を延ばしていた。


「ご領主様! こんにちは!」

「こんにちは。マシュンゴは洞窟の中?」


 亜空間からお土産を取り出しながら聞くと両親揃って採掘中とのことだった。


「うわあ! ビールの樽だ! やったぁ!」


 この子たちはお菓子よりもビールがいいのだ。

普通の子どもが甘い薔薇水をもらって喜ぶような反応をする。


「マシュンゴたちが来るまで待っていなよ。先に飲んだら怒られるぞ」

「わかってるヨォ。でもちょっぴり舐めるだけならいいでしょう?」

「まあ、それくらいならな」


 子どもたちは金属でできたジョッキを持ち出してきた。

ジョッキで一杯、これが彼らにとっての舐めるという行為だ。


「ぷはぁ! この瞬間のために生きてきた気がする!」


 八歳児がいうと中々シュールなセリフだ。


「アンタたちそれ以上飲んだらダメだからね!」


 一番年長の娘が口の上にビールの泡をつけたまま、両親を呼びに坑道の中へと走っていった。


 マシュンゴたちを待っている間にカルバンシアから持ち出してきたトロッコを出来立てのレールの上に設置した。

動力などは付いておらず手で押すタイプのものだけど、これがあれば坑道への搬入搬出が楽になるだろう。

トロッコには大きめの魔導カンテラも取り付けてある。


 子どもたちを乗せてトロッコを動かしていたらマシュンゴたちが戻ってきた。


「ご領主様! ビールを……じゃなかった。ようこそおいでくださいました。結構なお土産まで頂戴したそうでありがとうございます!」


 マシュンゴはガハハと豪快に笑っていた。


「調子はどう? 困っていることとかない?」

「生活は順調でがすよ。質のいい鉄が採れてますし、オーブリー様に作っていただいた炉もいい塩梅です。それから……」


 ニヤリと笑ったマシュンゴが懐から小さな石ころを取り出した。

太陽の光を反射してきらめく粒が点在しているのが見える。


「アリス様のおっしゃったとおり金が採掘できる場所がありました」


 わかっていたことだけど実物を見るとかなり嬉しくなるな。

マシュンゴたちだけじゃ採掘量は高が知れているけど、将来的にはこの金をバルモス島の開発資金に回していける。


「含有量も悪くないようでございます。いずれ人を集めて採掘させてみましょう」


 アリスのおめがねにもかなったようだ。


「ご領主様、そんなことより例のお話はどうなりましたか?」


 マシュンゴはソワソワと話を切り出した。


「魔導科学を応用した新しい錬成方法のことだろう?」

「それでさあ!」


 マシュンゴにとっては金よりもこちらの方が気になることであるらしい。

彼は武器を鍛える鍛冶職人だ。

最高の刀剣類を鍛えることこそを人生の意義であり、幸せらしい。


「それがドワーフってもんでござんすよ」


 魔導大全を読みながら思いついた錬成方法をまとめておいたレポートをマシュンゴに手渡した。


「まだ理論だけだから、色々と試行錯誤が必要になると思う」

「願ったりかなったり! あっしはそいつが楽しくてこの仕事をしているんです!」


 ずんぐりとした指でページをめくりながらマシュンゴは真剣そのものでレポートを睨む。

この分ならそう遠くない未来に新しい金属や画期的な武器が生まれるかもしれない。


「また3、4日後に来るから、分からないことがあったらその時に聞いてね」


 ララミーのトランクを届けた帰りに寄ればいいだろう。

マシュンゴたちに別れを告げてバルモス島を後にした。


 スカイ・クーペのシートに埋もれながら今後のバルモス島開発に思いを馳せる。


「このままいけば製鉄の町としての発展が望めそうだよなぁ」


 だけどアリスはお裁縫を続けながら俺の言葉を否定した。


「え〜、どうせなら魔導科学の新技術を産み出す研究所にしましょうよ。そして世界征服の足がかりとしての秘密基地にするのでございます」

「いやだよ。めんどくさい」


 最近BL熱が下がってきたと思ったら、今度は世界征服病にかかってしまったようだ。

S型AIは興味の対象がコロコロ変わるらしい。

というより飽きっぽいのか?


「そんなことおっしゃらずにやりましょうよ、総統」


 誰が総統だ!?

だいたい世界を征服したってちっとも楽しくないと思う。

皇帝陛下を見てみろよ。

大陸のほとんどを統治しているけどすごく忙しそうにしている。

もっとも陛下の場合はプライベートもそれなりに楽しんでいらっしゃるけど……。


「人工衛星に大出力のレーザー砲を積んで宇宙へ打ち上げるのでございます。それで言うことを聞かないと北極大陸上の氷を溶かして世界を水浸しにするぞと脅迫するのでございますよ」

「恐ろしいことを考えるなぁ」

「私の故郷では古典文学にこの手のお話はたくさん出てまいります」


 ずいぶんと物騒な世界だ。


「レオ様は世界征服にご興味はないのですか? 世界中の美女を侍らせられますよ」

「俺にはフィルたちやアリスがいればそれで十分」

「……」


 横を見ると頬を染めながらアリスが指に針を刺していた。

痛くはないのだろうが見ていて痛々しい。


「アリス、指に針が」

「ふえ!? ああ……レオ様が急に口説くんですもん。アリスびっくりしちゃった……」


 ああ、はいはい……。

アリスはこともなげに自分の指から針を抜いて思案していた。


「わかりました。世界征服の夢は横に置いておきましょう」


 捨ててはくれないらしい。


「では、バルモス島をリゾート地にするのはいかがですか?」

「リゾート?」

「はい。あそこは掘れば温泉が出ることが判明しました。海の幸も豊富なのでスパリゾート・バルモスを目指すことを提案いたします」


 なにそれ、ちょっと面白そう。


「ルプラザ港から定期ジェット便を出せば貴族の保養地として潤うこと間違いなしでございます!」


 世界征服よりは心惹かれる話ではある。


「合言葉は……」

「合言葉は?」

「混浴温泉、ビーチで水着、ちょっとHな王道ファンタジー! でございます」


 結局のところ平常運転のアリスさんというわけだ。

だけどこの提案を否定できない俺もいた。

カルバンシアの開発と並行して少しずつやっていくとしようかな。

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