第100話 スケール

 まだ夜明け前だというのに目が覚めてしまった。

今朝はララミーのためのソロモンの指輪を召喚しなければならないから、無意識のうちに緊張していたのかもしれない。

真夜中を過ぎればリセットされるので今日の分の召喚はもう可能になっている。

二度寝をする気にもならないので、起きて召喚をしてしまおう。


「豊穣と知恵の女神デミルバとの約定において命ず。異界のモノよ、我が元にその姿を現せ!」


 ソロモンの指輪を念じながら召喚魔法を展開すると頭の中で久しぶりにあの音が響いた。


(ピンポーン♪ 召喚魔法のレベルが4に上がりました。これにより一日に二回の召喚が可能になりました)


 久しぶりのレベルアップだ。

久しぶり過ぎて召喚魔法のレベルが上がることを忘れていたくらいだぞ。

でも、これはかなり嬉しい効果だな。

一日二回の恩恵は計り知れない。

ソロモンの指輪はもう呼び出せていたので、さっそく二回目の召喚を試してみることにした。

今度は召喚済みアイテムではなく新しいモノを呼び出してみるぞ。


「豊穣と知恵の女神デミルバとの約定において命ず。異界のモノよ、我が元にその姿を現せ!」


####

名称 巻き尺

説明 ものの長さを測るための道具。小型のケースの中にスケール帯をバネ仕掛けで巻き取ることができる。

####


 仕立て屋さんが使うような目盛りのついた帯だ。

この世界と違うのは箱状のケースに巻き取りが可能なことくらいか。


「また微妙なものが……」


 回数が増えても、必ず有用なものが召喚されるとは限らないのは今までと同じか。


「レオ様」


 だしぬけにアリスに声を掛けられた。


「うわあ! アリス、いつからそこに?」

「昨晩からずっと一緒ではありませんか。フィリシア殿下がいないのに、殿下のクローゼットには入れませんから」


 そういえばそうだった。

普段のアリスはフィルのクローゼットで寝起きしているけど、今フィルは帝都にいるので寝室に入るのを遠慮したのだ。

寝るところがないからという理由で俺の部屋に置いたんだった。

外でも廊下でもアリスなら平気なんだろうけど、休眠モードで廊下などに座っているとかなり不気味だもんな。

カルバンシア城の七不思議が生まれそうでいやだ。

休眠モードのアリスは気配がしないので存在を忘れていたよ。


「昨晩のレオ様は凄かったです。アリスは寝かせてもらえませんでした」

「誤解を招くような発言は控えるように」

「もちろん寝相の話でございますよ」


 一緒に寝てすらいないだろう?


「すぐ横にモゾモゾしている男の子がいるとアリス気になっちゃって……」


 こいつは……。

もっとも、俺の寝相の悪さは昔からだ。

小さな頃はよくおばあちゃんが夜中に毛布を掛け直してくれたらしい。

そういえば目覚めたときは、きちんと毛布をかぶって寝ていたよな……。


「アリスが毛布を掛けてくれたの? 助かったよ、ありがとう」

「べ、別にたいしたことじゃないわよ。風邪なんかひかれるとこっちが迷惑するんだからねっ!」


 お礼を言っただけなのに急に怒り出した?


「本気で怒っているわけではございません。ツンデレはお嫌いでしたか?」


 またもやアリスの謎単語。

嫌いというよりわからない。


「そんなことより、いいものを召喚されましたね」

「この巻き尺が?」

「はい」


 アリスがずいっと近寄ってくる。

どこがいいものだというのだ? 

もしかして俺の知らない隠された機能がついているのか!?


「さっそく測ってみましょうか」

「……何を?」

「バスト」


 えーと……。


「君はバカか?」

「愚か者はレオ様です! 本当に魔導大全をお読みになったのですか?」


 はい?


「魔導大全とおっぱいの大きさを測ることにどんな相関関係があるっていうんだよ!?」

「はぁ……、まだまだ坊やですねぇ」


 それならアリスは一歳児……。


「ではお聞きしますが、私の胸は大きいですか? それとも小さいですか?」

「それは……まあ、小さいよな」


 アリスは深く頷く。


「そうです。エロスをまとったAカップでございます」


 何を纏ったって?


「では、どれくらい小さいでしょうか?」

「どれくらい?」


 無表情なアリスの口角がにやりと持ち上がる。


「説明できませんか? どうしてか? レオ様が坊やだからでございます!」

「……」

「大きい小さいという感覚に具体的な概念を与えるのが数値化でございます。この重要性を理解せずに魔導科学を語るなど笑止千万!」


 な、なんだと……。


「というわけで早速測ってみましょう」


 アリスは背中を見せてはらりと服を脱いでしまう。

オートマタとは思えない質感をした肌があらわになった。

肩甲骨や背骨のラインがやけに艶(なま)めかしい。

アリスは指を頭の後ろで組んで脇を開いた。


「はいどうぞ」

「はいどうぞって……何をしているわけ?」

「魔導科学のためにサイズを測るのです」

「……」

「それから記録を取るのを忘れてはいけません。記録は基本でございます。私の次は殿下のも測って比較してみましょうね」


 フィルの胸を……。


「はい。具体的な数値が分かればいかに殿下が規格外かがお分かりになるでしょう。とうぜん愛情もいやますというもの……」


 もう一度言った方がいいのかな……。


「君はバカか?」

「どうしてでございますか⁉」

「アリス、論理の飛躍は自覚しているのだろう?」

「論理の飛躍というよりジョークでございますよ。主の興奮にS型AIは無上の喜びを感じてしまうのです。ヤマト国の有名な古典にある『小さなドキは今日もムネムネ』という侘び寂びの境地でございますね」


 俺には理解できないおもむきだよ……。


「アリス、あんまり俺をからかわないでくれ」


 ついつい興奮しちゃっている俺も悪いのかな……。


「レオ様、怒らないでくださいませね」


 まだ他に何かしたのか?


「レオ様をもっと興奮させたくて亜空間の品物をお借りしました」

「いいけど、何を使ったの?」

「実は私は裸ではございません」


 後ろから見ている分には、上半身は裸に見えるけど……。

それに興奮させるためには裸の方が効果が大きいと思うぞ……?


「レオ様に喜んでいただくために絆創膏をお借りしました」


 浅い切り傷なら10分で完治させるあのアイテムか。

キズナオールSのおかげで全然出番はないんだよね。


「胸のところに貼ってあります」


 はえ?


「これから振り向きますので、小さな魅力を存分にご堪能ください。ドキがムネムネいたしますよ……」

「いらないから!」


 アリスから視線を逸らして逃げるように部屋を後にした。

日の出はまだだったけど外はうっすらと明るくなっている。

どこからか一番鶏の鳴き声が聞こえてきた。

今日という日はまだ始まったばかりだった。

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