第99話 ドロップ

 アリスはああ言ったが、ララミーが本当に俺との結婚を考えてソロモンの指輪を欲しがったのか、ちょっと判別できないでいた。

ララミーは研究熱心な魔術師だ。

指輪だって研究の対象として欲しがっただけかもしれない。

もしもこちらが勘違いしているだけなら、かなり恥ずかしい未来が俺を待っていることだろう。


「どうしていいのやら……」


 ため息を吐く俺を見ながらアリスがいつものように煽ってくる。


「もっと欲望に忠実になってくださいませ。大きなお尻は大好きでしょう?」


 そうだけどさ。


「ララミーがそういう意味で指輪を欲しがっているかどうか確信が持てないよ」

「そのことなら間違いはございません」


 やけにキッパリ言うな。


「どういうこと?」

「次席宮廷魔術師ネピア・ドレミー様から地味魔女のお輿入れについてカルロさんへ打診があったのですよ。当然フィリシア殿下のお耳にも入っています」


 初耳だぞ。


「俺は何も聞いていないよ!?」

「ええ。極秘の話でございますから」

「極秘の話をどうしてアリスが……」


 って、聞くまでもないか。


「情報収集は忍びの基本でござるでございます。ニンニン」


 モード・ニンジャにならなくても、こいつのセンサーは宮廷内のあらゆる場所に張り巡らされているのだ。


「そ、それでフィルはなんて言ってた?」

「時期的にはカルバンシアに戻った時点でレオ様にお話しして、ララミー様とのご婚約を進めるようでしたよ。その方が騒ぎが大きくならないというご判断でしょう」


 次席宮廷魔術師のネピア・ドレミー殿はララミーの親父さんだし、筆頭宮廷魔術師のスネイプ殿と熾烈な派閥争いをしていることでも有名だ。

ララミーが人工魔石の開発に携わったおかげでドレミー派の勢力は大きくなっているらしい。

宮廷での存在感が大きくなりつつある俺とララミーが結ばれれば勢力拡大に一層の弾みがつくと考えているのかもしれない。


「ララミー様はレオ様に何も言っておりませんが、だいぶ圧力をかけられているようですよ。地味魔女ドレミーも苦労しているのです」


 これも貴族の宿命というやつか……。


「そんなに思いつめないでくださいませ。何となれば美女を100人侍らせることだってレオ様には可能です」

「皇帝陛下よりも多いね……」


 アリスは無表情のまま頷く。


「もちのろんでございますよ。レオ様が望めばそれくらいのことは簡単なのでございます。巨大空中要塞を建造して、空からこの世界を支配することだってできるのですよ」


 メンドクセ。


「バカだなぁアリスは。人は大地から離れて生きていけはしないんだよ」


 農業をしていた俺には直感的によくわかるのだ。


「16歳のくせに達観しすぎでございます! いつまで地球という揺り籠の中で戯れているおつもりですか⁉」


 俺としては毎日を楽しく過ごしたいだけだ。

大地から離れて空へ上る気持ちはない。


「俺はずっとこの地にいるつもりだし、ベルギア帝国の国民のまんまだよ。冒険の旅とかは面白そうだけどね」


 アリスはいつものようにヤレヤレと肩をすくめる。


「今はそれでよしといたしますか。いずれ私が新しい世界をご覧に入れましょう」


 アリスの言うことは荒唐無稽過ぎて想像力が追い付かないよ。

でも、巨大空中要塞か……。

ちょっと気になる話ではあるよな。


   ♢


 俺の名前はエルバ・プレサージュ。

カルバンシア方面城塞軍の兵士をしている。

成人のギフトで「鷹の目」というスキルを得ている俺は弓兵部隊に所属しているアーチャーだ。

ギフトのおかげで弓に関しては百発百中の腕前なのだが、今のところはただの兵卒だ。

実を言えば俺の特技は弓矢だけで白兵戦は大の苦手である。

俺の外見はひょろ長のガリで、見た目通りの体力をしているからだ。

ガキの頃から腕力が弱いので長距離射程の強弓を引けないという弱点もある。

そんなわけで軍における俺の評価は低く、出世にはとんと縁がない。

せめて伍長に昇格すれば給料や配給もガラッと変わるのだが、世の中は上手くいかないもんだ。

下士官だったら月ごとに砂糖やコーヒーやワインの配給があり、煙草だって10箱も貰える。

まあ、支給されてもタバコは吸わないからいいけど、蜂蜜やミントドロップなんかは是非手にいれたいのだ。

ミントドロップは妹の大好物で、里帰りの際に土産に持って帰ると実に嬉しそうな顔をされるからだ。

妹は俺よりも生まれつき虚弱で体力がないから好物を食べて少しでも元気になってくれればと、手に入れられる分は全部持ち帰ったり送ったりしている。

普段は仲の良い上官に頼んでタバコと交換してもらうのだが、伍長になればそんな面倒なことをしなくても手に入れることができる。

俺は自分の生活と妹の笑顔を守るために兵士をやっているのだから、妹の笑顔は多ければ多いほどいいに決まっている。

より多いドロップのためにも出世したいと常日頃から考えていた。


「エルバ、隊長が呼んでいるぞ。急いで執務室まで来いとさ」


 同僚に言われて真っ先に考えたのは「何かヘマをやらかしたか?」だった。

ここのところ出撃はなかったし、巡回に遅刻したこともない。

思い当たることはなかったが、だからと言って褒められるようなこともしていない。

どっちにしろ隊長を待たせると碌なことにはならないので小走りで執務室へと向かった。


「エルバ・プレサージュ、まいりました!」


 ドアをノックして声を張り上げると、すぐに隊長の返事があった。


「入れぇ!!」


 俺より大きな声!? 

しかも裏返っている。

隊長はかなり緊張しているように感じた。

これはいよいよただ事ではない。


「失礼します……」


 暗い気持ちになりながらドアを開けると、部屋の中にいたのは隊長だけではなかった。

何とこの城の主、フィリシア皇女殿下のプリンセスガードであるレオ・カンパーニ様がいらっしゃった。


「君がエルバ・プレサージュ?」

「そ、そうであります!」


 貴族に話しかけられるなんて生まれて初めての経験だ。

俺も隊長と同じで声が裏返ってしまった。


「君のギフトは『鷹の目』なんだって?」

「そ、そうであります!」


 カンパーニ様は頷くと隊長に声をかけた。


「では、彼を連れていきます」

「しょ、承知いたしました!」


 カンパーニ様に連れられて俺は城壁の方へ向かった。

なんでもカンパーニ様と宮廷魔術師のドレミー様が開発した新兵器の射手として俺が選ばれたとのことだった。

 城壁について俺はまたもや度肝を抜かれた。

なぜならそこにはバルカシオン将軍をはじめとしたこの城の重臣たちが勢ぞろいをしていたからだ。


「彼はエルバ・プレサージュ。マジックライフルの射手として選びました」


 カンパーニ様が俺のことを将軍たちに紹介している。

もう、なにがなんだか……。


「早速だがエルバ君、この兵器の説明を聞いて実際に使ってみてほしい」


 カンパーニ様は巨大な筒のような兵器を俺に指し示した。

何とこれは魔石を利用した兵器だそうだ。

詳しい構造は俺なんかにはさっぱりだったが、狙いの点け方はすぐに理解できた。

これも「鷹の目」のスキル補正のおかげだろう。


「先ずは練習として一発撃ってみて」


 カンパーニ様に促されてドングリみたいな形に削り出された魔石をマジックライフルに込めた。

教えられた通りゆっくりと引き金を絞ると、バスッという低い音が響いてマジックアローが筒の先から発射された。

説明は受けていたが、人工物から実際に魔法攻撃が繰り出される様子は圧巻だった。

残念ながら魔法は目標をわずかに外れてしまったけど。

緊張しすぎたせいか……。


「方向は申し分ありません。魔法は貴方が狙いをつけた岩の5センチ上に逸れました。修正してもう一発撃ってごらんください」


 アリス様が魔法の軌道について細かく教えてくれた。

それなら……。

ドガッ。

 大きな音がしたと思ったら、今度は狙った場所にきちんと命中していた。

何と精度の高い兵器なんだろう。

これなら俺のギフトの補正で300メートル以上離れていても当てられる自信がある。


「どう?」

「もう一発撃たせていただければ、あの奥の岩を吹き飛ばすこともできると思います」


 俺はオーガのような形をした岩を指し示した。

ここから岩までは400メートル弱ある。

普段ならこんな気持ちにはなれないが、この武器と俺の「鷹の目」はとんでもなく相性がいい気がするのだ。

この武器さえあれば俺でも役に立てそうな気がした。


「やってみてくれ」


 カンパーニ様が笑顔で魔石を渡してくれた。

俺は狙いをつけて引き金を絞る。

マジックアローは狙い通りの軌道を取ってオーガ岩の頭部に命中した。


「見事だ。将軍よろしいですよね?」

「カンパーニ殿に異存がなければ構わんさ」


 どうやら俺はこの兵器の選任兵士に選ばれたようだ。


「おめでとうエルバ曹長。君はベルギア帝国初のライフル兵に選ばれたよ。早速支給品を渡しておくね」

「自分が、……曹長でありますか?」


 いきなり出世した!? 

しかも三階級特進!! 

 カンパーニ様はどこからかわからないのだが次々と装備品や支給品を取り出してくる。

これもプリンセスガードの能力のひとつなのだろうか? 

支給品は新品の洒落た制服やマント、削り出した魔石を入れる弾帯なんてものまであった。

その中にはなんとミントドロップも。


「あっ……」


 ミントドロップを見て思わず声を出してしまう。


「どうしたの?」

「いえ……その、妹の大好物でありまして……」


 それを聞いたカンパーニ様が不思議な袋を出してくれた。

硬いツルツルの素材でできた袋に何かが入っている。

ビニールという素材でできているそうだ。


「これは……?」

「レモン味のドロップだよ。妹さんに食べさせてあげて。フィリシア殿下も美味しいって言ってたから妹さんも喜ぶと思うよ」


 殿下が召し上がるような食べ物をいただいてしまった!?

レモンというのは南国で獲れる酸っぱい果実だそうで、北国育ちの俺は聞いたこともない代物だった。

その日のうちに人に頼んで妹に送ってやった。

親に出世を知らせる手紙も同封した。

ずっと心配をかけてきたけどこれで親孝行ができるというものだ。


 数日後、珍しくお袋から手紙が届いた。

送ったレモンドロップを食べた妹が元気になって、今では家の手伝いを始めたそうだ。

しかも、親父でも持てないような大斧を使って林業の手伝いまでしているとか……。

いったいどうなっているんだよ!?

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