第98話 彼女のリクエスト

 国境線の城壁の上で虚ろな瞳をしていたアリスが頷いた。


「衛星からの情報をもとに突入ルートを策定しました。ご準備はよろしいですか?」


 俺たちはこれから空気中の魔素濃度を測定する機械を設置するために国境を越えるのだ。


「いつでも大丈夫だよ」


 アリスがじっと俺を見つめてくる。


「どうしたの?」

「レオ様が迷彩服の下にスクール水着を着ていると考えますと……ムラムラするのでございます」


 任務に集中してくれよ……。

魔物の領域に入るのは危険なので服の下にフィルから借りた伝説のスクール水着を着用しているのは内緒なのだ。


「バカなこと言っていないで行くよ!」


 恥ずかしさを誤魔化すようにフレキシブルワンドをロープのように使って城壁を降りた。


「遭遇戦はなるべく避けますが、雪中や木の陰で動かない魔物まではまだ捕捉できていません。これらは近づかないとセンサーでは探知できませんので」

「大丈夫、油断はしていないよ」


 武器は地上に降りた時点でライトブレードに持ち替えている。


「それでは愛の逃避行を開始いたします」


 いや、魔力測定器設置任務だし……。

 スカイ・クーペで空を飛んでいけば楽なんだろうけど、飛行可能な大型の魔物を刺激するのは得策ではないので地上からの隠密潜入を選択した。

やっぱり飛ぶのは目立っちゃうもんね。


 途中で魔物を倒しながらの潜入行となった。

爬虫類型や昆虫型の魔物は予想通り姿を見ていない。

あいつらが冬の間は冬眠するという情報は間違ってはいないのだろう。

見るのは鳥型か四足歩行型の大型ばかりで、数自体は多くはなかった。


「どうやら北の山脈の下に巨大な地下空間があるようです。魔物はそこで暮らしているようでございます」

「冬の間は地下に潜っているってこと?」

「はい。おそらくですが一年を通して地下で暮らす魔物もたくさんいるのでしょう。地上に出てくる魔物は全体の半分もいないことだって考えられます」


 もしそれが本当なら恐ろしい話だ。

地下で暮らしている分にはいいけど、ひょんなことから人間の領域へ侵攻でもされたらたまったものじゃない。


「出入口は特定できる?」

「すべての出入り口を把握するのは無理というものでございます。把握できたところで対策の立てようもございません。地上と地下をつなぐトンネルは無数にあると考えた方がいいでしょう」


 現状では国境線を固めて防備を図るのが一番の得策なのかもしれない。


「俺たちが国境を押し上げることで魔物を刺激することにならないかな?」


 地下から魔物が溢れ出てくるなんてことになったら、カルバンシアを守り切れるかどうかわからないぞ。


「データがないので何とも言えません。気休めに『大丈夫』と慰めてほしいのならいたしますが?」

「それはいいや」

「膝枕と優しい愛撫つきですよ?」

「いらないって」


 ナデナデしてもらったところで厳しい現実は覆らない。


「ああ、激しい方がお好きでしたね」

「そういうことじゃないってば……」


 国境線の一部が20キロ突出したところで魔物の領域が大きく削られるということはない。

だけど突起した城壁は魔物にとってみれば撃ち込まれたクサビみたいなものだ。

許容できるようなものではないだろうし、狙いやすくもあるだろう。

やっぱり、同時に防御策も考えないとだめだよな……。


 予定していたポイントで亜空間から装置を取り出してしっかりとした岩場の上に固定した。

魔物にちょっかいを出されたら困るけど、あいつらは基本的に無機物には無関心だ。

おそらくは大丈夫だろう。


「ララミー、聞こえる?」


 通信機を取り出してカルバンシア城のララミーに連絡をとった。


(こちらララミーです。通信状態は良好、音声もクリアです)

「これから装置を起動するよ。そっちの受信機も動かして」

(了解。受信機起動。……正常に作動中)


 ここにある測定器は観測結果を城の受信機に送るようにできている。

データは時間ごとに欲しいし、その都度国境を越えてくると危険極まりない。

途中で中継器をいくつも設置してきたおかげで情報が滞ることもないようだ。

動力源である魔石をもう一度確認してから測定器を起動した。

魔素濃度は魔力波の強弱であらわされるように作ってある。


(魔力波検知を確認。測定器、受信機共に正常に作動)

「やったね、ララミー」


 出発は遊びで作った魔導ブロックEXの魔石ラジオだった。

それが今、このような測定器までに発展を遂げている。

これらの機械の実用化がこれほど早く実現したのはララミーのおかげだ。


(やりましたね、カンパーニ殿……)


 彼女は少しだけ涙声だった。

俺たちの努力の結晶が実ったんだから当然だよね。


「帰ったらララミーにもお礼をしないとね」

(そんな、私はこの研究に携われただけで……)


 以前ほどじゃないけど彼女は何でも遠慮してしまうところがある。

そういう気質なんだろうね。

図々しいのもどうかと思うけど、あんまり遠慮ばかりされると嫌われているのかと心配になってしまうよ。

そうじゃないのはわかっているのだけどね。


「そんなこと言わずに何でも言ってよ。俺の召喚物で欲しいものなら何でもあげるから」


 スルスミは無理だけどスカイ・クーペなら量産品だ。

ララミーのために取り寄せてあげることはできる。

だけどララミーは意外なものをリクエストしてきた。


(それでは……わ、私にも……ソ、ソ、ソ、ソロモンの指輪をいただけないでしょうか!?)


 ソロモンの指輪? 

人工精霊を呼び出すあの指輪が欲しいんだ。

機械好きのララミーのことだからてっきりスカイ・クーペをご所望かとおもったけど、そうじゃなかった。

まあ、ララミーは宮廷魔術師だし、人工精霊のようなものにも興味があるのだろう。


「もちろん構わないよ。明日の朝にでも召喚して渡してあげるからね」

(はい………………えーん、えーん)


 ララミーが声を上げて泣いている? 

そんなに欲しかったの!? 

ソロモンの指輪はフィルやレベッカ、アニタにも渡しているんだよね。

フィルとレベッカは前線で指揮を執る立場だし、アニタの任務だって何が起こるかわからない皇帝陛下の護衛だ。

精霊の力が彼女たちを守ってくれればいいなって気持ちで同じものを召喚しておいたんだ。


「それじゃあ、今から帰還するね」

(はい、お待ち申しております……)


 通信を終了した。


「これでハーレム要員がまた一人。私の計画通りに事が進行しております」


 何を言っているんだろね、このオートマタは?


「またアリスの病気がはじまったか……」


 痛い子を見る俺に対して、痛い子を見返す視線でアリスが対抗してくる。


「痛い子返し!?」

「レオ様、前にもご忠告申し上げたではないですか。鈍感系主人公ははやらないと」

「ちょっと、何言ってるんだかわかんないんだけど……」

「あんた、バカぁ? を筆頭に141421356個の罵倒リストがはじき出されましたよ。レオ様、本気で指輪の意味が分からないのですか?」


 言われてからハッとした。

そういえば要求されたプレゼントは指輪。

これまでに贈ったのはフィル、アニタ、レベッカ……全員俺の婚約者!


「そういうことなの?」

「特別にもう一度言ってさしあげましょう。あんた、バカぁ? 当然でございますよ」


 これは困った。

でも、約束しちゃったもんな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る