第96話 大好き!

 いつものようにホバーボードで郊外へと出た。

スカイ・クーペを帝都上空で飛ばすわけにはいかなかったんだ。

軽快に街道を飛ばしたけど、アリスは走ってついてきたし、ララミーは浮遊魔法の低空飛行で追いかけてくれた。

マジカルステッキで魔法少女に変身しているせいか、ホバーボードのスピードにも楽々ついてこられたようだ。

ただ、短いスカートや派手なフリルは恥ずかしいみたいで、コスチュームの上から黒いフード付きのローブを着てしまっている。

可愛いのにもったいないとは思うけど、本人が嫌なのだから仕方がない。

以前も来たことのある森の中の広場でホバーボードを停止させた。


「この辺りでスカイ・クーペを出すよ」


 ララミーは胸の前で手を合わせてワクテカ顔で待っている。

本当に魔道具が好きなのだ。

今日は操縦をさせてあげる約束もしている。


「はうぅぅっ!」


 亜空間からスカイ・クーペを取り出すと、ララミーは何とも表現しがたい声を出した。

涙ぐまなくたっていいだろうに……。


「指で触れるだけでドアが開くからね。『ドアを開けて』って意味のことを言うだけでも開くけどね」


 バルモス島からの帰り道でララミーのこともスカイ・クーペに登録してある。

逆に言うと登録のない人間はドアを開けることも起動させることもできない。


「そ、それじゃあ……、異界のアイテムよその扉を開けよ」


 呪文ぽい言い回しだったけど、ドアは問題なく開いた。


「素晴らしいです!」

「遠慮なく操縦席へどうぞ」


 いそいそと乗り込むララミーが可愛い。

スカイ・クーペに夢中で魔法少女の変身を解くことも忘れているようだ。

変身すると髪型が変わって、キラッキラしたアクセサリーやリボンなどもつくので、普段のララミーとは雰囲気が変わるのだ。

この姿は滅多に見られないから指摘しないでもう少し楽しませてもらおう。


 起動命令によりコンソールパネルが点灯するとララミーの興奮も急上昇の一途をたどった。


「今なら簡単に落ちますね……」


 アリスはまた……。


「そういうこと言うなよ」

「ですが、この興奮は異常でございます。吊り橋効果の理論でいけば完堕ちのチャンスではないでしょうか。車体上昇と同時に押し倒せば簡単に成功しそうでございますよ」


 ララミーはパネルと計器類のチェックに忙しくアリスの発言など全く聞こえていないようだ。

離陸や飛行の際にはコンピューターというものが車体の安定を自動で補助してくれるから大事故になることはないのだけど、ちょっと心配になってくる。


「ララミー、少し落ち着こう。深呼吸しようよ」

「…………」


 こちらの言うことは全く聞こえていないようだ。

シートの下部の方に頭を突っ込んでアクセルペダルとブレーキペダルのチェックに忙しい。

目の前ではララミーの少し大きめのお尻が揺れている。

なんて無防備な恰好なんだよ……。

黒いローブを着ているからいいけど、魔法少女のコスチュームのままだったら下着が丸見えになっていたはずだ。

ヤバイ……、以前に見てしまったララミーのエッチな下着のことを思い出してしまった。

この状態はよくないよな。

やっぱり一度落ち着かせよう。


「ララミー!」


 少し大きな声で呼びかけるとようやくララミーが反応した。

お尻はこちらに向けたまま首だけひねって振り返る。


「はえ?」

「好きだぁ!」


 今のは俺じゃない。

俺の声真似をしたアリスだ。

だけどララミーはまったく気がつかずに動揺してしまった。


「カカカカカカンパーニ殿! そそそそんなに急にこここ告白されましても、わわ私にも心の準備というものが」

「いや、今のは俺じゃなくて――」

「ささささ様々な書物で知識だけはほほほ豊富ですが、こここ告白をうけるなど、なにぶんははは初めてのことで……」


 いや、誤解だけど……。

アリスのせいで複雑な事態になってしまった。

緊張して顔を真っ赤にしているララミーにはっきり誤解だとは伝えにくい。

ここは強引に誤魔化すしかないか。


「えーと、ラ、ララミーは魔道具が大好きだよね!! お、俺も大好きなんだ!」


 ことさら大きな声で無理矢理にでも事態を収拾してやる!


「はえ? 魔道具……?」

「そう! ララミーも好きだろう!?」

「は……はぁ……」

「だから! 俺もなんだよ。好きだぁ! てこと」


 目をぱちくりしていたララミーだったがようやくこちらの言いたいことを理解したようだった。


「はあ…………っ! はい! そぉなんです! カンパーニ殿もでしたか⁉」


 二人して今さらなことを大声で確認し合ってしまった。

俺たちは人工魔石について共同研究している仲間だし、魔導ブロックを使って魔道具の基礎理論を共に考える遊び仲間だ。

お互い魔道具が好きだなんてことは、聞くまでもなく知っている。


「いいよな! 魔道具。見ていると心が落ち着くし、考えていると楽しくなるし」

「そ、そうなんです! 魔法や魔道具のことを考えていると本当に楽しく過ごせるのです!」


 よくわかっていなかったようだが「好きだぁ」のくだりは誤解であって、流してしまおうというこちらの意図は汲んでくれたようだ。

ただ、実際に魔道具や魔導科学は俺たちの共通項でもあるし、俺とララミーは信頼もしあっている。

これからも二人で研究を続けていきたいという気持ちは本物だ。


「こういう機械を見ていると夢が広がるよな。いつか俺たちもこれに負けない役に立つものを開発したいよね」

「は、はい。その一歩としての人工魔石です。……カンパーニ殿」

「うん?」

「きっと成功させましょうね。人工魔石の量産が可能になれば、この国の魔導科学は更なる発展を遂げるでしょう」


 やっぱりララミーも同じ気持ちでいてくれたようだ。


「うん。これからもよろしくね、ララミー」


 手を伸ばして握手しようとしたら、バランスを崩したララミーの上半身がシートの下に滑り込んでしまった。

魔導士のローブが捲り上がり、目の前で下着に覆われたララミーの真っ白なお尻が露出していた。


「黒のローライズ……ヒップアップトライアングルでございますか。狙ってやっているのなら恐ろしい子……でございます」


 静まり返った車内にアリスの説明が流れた。


   ♢


 久しぶりのカルバンシアは一面雪で覆われていた。

初めて見る飛行物体に兵士たちが集まってきている。

弓兵や魔法兵も陣形を組んでこちらを警戒しているようだ。

新手の魔物と勘違いしたのかもしれない。

カルバンシア城から少し離れた場所に着陸して走行モードで近づいた。


「カンパーニ殿!」


 甲冑を身にまとったバルカシオン将軍が出迎えてくれた。


「お久しぶりです将軍! お騒がせしてしまって申し訳ございません」

「まったくだ! 新種の魔物が襲来してきたのかと思ったぞ!」


 そうは言ったものの将軍は機嫌よさそうに笑っていた。


「ですが、埋め合わせはちゃんとできると思いますよ。色々と運んできましたから」

「そうか、そうか。して、フィリシア殿下は息災かな?」

「はい。将軍にくれぐれもよろしくと言付かっております。後ほど書状をお渡ししましょう」

「それは何よりだ。だが、先ずはお祝いを述べさせてくれ。殿下とのご婚約、おめでとう。実に似合いの夫婦になるであろう」


 将軍は我がことのように嬉しそうに笑って俺の肩を引き寄せてくれた。


「しかも、あのアニタ・ブレッツ卿、そしてレベッカとも婚約したのであろう?」

「いろいろ事情がありまして……」

「まったくカンパーニ殿は本当に果報者よ。ついでに儂の娘も貰ってほしいところだが、残念なことに儂の娘は全員嫁いでしまっておるからの。まあ、レベッカが嫁ぐのだからそれで良しとするか!」


 用兵の弟子でもあるレベッカを将軍は娘のように可愛がっているのだ。


「先ずは中に入ろうか。寒さが緩んできたとはいえここは冷える。ドレミー殿とアリスもご苦労だったな。詳しい話は飯を食いながらだ」


 カルバンシア城に戻ってきて俺はどこかで懐かしさを感じていた。

ここも俺にとってなじみ深い場所になっているということだ。

文武の重臣たちと挨拶を交わしながら城の中へと入った。

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