第95話 再び北へ

 夕暮れまでに小さな畑と海岸までの道が完成した。

畑と言っても伐採して石を取り除いただけのスペースだし、道も森を切り開いてスルスミの重量で転圧しただけの林道だ。

それでもずっと住みやすくなったと思う。

アリスのおかげで穀物を貯蔵しておく家屋も作られた。


「ネズミ返しはヤマト国古来の文化でございます」


 高床式の貯蔵庫にはネズミが入り込まないような工夫が凝らされていた。

マシュンゴの小屋の周りではニワトリたちが地中の虫をほじくり出して牧歌的な風景を醸し出している。今度来るときは猫でも連れてこようかな?


 一仕事終えて俺とオーブリーさんは夕焼けの眩しい海でのんびりと釣り糸を垂れていた。


「せっかくの休みだったのにバタバタしてしまって申し訳ありません」

「気にすることないさ。私は島のあちらこちらを探検できたし、久しぶりに狩猟も楽しめたんだ。レオ君には感謝しているよ」


 風は穏やかで海は凪いでいる。

二人で淹れたコーヒーは香ばしく、時間はゆったりと流れていた。


 俺たちの釣果はなかなかのもので、大きな魚を八匹も釣り上げることができた。


「これはメバールといってどんな調理法でも美味しく食べられるんだ」


 元海軍のオーブリーさんは魚に関しても詳しかった。

今夜の夕飯は新鮮な魚料理だ。

フィルをはじめレベッカもアニタもララミーも料理はできないから調理はアリスがしてくれることになった。


「モード・大将かモード・シェフのお好きな方をお選びください」

「大将? レイルランドの将軍位じゃなかったっけ?」

「この場合は寿司を握る職人の頭領をさします。夜はレオ様のために裸の大将にもなれますが……」


 意味不明なお誘いはおいといて、寿司といえば宮園姫香ちゃんの好物じゃないか。

初めて見たイメージビデオのインタビューで言っていたのを覚えている。


「前からずっと興味があったんだ。寿司ってどんな食べ物なの?」

「新鮮な生魚の切り身を酢飯の上にのせた料理でございます」


 生で魚を食べるの? 

北方のルプラザでは生のニシンを酢漬けにして食べる料理があるから、それに似ているのかな? 

俺は食べてみたかったんだけど、ほかの皆がやんわりと反対したので夕飯は魚のポワレになった。

深鍋の下に野菜と魚のアラからとったダシをしいて、白身魚を蒸し焼きにした料理がポアレだ。

アーモンドとバターを使ったコクのあるソースが濃厚な味わいだった。


「とっても美味しいよ。さすがは汎用型オートマタだね。何でもできるんだから」

「先ず胃袋より始めよ。男心を掴むための格言でございます」


 奥さんが料理上手だと家に帰るのが楽しみにはなるな。

アリスが耳元で囁いてくる。


「デザートは私か温かいリンゴのタルトのどちらかを選べますが、どちらになさいますか? おすすめは、わ・た――」

「リンゴのタルトを貰うとしよう」

「……承知いたしました」


 最近ではアリスの発言も軽くスルーできるようになった。

俺も少しは成長できたということかな。



 バルモス島での二日間はあっという間に過ぎて、今日はもう帰る日だ。


「手紙のこと、お頼み申しやす!」


 親戚や知り合いに無事を知らせる手紙をマシュンゴから預かった。


「大丈夫、向こうについたらすぐに出すからね。そっちも頼んだものを作っておいて。必ず買い取るから」

「へい、前金もしっかりいただきましたんで、納期までにはいいものを仕上げときますぜ」


 マシュンゴには資材運搬に使うトロッコのレールを発注したのだ。

これでバルモス島の開発がさらに進むはずだ。

いつかは小型森林軌道を運んでくる予定だ。


 速度はスカイ・クーペの方が早いので飛竜にはアリスと一緒に亜空間に入ってもらった。

こいつも昨日までアニタにこき使われて資材運搬をさせられていたので丁度いい骨休めになると思う。

マシュンゴ一家の見送りを受けてスカイ・クーペは空へと躍り上がった。


   ♢


 俺たちは連日のように忙しく日々を過ごしていた。

俺とララミーは人工魔石の更なる効率化を目指して実験を繰り返していたし、レベッカは新たに編成された北部方面軍の訓練で忙しかった。

この部隊は工兵のみで構成された、いわば城壁を作るための戦う左官屋さん的兵士の集まりだ。

集められたのは日雇いの土木作業経験者がほとんどで、兵士としての練度なんて皆無だ。

魔物の活動が活発にならない冬のうちに少しでも城壁を北に押し上げようとして急いで編成されたらしい。これらの新兵3467人を死なないように鍛えるのがレベッカの役目だった。

 偵察衛星で確認するとカルバンシア城壁の修復はほぼ終わっていて、今は砦の修復にかかっている。

バルカシオン伯爵は冬の間にだいぶ作業を進めたようだ。

今年は例年に比べて雪が少なかったことも幸いしたのだろう。


 モニターを見つめながらフィルがホッと息をついた。


「バルカシオンが頑張ってくれましたね。雪解け前に城壁の修復が終われば防御はずっと楽になります。何か褒美を取らせなければならないでしょう」

「それならもう考えてあるよ」


 俺は前に召喚したカムコーダーというアイテムを取り出した。

これは目の前で起こる事象をレンズを通してそのまま記録できる道具だ。

ボタンを操作すると、画面には3歳になったばかりの可愛らしい幼女が映し出された。


『おじいさま、おちごとがんばってください。リリスはおじいさまのおかえりを、たのちみにおまちしております』


 まるで目の前にいるかのように、あどけない顔をした幼女がカメラに向かって話しかけてくる。


「これは?」

「バルカシオン将軍のお孫さんのリリスちゃんだよ。将軍はリリスちゃんを溺愛しているそうだからね」


 ご家族にお願いして、ご飯を食べる様子やダンスの練習をしている風景までいろいろと収めておいた。


「将軍お気に入りのウイスキーと一緒に渡せば、きっと喜んでくれると思うんだ」

「それなら最高の贈り物になるわね」


 普段は軍人らしい厳めしい顔つきをしているけど、笑うと真っ白な眉毛が下がって途端に好々爺こうこうやの顔になるんだよね。

俺は将軍のその顔を見るのが大好きなんだ。


 正式な帰還前に一度カルバンシアへ戻るつもりだ。

連日のように使者が帝都とカルバンシアの間を行き来しているけど、俺自身がスカイ・クーペで行くのが一番早い。

書面にはできない極秘事項もあるし、新たに認められた開発資金も自身で運べばスムーズに渡すことができる。

護衛の兵士にかかる経費もおさえられるからね。

それに、魔素濃度を測る測定器を国境線の向こう側に設置するつもりでもいる。

これにはアリスの協力が不可欠だ。

俺の腕が上がったといっても、魔物の領域に単独潜入はリスクが高すぎるのだ。


「というわけで、俺とアリス、それからララミーに一緒に行ってもらうことにしたよ。ララミーはスルスミと一緒にカルバンシアに残って、計測と作業を進めてくれるって」

「わかったわ。スカイ・クーペを召喚できたのですからスルスミを手元に置いておくのは惜しいですものね」


 フィルの護送のためにスルスミを持ってきたけど、本当はカルバンシアで作業をさせておきたかったのだ。

移動手段が確保できた今、スルスミにはフル稼働で働いてもらわなくてはならない。

もっとも、メンテナンスのために俺はしょっちゅうカルバンシアに戻ることになるだろうけどね。

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