第94話 ストロベリーフィズ
横でオーブリーさんが起きた気配がして目が覚めた。
「おはようレオ君。まだ早いけど天気は良いみたいだよ」
天幕の間から見える外の風景はまだ薄暗いけど、山鳩の鳴き声が森のあちらこちらから響いてくる。
「おはようございます。昨晩は遅くにお騒がせしてすみませんでした」
フィルたちの深夜の訪問を謝っておいた。
「私は気にしていないよ。いや、少し羨ましいけどね。あんなに可愛い婚約者たちがレオ君のために駆け付けてくれたんだから」
オーブリーさんにそんなことを言われると恐縮してしまう。
「オーブリーさんには恋人とかいないんですか?」
「国に許嫁はいるんだ」
それは初耳だ。
「どんな方です?」
「名前はマリア・ダレスといって同じ騎士の家の娘だ。ソーエンという地方に住んでいてね、素朴だけど優しい人なんだ。しばらく会っていないけどね」
そうか、オーブリーさんはクリスティア殿下の護衛で外国に来ているんだもんな。
相手の人もきっと寂しい思いをしているんだろうな……。
「さあ、レオ君。そろそろ朝食の用意をしないかい? ゲストのご婦人たちに私たちで素敵な朝食を作ってあげようよ!」
オーブリーさんのこういうところが恰好いいと思う。
新しいシャツに着替えてエプロンを身に着けてからテントを出た。
今朝のメインディッシュは夕飯の時に余ってしまった鶏肉のグリルをスープにすることにした。
一度グリルした骨付きチキンを香味野菜と一緒に煮込むと美味しいスープが取れるそうだ。
これに粗くつぶした茹でジャガイモを加えてメインディッシュにする。
スープはコトコトと鍋で静かな音を立て始めた。
「自分はイチゴを川で洗ってきます」
「了解、火の番は任せてもらおう」
このイチゴはエバンスが温室で作った冬イチゴという種類だ。
陛下にも献上されて大変評判が良かったと聞いている。
フィルがバルモス島に行くと聞いて、エバンスがわざわざ持たせてくれたそうだ。
あいつにはバルモスの海鮮をお土産に持っていくことにしよう。
カゴに山盛りのイチゴはつやつやと赤く光っていて実に美味しそうだ。
さっきから甘い匂いが鼻をくすぐっている。
川の方へ行くと風切り音が耳に響いてきた。
見るとアニタが一心不乱に剣を振っていた。
死神のやることはメチャクチャなのだが、こういうところは素直に尊敬できる。
きっと誰よりも早く起きて稽古をしていたのだろう。
「おはよう。朝から熱心だね」
「おはよう。別に熱心なわけじゃない。単なる習慣だ」
喋りながらもアニタの手は止まらない。
剣のうなりを聞きながらイチゴを洗った。
「あと30分くらいで食事ができるから遅れずに来いよ」
「ん~」
アニタからは気のない返事が返ってきただけだ。
大丈夫かな?
心を込めて作ったので、温かくて美味しいうちに食べてほしいのだ。
「このイチゴも凄く美味しいんだぞ。ほら」
ヘタをとった洗い立てのイチゴをアニタの口の前に持っていった。
「ん?」
「食べてみ」
アニタの両手はブロードソードを握っていたので、そのままイチゴを口に放り込んでやった。
「な、美味しいだろう?」
「……うん」
「遅れずに来いよ」
「いく……」
小屋の方へ去っていくレオを見送りながらアニタは赤面していた。
それからブンブンとブロードソードを振り回した。
歓喜が四肢に力を送り、いつもより剣が軽く感じる。
この感覚は何なのだろう?
イチゴとはこんなに美味しいものだっただろうか?
(ライトニング・ブレード!)
身体強化で極限まで高められた肉体から放たれる電光石火の連撃が淀みなく決まった。
残心の構えのままのアニタを幸福とイチゴの香りが包んでいた。
風もなく、日差しも暖かかったので朝食は外で食べることにした。
亜空間からテーブルや椅子をみんなで運んで食事の準備だ。
マシュンゴの家族も招待して朝食にした。
「ご領主様、こちらの方たちは?」
「えーと、俺の婚約者たちと親友と従者?」
「はあ……、なんというか……お盛んですな!」
返す言葉もない。
オーブリーさん以外はみんな女の子だもんね。
フィルが皇女ということは内緒にしておいたほうがいいかな。
マシュンゴをびっくりさせてもいけないし、フィルものんびりとできているようだからこのままにしておこう。
料理はとっても美味しくできていた。
オーブリーさんを見習って俺ももう少し料理の研究をしてみようかな。
こんな風に皆に振舞うことに新鮮な喜びを感じているんだよね。
森の中にスルスミの作動音が響き渡った。
今日中にマシュンゴ一家が使う畑を作り、海岸までの道を整備する予定だ。
パイルバンカーが岩を砕き、アームが根を掘り返す。
スルスミの操縦は慣れているララミーがやってくれている。
カルバンシアではずっとスルスミを使った土木作業を請け負ってくれていたので、この手の作業はお手の物だった。
木の伐採はアニタとレベッカにお願いした。
アニタは俺のフレキシブルワンドを戦斧の形にして一刀両断の下に大木を切り倒し、レベッカはライトブレードを使って仕事に勤しんでいる。
「バカッ! もっと計画的に伐採しなさい。そっちじゃなくてこっちの木よ!」
「フハハハッ! 立ちはだかるものは全て切り倒す!」
……なんだかんだで仲良くやっているようだからここは二人に任せてしまおう。
俺、フィル、オーブリーさん、アリスはマシュンゴの案内で洞窟内を見て回ることにした。
どのような鉱物が採れるか確認したかったし、脱皮した千年ドラゴンの皮も回収しなくてはならない。
ひょっとするとウロコなんかも沢山落ちている可能性もある。
ドラゴンの巣というのは危険だが宝の山なのだ。
オーブリーさんの作り出した火球が洞窟内の岩肌を赤々と照らし出していた。
「便利な魔法ですな。旦那にはずっとここに居てもらいたいくらいでさぁ」
全員が頭につける魔導カンテラを装着していたけど、火球ほどの光は得られない。
「お褒めに与り光栄だよ。この洞窟はどれくらい続いているんだい?」
「アッシもすべての道を把握しているわけではないんですがね、かなりの長さであることは確かですよ」
ワクワク顔のオーブリーさんが洞窟の岩肌をさすりながら尋ねている。
探検好きの護衛騎士は洞窟が大好きだそうだ。
「穴があったら入りたい、という気持ちでございますね」
違うぞアリス。
「それは恥ずかしい時に使う言い回しだろう」
「ああ、穴があったら入れてみ、モゴッ」
口を塞いで最後までは言わせなかった。
入口から1200メートルは歩いたと思う。
途中に何度か分岐やカーブを経て少し大きな空間に出た。
「ここでドラゴンを発見したんでさ」
50m×50mくらいのスペースが目の前に広がっている。
岩肌の表面はランタンの明かりを反射してキラキラしていた。
「崩落を起こさないようにブレスで岩を溶かし固めたようでございますね」
岩肌を解析中のアリスが呟く。
あのドラゴンはそんな技を持っていたんだ。
スルスミで迎撃しないで近接戦闘にもっていったのは結果的によかったと言えるな。
「レオ君! 見たまえ、千年ドラゴンの皮だ!」
部屋の中央には丸く岩石が並べられていて、その中に脱皮したてのドラゴンの皮が落ちていた。
周りには赤いルビーのようにウロコが輝いている。
「これはまたお裁縫のし甲斐がありそうですね」
早速アリスがやる気を見せてくれた。
「この前はバーケンの革で財布を作ってくれたもんね。今度は剣帯(けんたい)を作ってよ」
千年ドラゴンの革で作った剣帯にフレキシブルワンドを差したらきっと素敵だろう。
「剣帯ですか。面白そうですね。ここにあるドラゴンの鱗をあしらったら見栄えもよくなりそうです。すぐにデザインを考えてみましょう」
この手のことなら安心してアリスに任せられる。
「そうだ! オーブリーさんの分も作ってくれないかな?」
「承知いたしました」
いい考えだと思ったけどオーブリーさんは大慌てで遠慮していた。
「そんな、千年ドラゴンの革と鱗なんてダメだよ、レオ君」
「いいじゃないですか。一緒にバルモス島を探検した記念です」
「しかし……」
辞退するオーブリーさんをフィルとアリスも一緒に説得してくれた。
「オーブリー卿、レオは卿を兄のように慕っているのです。どうかご遠慮なさらずに」
「そうでございますよ。私がお揃いのアイテムを作って差し上げます。ペアルックでございますよ」
ペアルック?
「なんでしたら革パンもいいですね。オーブリーだけにブリーフでございます。クフフ……」
その場にいる3人ともアリスが何を言っているか分からなかった。
……きっと、わからない方が幸せなのだと思う。
とにかく皮と鱗の回収はできた。
「アリス、鉱物の埋蔵量はどう?」
「ざっと調べた限りではそう多くはないようです。そもそもが小さな島ですし産業として投資するにはいささか不向きかと」
残念ながら鉱山として大儲けできるほどではないようだ。
だけど埋蔵資源の種類は豊富でレアメタルもいくらかは採掘できるそうだ。
マシュンゴが鍛冶をするにはうってつけかもしれない。
ドワーフが100人くらい定住する集落なら作れそうな気がする。
魔導大全にもあった、魔合金の開発とかをここでするのも楽しそうだ。
後でララミーに相談してみようかな。
人工魔石の開発でもお世話になったし、最近はララミーと一緒に研究開発をすることが多くなっている。
ララミーは元々金属系の物質を召喚するのが得意な召喚士なのだ。
合金についてはきっと興味を持ってくれると思う。
そのうちに魔導大全で読んだ反射炉や高炉、転炉なんてものも開発してみたいな。
俺の夢は少しずつ膨らんでいった。
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