第93話 優等生のわがまま
人の気配でテントを出ると、両手にニワトリの入ったカゴをぶら下げているアリスと目が合った。
「きちゃった……でございます」
いや、ストーカーの女の子じゃないんだから。
ところで何故にニワトリを持っているの?
「ついてくるなって言ったはずだろう」
「だって、会いたかったんだもん……」
可愛く言っても誤魔化されないぞ。
アリスにはフィルの護衛を頼んでいたはずだ。
ポーカーフェイスで予想もつかない行動をとるけど、事情もなく任務を放り出すようなオートマタではないはずだ。
「本当は?」
「フィリシア殿下の護衛で来ました」
「えっ? フィルも来ているの?」
「はい。衛星からの映像で千年ドラゴンとの戦闘を観察していた変態さんが発情いたしまして、どうしてもバルモス島へ行くと我儘を言い出し、殿下はそれに便乗する形でやってきたのです。ついでに常識人を気取る脳筋ロリもセットです。廊下ですれ違ったせいでエロ地味魔女も来る始末……」
あ~、何となく映像が見える。
後ろの方でゴソゴソと音がしたと思ったら、オーブリーさんを起こしてしまっていた。
「フィリシア殿下がお見えなのかい?」
「さようでございます」
時刻は真夜中を過ぎていた。
こんな時間にやってきてどういうつもりなんだよ。
「ごめんねオーブリーさん、ちょっと見てきます」
「フィリシア殿下がいらっしゃったのなら私もご挨拶をしないとね」
オーブリーさんが小さな火球を出してくれたのでその灯りで身支度を整えた。
「すみません、お楽しみのところを」
「ただテントで寝ていただけだよ」
「言い間違えたのでございます。正しくは、『すみません、おやすみのところを』でございます……」
S型第五世代AIは言い間違えもするのだろうか。
それはそれで高性能のような気がした。
「ところでそのニワトリは?」
「バルモスの新しい住民の方へ殿下からの差し入れでございますよ」
二つのかごには6羽のニワトリが入っていた。
マシュンゴの小屋から少し離れた場所に飛竜が翼を休めていて、その近くにフィルたちがそろっていた。
「こんな夜中にごめんなさい。どうしても――」
「レ~オ~ッ!」
アニタがフィルの言葉を遮って飛びついてきた。
おかしな目つきでいきなり突きを入れてくる。
「なんだっていうんだよ!?」
「たぶん生理前だからっ!」
聞きたくない!
何にも聞きたくない!
月ごとに狂暴になるなんてお前は人狼かっ!?
いや、こいつの場合は狂暴になっているんじゃなくて発情しているのだったな……。
「今夜は簡単には収まりそうにない。レオ、イクまで付き合ってもらうぞ」
グラウンドからしめ技にもっていこうと思ったけどタックルが切られた!?
アニタのやつ、一度見ただけの軍隊格闘術を覚えていてしっかり対応していやがる。
前回は勝利を収めたけど今夜は勝てるかどうかわからないぞ。
俺は長丁場を覚悟したが、ふいに背後から近寄ったフィルがアニタにスリーパーホールドをかましていた。
「ブレッツ卿、皆様の迷惑になりますよ」
フィルの細い腕がぎっちりとアニタの首に決まっている。
これを外すのは不可能だ。
「このまま……おやすみなさい!」
「で……ん……かはっ………………」
落ちたか……。
フィルは気を失ったアニタをその場にそっと寝かせた。
伝説のスクール水着を着用していたとはいえフィルの動きも前よりずっと良くなっている。
訓練とマジックプロテインをはじめとしたチートアイテムの成果だろう。
「助かったよフィル」
「いえ。真夜中に騒がせてしまってごめんなさい。ただ、バルモス島に人がいるのが分かったので物資を運びたかったの」
フィルはマシュンゴたちのために穀物や布などの生活必需品を持ってきてくれたそうだ。
アリスの持っていたニワトリもその一部か。
繁殖ができれば肉と卵が安定供給されるもんね。
「ありがとうフィル」
「デカメロン準爵から春になったら蒔くための種もいただいてきたの。促成栽培が可能な品種や、強い品種もあずかってきているから。もちろん騎士爵イモも持ってきたわ」
エバンスのところによって作物の種も貰ってきたみたいだ。
本当によく気が付いてくれる。
「ふぁ……。レオ、亜空間を開いて。もう眠くて限界。明日は島の開発をするんでしょう?だったらもう寝なきゃ……」
レベッカが小さなあくびをして目をこすっている。
俺より年上なのに子どもみたいだ。
だけど島の開発を助けてくれるつもりで来てくれたんだな。
今にも眠りだしてしまいそうなレベッカをとても愛おしく感じて、すぐに亜空間を開いてやって天蓋付きベッドの用意をした。
「このベッドを使ってね。おやすみレベッカ、ゆっくり眠ってね」
「おやすみ、レ……オ……。スー、スー……」
毛布を掛けてやるとレベッカはすぐに小さな寝息を立てていた。
次はララミーのベッドを用意しなきゃね。
「私はスルスミコックピットで休ませてもらいますね」
ララミーはそそくさと自分の定位置に行くつもりのようだ。
「うん。でもね、今はスカイ・クーペという乗り物もあるんだよ。よかったらそっちも使って」
スカイ・クーペのシートの方が眠りやすいと思っての発言だったが、これがマシン大好きララミーの心に火をつけてしまったようだ。
「カンパーニ殿、それはいったいどういった……」
「空を飛べる自動車という乗り物だよ。あっちの隅に駐車してあるから」
「空を飛べる!? どのような原理で飛ぶのですか⁉ 高度は? 速度はどれくらい出るのですか?」
いきなり興奮しだしたな。
普段は無口なのだけど魔道具や魔法のことになると途端に口数が多くなるんだよね。
表情も生き生きしてくる。
俺も嫌いじゃないからいつも付き合っちゃうんだよね。
だけど時間が時間だ。
「今夜はもう遅いから詳しい説明はまた明日ね」
「し、失礼しました」
興奮していた自分を恥じるみたいに俯いてしまった。
それでもスカイ・クーペのドアを開けてやると嬉しそうに中に入っていく。
今夜はここで寝るそうだ。
「おやすみ、ララミー。明日になったらこいつのスペックと操縦の仕方を教えてあげるね」
「あ、ありがとうございます……。カンパーニ殿!」
「うん?」
「明日はスルスミで島の開発をお手伝いします。何でも言いつけてください」
アリスを除けばララミーが一番上手にスルスミを操縦できるもんね。
カルバンシアでだって城壁補修や鉄道の敷設ではいつも助けてもらっている。
「いつもありがとう。本当に感謝しているんだ」
「いえ……」
ララミーにおやすみを言って後部ドアを閉めた。
恥ずかしくないようにウィンドウはスモークにして中が見えないようにしておいてあげた。
アリスは休眠モードに入っていてデータ更新とバックアップを始めている。
気絶したアニタはソファーで横にしておいたらいつのまにか寝ていた。
帝都からここまで一人で飛竜を操縦してきたのだから本当はすごく疲れていたのだろう。
最後にフィルの所へ行くと天蓋付きのベッドの中で着替えを済ませたところだった。
今日はイルマさんを連れてきていないので一人で着替えたようだ。
「みんな眠りについたの?」
「ごめんね。フィルを一番後回しにしちゃって。俺はフィルのプリンセスガードなのにね」
フィルは伏し目がちに微笑みながら首をふった。
「ふふっ、アリスにも言われてしまいましたわ」
「なんて?」
「優等生は構ってもらえないって」
それはあるかもしれない。
家畜を飼っていたときがそうだった。
手のかかる子にばかり目がいって、聞き分けの良い子の世話はどうしても後回しになっちゃうんだ。
「ごめんね、フィル」
「大丈夫です。いつかわがままを言って解消しますから」
いたずらっぽく微笑んで見せてくれるが、これまでフィルがわがままを言ったことなんて一度もない。
「わがままねぇ……。じゃあ、今なんでもお願いをかなえてあげる!」
「それは……」
突然言われても困っちゃうかな?
でも、俺にできることならなんだってやるつもりだ。
国境線を20キロ押し上げてきなさいと言われたってかまわない。
すぐにとりかかってやるさ。
しばらく考えていたフィルは顔を赤らめながら俺の耳元へ薄桃色の口をよせた。
「……………………」
それがフィルの望み?
「ダメですか?」
ダメじゃないけど恥ずかしい。
だけど何でもするって約束したもんな。
俺はフィルの望みを叶えるべく並んでベッドに腰かけた。
そしてフィルの左手を取って優しく握りしめる。
「フィルの優しい心が好きだ。それからすごい努力家のところも。きれいなこの髪の毛も好き。ずっと撫でていたくなる。長い睫毛で人を温かい気持ちしてくれる眼差しも大好き」
フィルのお願いは、俺がフィルのどこが好きなのかを教えてほしいということだった。
だけど数え上げたらいくらでも出てくるんだよね。
「そんなにたくさんのところを好きでいてくれるのですか?」
「まだまだいっぱいあるよ。頭がいいところも尊敬しているし、すごく頑張って勉強していて、物知りのところとかも。でもって可愛らしいこの口も好き。何度見てもキスしたくなる……」
口づけを交わして俺は続ける。
「それからね、フィルはよく周りを見ていて、人に気が使えるところもすごいと思う。あっ、字もキレイだよね。報告書を見るたびに感心しているんだ。あとね……」
「なんですか?」
「正直に言うと……その大きくて形の良い胸も大好き。おこった?」
「怒っていません。エッチなレオも大好きです」
よかった。
多分50個以上、どこが好きかを伝えたと思う。
フィルはとっても満足してくれたみたいだ。
これからもこういう気持ちはきちんと伝えたほうがいいのだろうな。
口にすれば普段は見逃してしまう美点とか感謝の気持ちを思い出せると思う。
おやすみを言ってから、最後にもう一度キスをして亜空間を出た。
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