第92話 正ヒロイン

 ドワーフの名前はマシュンゴといった。

鍛冶師で旅の途中だったそうだ。


「それじゃあ、ラルゴ平原へ行く途中に船が難破しちゃったの?」

「そうなんでさぁ。運よく家族と一緒に救命ボートに乗れたのはいいけど夜のうちに潮に流されちまって、他の人やボートがどうなったかはわからんのです」


 ラルゴ平原は帝国の東にある未開の地で開発が進んでいるところだ。

手に職のある人間には補助金をつけて入植をすすめている。

マシュンゴも念願である自分の店を持てるということで、とある開拓地へ行く途中だったそうだ。


「どうして船は沈んじゃったの?」

「よくわからんのですが、夜中に凄まじい音がして船体に穴が開いちまったようです。おそらく海中の魔物と衝突しちまったんだと思います」


 こうした海難事故はよくあるらしい。

幸い魔物は攻撃してこなかったけど、船は少しずつ沈没していったそうだ。


 そろそろ周囲も薄暗くなってきた。

マシュンゴの家族も心配していることだろう。


「とりあえずご家族のところへ戻った方がいいよね。きっと心配しているから」

「へい。妻たちは西の海岸近くに隠れているはずです。そこにあっし達が乗ってきた救命ボートも隠してありますんで」


 だったらすぐに行ってあげないとな。


「オーブリーさん、一旦海岸に行ってきます」

「だったら自分はここで野営の準備でもしているよ。預けてある雉(きじ)を出してくれないか。料理しておくから」


 空間収納から料理やテントなどの道具を取り出して、あとをオーブリーさんに任せた。


 少し広くなった場所でスカイ・クーペを取り出した。

離陸に邪魔な枝があるからライトブレードで伐採してしまおう。

スパスパと大木を三本切り倒してやると、空がはっきりと見えた。

倒した木も資材として有効に使うために亜空間にしまっておく。


「これでよし。暗くなる前にご家族を迎えにいこうか。さあ、乗って」

「こ、こいつは何なんですかい?」

「うーん……空飛ぶ馬車?」


 怖がるマシュンゴを半ば強引にスカイ・クーペに押し込んで海岸へと向かった。


 海岸には1分もかからずに到着した。

障害物のない空を飛ぶのはやっぱりはやい。


「コンテ! どこだぁ!?」


 マシュンゴが叫ぶと森の中から奥さんと三人の子どもたちが現れた。


「アンタ! よかった……」


 マシュンゴがぶっとい腕で奥さんと子どもたちを抱き寄せている。


「それもこれもこちらのご領主様のおかげよ! おめえたちもお礼を言いな」

「ご領主様? この方が?」


 ちょっと若すぎてびっくりしているのかな? 

奥さんはドワーフらしいがっちりとした体つきをしていて、針金のように太い髪の毛を頭のてっぺんあたりで一つに束ねている。

目はまんまるで愛嬌があった。

子どもたちは全員概ね母親似だ。


「レオ・カンパーニです。初めまして奥さん」


 名乗ると、奥さんや子どもたちもモジモジと頭を下げてきた。

今や西の空は夕焼けで真っ赤に染まっている。

ここもそのうち真っ暗になってしまうだろう。


「いろいろと話もあるんだけど、とりあえずマシュンゴの家に戻らない? ここじゃ落ち着かないし」


 俺がそう言うと奥さんが浮かない顔をした。


「ええ。ですが千年ドラゴンが……」


 ドラゴンの亡骸は俺の亜空間の中だ。


「あいつならもう倒しましたよ。みんなでこれに乗っていけばいいから」


 スカイ・クーペのドアを開けてやると子どもたちの目が輝いた。


 小さな小屋の中で盛大に明かりが焚かれ、ドワーフたちの笑い声が響いている。

ドワーフは酒好きということは知っていたので亜空間からウェッピアを一樽だして振舞ったのだ。

もともとは特戦隊用のお酒だけど、こんなに喜んでくれるのなら出してよかったと思う。

奥さんだけでなく3人の子どもたちまで飲み始めた時はびっくりしてしまったけどね。

末っ子の5歳児でも強いウェッピアをグビグビ飲んでいるんだから、人族とは生まれつきの内臓の強さが違うのだろう。


「本当にありがてえ! この島は食料は豊富なんですが酒を造るには時間がかかりますからな。しかも季節は冬で果実酒一つ作れないときている」

「本当にねぇ。アタシらドワーフにとっては命の水ですからね」


 奥さんが鹿肉の干したものをつまみに出してくれた。

オーブリーさんが作ってくれた雉のローストはとっくに平らげている。

焼き加減も絶妙でとっても美味しかった。


「それで、マシュンゴたちはどうするの? ラルゴ平原に行くのなら送り届けてあげるけど」


 スカイ・クーペなら半日あれば行けるはずだ。

だけど、マシュンゴは腕を組んでうなりだした。


「それなんですがね……もし、カンパーニ様のお許しがあるならここで仕事をさせてもらえないでしょうか?」

「バルモス島で? だけど、島民なんていないし、暮らしていくのだって大変じゃない?」

「まあそうなんですが、この島は鉱物に恵まれていましてな。しばらくここで鉄を叩いてみたくなってしまいやした」

「俺は別にいいけど大丈夫かな?」


 生活必需品など売っていないのだ。


「獲物は豊富にいるんで肉や魚には困りやせん。春になったら畑を耕しますし木の実や山菜だって採れまさぁ! 叩きたくなったら叩く! それがドワーフの心意気ってもんでござんす」


 マシュンゴの家族たちもウンウンと頷いている。


「わかった。だったらマシュンゴの好きにしていいよ」


 こうしてバルモス島に新たな住民が移住してきた。


   ♢


 フィリシア、レベッカ、アリスは上空から映し出されたバルモス島の映像を見つめ続けていた。

モニターには夜にもかかわらずマシュンゴの小屋が映し出されている。


「今夜のお風呂イベントは諦めた方がいいようですね。せっかくオーブリー卿とのあられもないツーショットが拝めると期待していたのでございますが……」

「バ、バカッ! 覗き見なんて、はしたないことをするわけないじゃない!」


 レベッカは顔を赤くしていた。


「そうでございますか? もっとも男二人のお料理シーンもほっこりとしていてよかったですよね。エプロンをつけたレオ&オーブリーも尊いと言えば尊いです」

「本当にバカみたい。そりゃあエプロンをつけたレオは可愛かったけど……」


 レベッカはBLには全く興味がないのだ。

なんの動きもないままの画面を見つめている一同であったが、そこへアニタが駆け込んできた。


「喜べみんな! 飛竜の使用許可が下りたぞ!」


 アニタはレオと千年ドラゴンの戦いを見て居ても立っても居られなくなり、恍惚とした表情でバルモス島へ行くと喚きだしたのだ。


「よく使用許可が下りましたね?」


 突然の申請にもかかわらずすぐに許可が下りたことにフィルも驚きを隠せない。


「千年ドラゴンの皮が手に入るかもしれないと重臣たちに宣伝しておきました」


 前述のとおり千年ドラゴンの皮は滅多なことでは手に入らない。

また衣料系のマジックアイテムを作る希少な素材でもあり、その価値は計り知れないのだ。

レオが売却を考えているのなら帝室としては是が非でも手に入れたいし、他の貴族にしたって切れ端でもいいから譲ってほしい気持ちがあった。

レオの婚約者であるアニタに少しでも恩を売っておこうという腹積もりだったのだ。


「ついでに休暇の申請も通りました! 今からレオに会ってきます」

「レオの許可も取らずに勝手なことをして」


 アニタは少しだけ意地悪そうな顔になった。


「あれ? 殿下は行かないのですか? わざわざお誘いに来たのにぃ」

「それは……すぐに準備をします」

「私だって行くんだからね!」


 レベッカもすぐに口を出した。


「ちびっこも来るのか?」

「私はレオから直接殿下の護衛を頼まれているの! 行くに決まってるでしょう」


 フィリシアはイルマを呼んで食料や衣料の準備を言いつけた。


「それから麦や豆など保存のきく穀物を300キロずつ、バター、ウェッピアも要るわね。木綿の生地も用意させて」

「承知しました。随分とたくさんの物資が必要なのですね」

「ええ。見た感じではバルモス島の領民が難儀しているようです。それを保護するのは領主であるレオの務め。そしてそれを助けるのは妻になる私の役目ですから」


 フィリシアの発言を聞いて、他の者たちも思うところがあったのだろう。


「私は飛竜の様子をチェックしてきます。ご準備ができたら竜舎へおいでください」


 アニタはキビキビとした足取りで部屋を出ていった。


「私もマルタ隊長と関係各所に殿下のお出かけを報告してまいります」


 レベッカもすぐに行動に移った。

フィリシアは一人部屋に残ったアリスに声をかける。


「アリスも魔石を補充しておきなさい」

「え?」

「万が一に備えてずっとレオの周囲を警戒しているのでしょう? そういう時は魔石の消費量がぐんと上がると聞いていますよ」

「まったく……敵いませんね。ですが老婆心ながら一言だけよろしいでしょうか?」


 アリスは真剣にフィリシアの顔を見つめた。


「なにかしら?」

「優等生というのは放置される宿命を背負っております。気が利きすぎるとレオ様に構ってもらえなくなるかもしれませんよ」


 アリスの発言にフィリシアは余裕の笑みを崩さない。


「あら、アリスともあろう者が知らないのですか? レオは優等生が大好きなのですよ」


 ポーカーフェイスのオートマタがびっくりしたように目を見開く。

そしてニヤリと笑った。


「さすがは正ヒロインでございます」


 深々と頭を下げるアリスに背を向け、フィリシアは着替えのために自室へ戻った。

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