第91話 レオは素材が欲しい
ゆっくりと周囲を警戒しながら俺は小屋へと歩いた。
アリスほどではないにしろ俺も人の気配を察知するのは得意だ。
アニタに鍛えられた身体強化で五感をフル稼働させて歩く。
少し離れた所でオーブリーさんも木々の間を横の方へ移動しているのが分かったが、小屋の方に人の気配はなかった。
「ごめんくださ~い!」
警戒させないように元気な声で挨拶してみたけど返事はなかった。
しばらくすると隠れていたオーブリーさんも藪から出てきて俺の方へと歩いてくる。
「この周辺に人はいないようだね」
「やっぱりそうですか。中も確認しておいた方がいいかな……」
ドアをノックしてから掘立小屋の扉を外した。
ドアに蝶番(ちょうつがい)はなく戸板が入り口に立てかけてあるだけの状態だったのだ。
予想通り小屋の中には誰もいなかったけど生活の痕跡があった。
表面の一部を削り平らにした丸太を三本組み合わせたテーブルが一つ。
その周りに切り株の椅子が五組。
テーブルの上には食器が重ねられておいてある。
小屋の裏手に回ってみるとカマドや炉が作られていて、鍛冶をするための道具が整然と並べられていた。
丸太小屋に比べてこちらはかなりきちんと作りこまれている様子だ。
「レオ君、あっちに洞窟の入り口が見えるよ」
小屋の前から細い道が山の斜面へと続いていた。
その先には草の生えていないごつごつとした山肌があり、側面には巨大な魔物の口のように穴が開いている。
洞窟は自然にできたものなのか、はたまた人の手によるものかは不明だった。
「小屋の住人は洞窟の中にいるのかもしれないな」
「うん。自分がちょっと見てきます。オーブリーさんはここで待っていてよ」
そんな会話をしていたら、忍び足でこの小屋に近づく者の気配を感じた。
洞窟の方からではなく海岸側からやってきている。
その人はずんぐりとした体型ながら筋骨隆々の体つきをしていた。
口には針金のような黒いひげをたくわえ、眉毛も髪もぼうぼうだった。
手には鉄製の槌を握りしめている。
いわゆるドワーフと呼ばれる種族の人だ。
鉱山の街であるゲルンなどだと人口の90%がドワーフだったりするんだけど、帝都でもその数は少ない。
ラゴウ村にいた時は見たこともなかった。
「こんにちは!」
余程驚いたのか、俺の元気なあいさつにもポカンと口を開けたまま、しばらくは喋れない様子だった。
「自分はレオ・カンパーニといいます。この小屋の持ち主ですか?」
続けて質問するとそのドワーフは低い声で俺たちに静かにするように言ってきた。
「静かに、奴に気づかれる」
奴?
「どうしたんですか?」
声を潜めて聞いてみるとドワーフは洞窟の方を指さした。
「ここは危険なんだ。こいつは千年ドラゴンの巣だ」
「千年ドラゴンだって!?」
長命種のドラゴンであり、何度も脱皮を繰り返してそのたびに革が硬くなると言われている恐ろしい魔物だ。
ちょうど休眠期で地中深く眠っていたから、前に来たときはアリスのセンサーにも引っかからなかったようだ。
「せっかくいい鉱石が採れると思ったのによ。あんたたちも早く逃げたほうがいいぜ」
「貴方はなんで逃げないんですか?」
「荷物もそのままで妻と子どもたちは海岸まで避難させた。俺は仕事道具を取りに帰ってきたんだ」
小屋の裏にあった鍛冶道具のことだな。
「ドラゴンを見つけたのは今朝のことだ。ちょうど休眠期を終えて脱皮が始まったところだった。脱皮が終われば奴は巣穴から出てくる。時間が無いんだ」
ドワーフはそれだけ告げると背中に背負った革のバッグに仕事道具を詰め始めた。
「どうするレオ君?」
ここはいったん引いて情報を集めるのがいいだろう。
このドワーフとその家族の安全を最優先に考えるべきだ。
他国の騎士であるオーブリーさんを危険にさらすわけにもいかない。
だけど、状況がこの考えを許してくれなかった。
「ギャアアアアーン‼」
空気を裂くような甲高い咆哮と共に巨大な生物が宙に躍り出ていた。
全身が赤い鱗で覆われた巨大なドラゴンだ。
全長は20メートル以上ありそうだが、畳んだ翼を広げればもっと大きいかもしれない。
こことは違う洞窟の入り口から出てきたようだった。
ドラゴンは巨大な岩塊の上にとまり周囲を見回した。
「オーブリーさんはこの人と一緒に逃げて!」
「しかし――」
続く言葉を聞いている暇はなかった。
俺たちを見つけたドラゴンが一直線にこちらへ飛びかかってきたのだ。
ホルスターからニューホクブを抜き正面からドラゴンの顔面に全弾を命中させたが、かすり傷を負わせた程度にしか効いていないようだった。
だけど、そのおかげでドラゴンの敵意は俺一人に向けられている。
とにかく二人に危害が及ばないようにこの場を離れる必要があった。
体ごとぶつけてくるような噛みつき攻撃を紙一重で避け、槍にしたフレキシブルワンドで一撃を入れたが、硬い表皮に攻撃ははじかれた。
強化魔法で身体能力を最大限まで上げてドラゴンに対峙する。
フレキシブルワンドは元通り腰に巻いた。
こいつの表皮を切り裂くにはライトブレードを使うしかない。
起動させると低い振動音とともにプラズマの光刃があらわれた。
出力を最大まで上げてドラゴンと並走するように動いた。
本当は広い場所まで行ってスルスミを使って迎撃するのが一番簡単なんだけど、俺は自分の手でこいつを討ち取ることにこだわった。
最初の攻撃をかわしたときになんとなくやれそうな予感がしていたし、ガトリングガンやロケットランチャーを使いたくなかったのだ。
どうしてかといえば千年ドラゴンの皮を綺麗な状態で欲しかったからだ。
「アリスに頼んで千年ドラゴンのマントを作ってもらうんだ!」
千年ドラゴンは非常に希少で強力な魔物だから、その革は滅多なことでは手に入らない。
どうせなら綺麗な皮を少しでもたくさん入手したいのだ。
スルスミのボディーでも簡単に引き裂きそうな前足の攻撃をかいくぐりながらドラゴンの隙をうかがった。
そしてうまく背後に回れた瞬間に、フレキシブルワンドを鞭の形状にしてドラゴンの翼の根元に巻き付け、奴の背中に飛び乗る。
すぐに尻尾で攻撃してきたが、それをよけて飛び降りた時には翼の根元の筋肉を断ち切っておいた。
「キシャーーァアア‼」
痛みに首を伸ばし、憎悪の叫びを上げるドラゴンが巨大な口を開けて俺へと肉薄してくる。
その勢いを高速回転で受け流しながらドラゴンの鼻の上を撫でるように移動して眉間にライトブレードを突き刺した。
俺の後方でドラゴンの巨体が音を立てて大地に沈んだ。
プラズマの熱で脳の一部が焼けてしまっているはずだ。
溶断されていて出血はないが、脳のたんぱく質が熱で変性しているから、もうまともに動くこともないだろう。
ちなみにたんぱく質のことは魔導科学大全の中に出てきたから知っているんだよ。
もう少しで3巻が読み終わる。
「レオ君、ケガは!?」
オーブリーさんが駆け寄ってきた。
「大丈夫です。それよりもドラゴンは一匹だけですかね?」
「この種類は繁殖期にならない限り1匹で行動するのが普通だ。脱皮したばかりということはまだその時期じゃないし、つがいなら一緒に襲ってくるはずだよ」
それなら一安心だ。
呆然とこちらにやってきたドワーフに声をかけた。
「もう大丈夫ですよ。早くご家族に伝えて安心させてあげてください」
ドワーフのおじさんは震えながらドラゴンの亡骸を見つめていた。
「あんた、……何者なんだい?」
もう一度きちんと挨拶しないとな。
「自分はバルモス男爵、レオ・カンパーニ。この島の領主です」
「ご領主……様?」
ドワーフのおじさんはペタリとその場に座り込んでしまっていた。
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