第90話 バルモス島再上陸

 昼時にはバルモス島へ到着した。

相変わらず人工物は何もない島だが、上空から見ると小高い山や島の形などがよくわかって楽しかった。

着陸は以前に上陸した砂浜に決めていた。

あそこなら近くに小川が流れているし、お風呂用に作ったプールもある。

ふと、アリスとレベッカの姿を思い出して心臓がどきりとしてしまった。

局部を石鹸の泡で隠した二人の姿は今でもはっきりと思い出せる……。

いかん、落ち着かなくては。

何か別のことを考えよう。

……オーブリーさんが大事なところを泡で隠している姿を想像してしまったよ。

とっても爽やかな笑顔だった……。

こんなアホなことを考えるのもアリスのせいだ!

アイツの漫画と小説が俺の脳に悪い影響を与えているに違いない。


「どうしたんだい、レオ君?」


挙動が不審だったようだ。


「ちょっと今夜の風呂をどうしようかと考えていまして……。前にここに来たときは焼いた石を水に入れてお湯を沸かしたんですよ」

「そんなやり方でもお湯を沸かせるんだね。でも今回は私に任せてもらおう。火炎魔法は得意なんだ」


 オーブリーさんのギフトは「大地の焔」という特殊なもので、地属性と火属性両方の魔法を使えるそうだ。


「着陸したら昼ご飯の用意をしよう。それから探検開始だね」

「はい。今回は川を遡上してみたいと思っているのですがいかがでしょうか?」

「実に面白そうだ。未開の地の探検というのは心躍るものさ」


 冬だから日暮れは早いけど、まだ時間はたっぷりある。

今日だけでも何キロかは川をさかのぼれるはずだ。


 早く探検に出発するために昼食は簡単に済ませることにした。

以前に俺が召喚したアイテムを使ってしまおう。


####


名称 キャンベラスープの詰め合わせ

説明 缶入りのスープ。水や牛乳を加えると美味しいスープが出来上がる。ミネストローネ、クラムチャウダー、コーンクリーム、パンプキン、チキンマッシュルーム、ブイヤベースの六種類がある。食べると体力・反射速度・魔力量が微上昇する。


####


 スカイ・クーペを着陸させると近くの雑木林でさっそく火を焚いた。

浜辺は風が強かったけど木々の間に入ると嘘のように静かになる。

まるで森が俺たちを守ってくれているようだ。

オーブリーさんの土魔法でカマドを作り、火炎魔法で火も点けてもらう。

カマドの上に鍋を乗せてスープを温めればすぐに完成だ。

一缶で二~三人前のスープが取れると書いてあったけど全然足りなかった。

異世界の人は小食なのかな? 

俺とオーブリーさんでミネストローネとチキンマッシュルームをシェアしてちょうどいいくらいの分量だ。

あっという間に美味しいスープができあがった。


「レオ君、パンが焼けたよ」


 パンはオーブリーさんが魔法を使って焼き直してくれた。

絶妙な火加減で焼き立てみたいにふっくらしている。


「すごく美味しいですよこれ!」

「士官学校の頃からやっていたから、すっかり得意になっているんだよ。下士官の時は上官のためにパンの焼き直しをやっていたこともあるくらいだからね」


 貴族とはいえ下級貴族の次男坊ではいろいろと苦労したんだろうな。

今でこそクリスティアナ殿下の護衛騎士だけど、それまでは海軍の大尉をしていたそうだ。

だからオーブリーさんは海についていろいろと詳しかった。


「生活のために軍人になったけど、本当は冒険家になりたかったんだ。船に乗って世界中を旅する冒険家にね」


 生真面目そうなオーブリーさんには護衛騎士の役がよく似合っていると思うけど、海風に髪をなびかせて波頭を超えていくオーブリーさんも恰好いいと思う。

イケメンは何をやっても様になるのだろう。

二人とも皿の底に残ったスープまでパンでぬぐい取ってきれいに昼飯をたいらげた。


 昼食を食べ終わるとさっそく遡上を開始した。

冬で降水量が少ないせいか川幅はさらに細くなっていて、両側にはゴロゴロとした岩がむき出しになっている。

俺たちはその石の上を伝って川をさかのぼった。

木々の間からは正面に小高い山が見えている。


「きっとあの山から水が流れだしているのでしょうね」

「そうに違いない。動物たちもこの川を水飲み場にしているようだね」


 わずかに残った雪や、河原の泥にはシカやヤギとみられる動物の足跡が無数についている。

荷物はすべて亜空間に放り込み、狩猟用の弓矢だけを手にして俺たちは進んだ。

オーブリーさんは自前の弓矢を、俺はオマリーにプレゼントした滑車(カム)とケーブルのついたコンパウンドボウを再召喚して持ってきている。

もっとも弓矢は使ったことがほとんどないので狩猟はオーブリーさんに任せた方がいいだろう。

もしやるのならニューホクブで狙撃した方がよほど当たると思う。

音がうるさいから他の動物は逃げてしまうと思うけどね。


 二時間くらい歩いたとき突然俺たちの目の前にキジが飛び出してきた。

鮮やかな羽の色からしてオスのキジだ。

オーブリーさんは咄嗟に背中の矢筒から矢を取り出して弓に番った。

俺はというと弓を捨て、ホルスターからニューホクブを抜いていた。

条件反射ってやつだ。

なんとか引き金をひくのは思いとどまり、オーブリーさんに猟を委ねた。

相手は魔物じゃなくてただの鳥だ。

他の動物たちをびっくりさせることもない。

 オーブリーさんの放った矢は見事に獲物に命中して、キジはその場に倒れた。

中途半端なところに当たるとそのまま逃げだして探すのが厄介なのだが、うまく急所に命中したようだ。

大型の動物だとほとんどの場合は即死などしないので、犬を使って後を追わせるのが一般的だ。

今回は運が良かった。

 オーブリーさんの獲ったキジは大きくて食いでがありそうだった。


「これだけあれば夕飯には十分すぎるくらいだね。後で私がオーブン焼きにしてあげるよ」

「こんなところでオーブン?」

「私の得意魔法は土属性と火炎属性だよ。得意料理もおのずとロティーになってしまうのさ!」


 ロティーとはオーブン焼きのことで、土魔法で簡易のオーブンを作ることができるそうだ。

火炎魔法尾おかげで火加減も自由自在とのことだ。


「少し強めの岩塩とスパイスとハーブをしっかり付けた味付けにしよう。こういうところでは野趣の溢れる料理の方がおいしそうだろう?」

「うん。それに合わせるのは赤ワインかな? ウェッピアや召喚したウイスキーとかの蒸留酒もいいよね」


 料理や酒のことを話している間に、俺たちの仲もどんどん親密になっていくようだった。



 太陽は西の方角へ傾き、夕方になろうという時刻になっていた。

そろそろ今夜の宿営の準備を始めなければならない。


「オーブリーさん、どこか適当な場所を見つけてテントを張ろうよ」

「それがいいな。平らで水はけのいい場所は……」


 オーブリーさんは大岩の上に登って辺りをきょろきょろと見まわした。


「どう? よさそうなところはあった?」

「しっ!」


 突然オーブリーさんは唇に指をあてて俺を手招きする。

ひょっとして鹿の群れでも見つけたのかな? 

大地を蹴って一気に大岩の上まで飛び乗った。


「何かいましたか?」


 小声で尋ねるとオーブリーさんも周囲を警戒したように声を潜めた。


「レオ君、ここは無人島だったよね?」

「そのはずだけど……」


 オーブリーさんは無言で指をさした。

視線でその先を追うと木々の間に掘立小屋のようなものが見える。

丸太を組み合わせただけの雑なつくりに見えた。

ひょっとして人が住んでいるのか? 

衛星からの画像では集落などは確認できなかった。

だけど空からの映像では森の中までは分からない。

それに、あの小屋は比較的新しいものにも見えた。


「調べてみようか?」

「はい。俺が前衛でいくからオーブリーさんはバックアップをお願いします」


 ベルト状にして腰に巻いていたフレキシブルワンドを棒の形にした。

相手がどんな人かわからないから一応の用心のためだ。

オーブリーさんには茂みの中に隠れてもらった状態で俺は歩き出した。

もしも人がいるのならきちんと挨拶をしておきたい。

よく考えたらここは俺の領地だから、ここに住んでいる人がいるのなら俺の領民ってことになるよな。

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