第89話 休日はキャンプにいこう

 アリスは三日後に帰還した。

手には大ぶりの革鞄を提げていて、中にはぎっしりと魔石が詰まっていた。


「末端価格で100万レナールは下らない量でございます」


 ドラッグの売人みたいだな!


「それにしてもお洒落なバッグだね。これはアリスが作ったの?」

「はい。現地で売っていたバーケンの革で作りました。モード・お針子でございます。欲情しますか?」


 欲情はしないけど感心はする。

バーケンというのは地を這う魔物で南方に住むワニという爬虫類に似ている。

強靭な顎と歯を持ち、水族性の魔法を使う厄介な相手だ。

その皮は独特の凹凸を持ち、磨き抜かれて洗練された光沢と風合いを醸し出していた。

強度も牛革などと比べて30倍以上あるそうだ。

アリスは倒したバーケンの皮10枚で、1枚のなめし革と交換してもらったそうだ。


「見れば見るほどお洒落だよね」

「革はまだありますのでレオ様のお財布やベルトなどを作ってみましょうか? うふふ……お揃いでございます」

「ありがとう。楽しみに待っているね」


 アリスは翌日にはベルトを、その次の日には財布を作ってくれた。

手になじむし、お洒落で使いやすいのでとても気に入っている。

その後、同じものをフィルも欲しがり、アリスはもう少し小ぶりのバッグをフィルのために作っていた。

やがてアリスの作ったバッグは帝都の貴族たちの間で大流行する。

これがのちのバーケン・バッグの始まりだった。


 陛下とアリスのおかげで魔石不足は解消された。

帝都にいる間は魔石の心配はしなくて済みそうだ。

スカイ・クーペにも心置きなく乗ることができるぞ。

自分の操縦では飛行モードは未経験だから、次の休日はバルモス島まで行ってみることにしている。

一人で休日を満喫するのもたまにはいいだろう。



「どうしたんだいレオ君? なんだか嬉しそうだけど」


 スカイ・クーペのことを考えていて表情が緩んでいたらしい。

とあるパーティーで再会したオーブリー卿につっこまれてしまった。


「これはお恥ずかしいところをお見せしてしまいました。実は明日から4日ほど休暇をいただいているのですが、遠出をしてみようかと思っているのです。たまには自然の中でキャンプでもしてみようかと考えています」


 スカイ・クーペを使ってバルモス島へ行く計画を立てているのだ。


「ほほう、それは面白そうですね。実は私も明日から休暇をいただけるのです」


 クリスティアナ殿下は学院の行事で明日から一週間、ご学友の侯爵令嬢の家に泊まり込みになるそうだ。

少し心配していたけどクリスティアナ殿下も帝国の風土に馴染み、学院生活を楽しんでおられるようだ。


「オーブリーさんはキャンプとかに興味はありますか」

「私も子どもの頃は兄と一緒に領地の古城へキャンプに行ったものです。城と言っても屋根など崩れ落ちている建物で、テントを張ったり料理をしたりと楽しんだものですよ」


 へぇ、貴族の子どもはそんなことをして楽しむんだな。


「あの、もしよろしかったらオーブリーさんも行きませんか?」

「それは実に嬉しいお誘いだ! 是非一緒に参りましょう。こう見えて狩猟と料理の腕は悪くないのですよ」


 それは楽しみだ。

俺も料理をするのはラゴウ村にいた時以来だな。


「それで、どこにいくのかな?」

「そのことなんですが、自分の領地であるバルモス島へ行こうと考えています」


 オーブリーさんは驚きの表情を見せた。

それもそのはずで帝都からバルモス島まではかなりの距離がある。

往復となると半月はかかってしまうほど離れていた。


「大丈夫です。ここでは言えませんが、楽に行って帰れる方法がございますので」

「そうですか。レオ君のことだからきっととっておきがあるんだね」


 オーブリーさんの瞳が少年のように輝いている。


「ええ。きっとオーブリーさんも喜んでくれると思いますよ」


 俺たちは笑顔で頷き合った。


「素晴らしい……、これはじっくりと観察しなくてはなりませんね」


 少し離れた場所でアリスがぶつぶつと呟いていた。


「アリスは来ちゃだめだからね」

「ご無体な! それはどういった罰ゲームですか⁉」

「よくそんなことが言えるな! クリスティアナ殿下にあんな漫画を送り付けておいて」


 アリスはこともあろうか俺とオーブリーさんの恋愛漫画を殿下にお見せしてしまったのだ。


「たいへんご好評で、殿下からも続刊を早くとご所望いただいております」


 胸を張るな! 

オーブリーさんも苦笑しているではないか。

アリスの作品は貴族の子女の間で一部熱狂的なファンまでいるらしい。

エカテリーヌ剛田は確実に信者を増やしているのだ。

今夜だってオーブリーさんと並んで立っているだけで変な視線をいくつも感じている。

その一方で熟女マニアの噂は立つし、側室を何人も募集しているなんて言うフェイクニュースも駆け巡っている。

俺はそんな無節操な人間じゃないからなっ!


「とにかくアリスは帝都にいてもらうからな。フィリシア殿下の護衛も頼みたいし」


 不承不承(ふしょうぶしょう)アリスは承知していた。




 出発当日の朝はよく晴れていた。

この晴天は数日続くというのがアリスの予想だ。

気象衛星コマワリを使った天気予報はデータの蓄積と共に少しずつ精度を上げている。

将来的には年間予想も可能になるだろうとのことだった。

 スカイ・クーペを帝都で走らせるのは目立ちすぎるので、特戦隊の馬車で郊外まで送ってもらった。

大規模な穀倉地帯を抜けて森を越えると周囲に人影はなくなっていた。


「本当に護衛は必要ないのですか? 必要なら自分もついていくようにとマルタ隊長から命令を受けています」


 いつものように御者を引き受けてくれたクロード伍長が心配してくれる。


「大丈夫だよ。単に休日を楽しむだけなんだから。4日後の日暮れにここに来てくれればいいから」

「承知しました。それでは楽しんできてください」


 伍長は敬礼を一つして馬車で走り去った。

俺は馬車の姿が完全に見えなくなるまで待つ。


「もう少し待ってくださいねオーブリーさん。これからお見せする物は秘密の道具ですので」

「なんだかワクワクしますね。少年の頃に戻ったような感じですよ」


 オーブリー卿も目を輝かせながら待っている。

そして、クロード伍長の乗った馬車が森の針葉樹の間に消えた。


「じゃあ、ここに乗り物を出しますね」


 少し開けた平らな場所を選んでスカイ・クーペを取り出した。


「おお!! ……なんですかこれは?」

「自動車という異世界の乗り物です。これで空を飛んでバルモス島までまいります」

「空を!?」

「はい!」


 助手席のドアを開けてオーブリーさんに中に入るように促した。

俺は運転席に座って呼吸を整える。

運転方法は完璧に頭に入っているけど初めての経験だから緊張してしまうな。


「空を飛ぶのは士官学校の時以来だよ」

「飛んだ経験が?」

「士官学校ではグリフォン騎乗が必須項目でしたので」


 レイルランドではそうなんだな。


「それでは垂直離陸をしますよ」


 スカイ・クーペはボディーカラーを好きに変えることができる。

今日は目立たないように空と同じ色にしておいた。

この色で高高度まで上昇すれば目視することは不可能だろう。

車体は音もなく上昇した。

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