第60話 海岸の灯りを目指して
西から迫るハーピーの群れは禍々しい声を立てながら沈みゆく太陽を埋め尽くさんとしていた。
「召喚! いでよスルスミ!」
地形など考える暇もなく森の中でスルスミを呼び出す。
少しぐらついたが、スルスミは自動で斜面を感じ取り安定した状態になった。
「アリス、スルスミに搭乗してハーピーを迎撃しろ! レベッカは俺と一緒にオプトラル・クルメック号の救援へまわってくれ」
「レオ様!」
アリスが反論しようとするが俺はそれを許さない。
「すべての武器の使用を許可する。六連ミサイルランチャーも出し惜しみするな!」
空を飛ぶハーピーにロケットランチャーが有効とは思えなかったけど使える物は全て使ってほしかった。
アリスは俺の勢いに押されて黙ってしまったが、彼女の言いたいことはわかっている。
硬い装甲を持ち、アクティブ防御システムとよばれる魔法攻撃の軌道を逸らす機能を持ったスルスミの内部は完璧な安全圏と言える。
アリスにしてみれば俺にはスルスミの内部に留まってほしいのだろう。
だけど、スルスミの弾薬には限りがある。
アリスの能力なら全ての弾薬を命中させることは可能だろうが、ハーピーの数が多すぎるのだ。
俺たちが行かなければ船に被害が及ぶ。
「アリスがスルスミを操るのが一番効率がいいんだろう? なにせスルスミはAI搭載型オートマタとの親和性を重要視して作られているんだから。だったら船の救援は俺が行かなくちゃ」
「レオ様……中途半端な知識をつけやがって! でございますよ」
アリスは諦めたようなため息を吐く。
「アリス、ありがとう」
「仕方がありませんね。スルスミで迎撃。全弾撃ち尽くした後は海岸から石ころで狙撃に移行します」
「頼りにしているよ。レベッカはホバーボードで船まで移動。全体の指揮をとってくれ」
「任せておいて!」
「武人の資質」というギフトを授かったレベッカの真骨頂は個人の技量ではなく全体の統率にあった。
レベッカの戦闘力はもちろん高い。
闘技大会で優勝するレベルにあるのだからそれは当然だ。
だけど、個人戦では俺やアニタに勝つことは難しいだろう。
端的に言ってしまえばほとんど不可能だ。
しかしながら一軍を指揮するという意味では俺やアニタよりも遥かに高い次元にいる。
いずれは将軍位に就いてもおかしくはない逸材なのだ。
近衛軍の一角である左翼府を任せられていたのは伊達ではない。
カルバンシア国境線において堅実かつ強かな戦闘では定評のあるバルカシオン将軍に用兵を学び、更なる成長も遂げている。
バルカシオン将軍をして「引退間近の老体が、人生の終わりに最良の弟子を得た」と言わしめるほどなのだ。
ホバーボードに乗るか乗らないかのうちに周囲の空気を震わせながら機銃の発射音が響き渡り,夕焼け空を血で染めながらハーピーが次々と地上に落ちていくさまが確認できた。
怨嗟の声を上げながらハーピーはこちらに攻撃を仕掛けようとしたが、スルスミの遥か前方で次々と撃ち落とされていく。
ハーピーは毒を持つ羽を飛ばす遠距離攻撃ができるのだが機銃の射程にはとても及ばない。
なす術もなく仲間の死を目の当たりにしたハーピーは憎悪の対象を他に求めた。
南東の波間に浮かぶ見慣れない船に向かってハーピーの群れが移動していく。
「くそっ、船に気づかれた!」
「大丈夫よ。アリスが群れの先端に向けて攻撃を仕掛けているわ。必ず間に合う!」
船の方でもハーピーに気がついたようで船員が弓を持って甲板に待機しているのが見える。
魔法を使える兵士も準備を整えてハーピーが射程に入るのを待ち構えているようだった。
敵との距離が100メートルを切った時点で船からの魔法攻撃が始まった。
ファイヤーボールやライトニングボルトがハーピー側に飛んでいくが、弓による攻撃はまだだ。
遮蔽物のない海上では風が強く、殺傷能力の高い重い鏃を使っているので飛距離は落ちる。
動く対象物が相手では50メートルの距離でも中てることは難しいだろう。
弓兵長は魔法補正で抜群の命中力を生み出せるのだが一人では焼け石に水だ。
だが、そんなささやかな攻撃でも一定の効果はあった。
船からの攻撃によりハーピーの動きが僅かに止まった瞬間を狙って、スルスミのグレネードが側面から群れを襲ったのだ。
前後に詰まった状態だったので爆発に巻き込まれたハーピーの被害は少しだけ大きくなっている。
たまらずハーピーは四散したが、今度はジグザク回避行動をとりながらの接近にかわったので進撃スピードは著しく落ちていた。
俺とレベッカのホバーボードは最高速で船に近づきつつあった。
敵に銃弾を撃ち込みながら甲板へと飛び移る。
弾を再装填して全弾を撃ち尽くすと戦闘は近接戦に移り始めた。
弾切れのようでスルスミからの火力支援は途絶えていたがアリスキャノンは断続的に続いており、肉と血の雨を降らせながら次々とハーピーが石ころによって爆散している。
緑色をしたハーピーの血を浴びながら(今夜は絶対にお風呂に入りたいな)そんなことを考えながらフレキシブルワンドを槍の形状にして戦った。
空からの攻撃を受けているので圧倒的にこちらが不利なのだがハーピーの数も既に激減している。
残りは100体を切っているだろう。
ハーピーとしてはある程度距離を取って毒羽を飛ばす攻撃がしたいのだろうが、船から離れているとアリスキャノンの餌食になるので嫌でも接近戦に追い込まれているようだ。
身体強化魔法による、集中力上昇、反応速度上昇、視野上昇、筋力上昇、感覚上昇――。
脳裏にアニタの顔が浮かぶ。
あの型破りな性格に振り回されることばかりだが、アニタのおかげで強化系の魔力操作がうまくなったのも事実だ。
今回は海の幸でもお土産に持って帰ることにするか。
フレキシブルワンドを鞭のような形状にしてメインマストの上に飛び移った。
ここまで上がれば周りはハーピーだらけだ。
誰に遠慮することもなく縦横無尽に武器が振るえる。
レモッツ船長は茫然とメインマストの上の戦いを眺めていた。
初めのうちは船のゲストであるレオ・カンパーニの安否をひたすら心配していたのだが、やがてそれは驚愕に変わっていた。
レオの戦いが次元を超えていたのだ。
武器の一振りごとにハーピーの体が真っ二つに切り裂かれ、打撃の一つ一つに骨が粉砕されていく。
「これがプリンセスガードか……」
「ええ。でも今のレオの実力はロイヤルガードにも引けをとらないわ」
既に勝敗は決していた。
船長の呟きに余裕の笑顔をもってレベッカが答える。
「そこまでですか……」
「ロイヤルガード十二人衆にも匹敵すると断言できるわ」
無手の格闘戦ならロイヤルガード最強のアニタ・ブレッツにさえ勝ったことがあるのだ。
戦うレオを見上げながらレベッカの表情は少しだけ悲しげだった。
「もう……届かないや……」
戦闘が終わるとキズナオールSを亜空間から取り出した。
「負傷者は? 重傷者から診る」
別名ドクターキラーとも呼ばれるこの薬は、アリスの世界ではトップシークレットアイテムの一つだそうだ。
目には見えないほど小さなナノマシンというゴーレムが軟膏の中に無数にいて、傷口を治すそうだ。
強化魔法で視力をあげてみたが確認することはできなかった。
「バカなことをやっていないでさっさと治療をしろっ! でございます」
だってナノマシンってやつを見てみたかったんだもん。
やっぱり妖精さんみたいな姿かたちをしているのだろうか?
船医と手分けしながら負傷者を手当てしたが、死者は一人も出なかった。
かなり重傷な者もいて、このままでは確実に死んだであろうものもキズナオールSのおかげで一命をとりとめている。
1キロ入りの大きなチューブだったけど負傷者が多かったため残りはあと僅かだ。
アリスが軍事機密に抵触する薬と言っていたが、それも素直に頷ける。
今回もそうだけどカルバンシア国境線では何人もの将兵の命を救ったのがこの薬だ。
一回につき一本しか召喚できないのが残念だ。
そうでなければより多くの命を救えただろう……。
後の調査で分かったことだが、ハーピーはごく最近になってバルモス島を産卵場所に選んだようだった。
この島には他の魔物はいないし、天敵である人間も滅多に来ないので産卵場所として最適だったようだ。
島の岩陰にはハーピーの卵がたくさん残されていて、翌日は船員たちと共にその卵を叩き潰す作業に追われた。
あまり気分のいい仕事ではなかったけど……。
ハーピーは肉食なのだが島の動植物に被害はほとんど出ていなかった。
おそらくだが卵から孵った幼生の食料のために捕獲されなかったのだろう。
「ぷっ! ひどい恰好ね」
体中がハーピーの緑色の血で汚れた俺をみてレベッカが笑った。
「アリスが頑張ってくれたおかげだよな。レベッカだって相当だぞ。すぐにでも海に飛び込みたい気分だよ」
太陽は水平線の向こうに沈もうとしている。
今日中に真水を探すことは諦めた方がよさそうだ。
物置の中に水はたっぷり用意してきたから風呂は無理でも体を清めることくらいはできる。
「島に帰ろう」
「ええ。ご領主様の歓待を受けますわ」
遠く浜辺を見遣ると大きなかがり火が焚かれていた。
きっとアリスが灯台代わりにつけてくれたのだろう。
もうすぐ日も沈む。
俺たちは海岸の灯りを目指してホバーボードを滑らせた。
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