第59話 西の空からこんにちは
アリスのせいで狭い物置の中が気まずい雰囲気になっている。
レベッカは顔を真っ赤にしたまま口をパクパクさせているし、俺はかけるべき言葉を見失ってうろたえてしまった。
「レベッカ、そろそろ準備をしようか?」
「じゅ、じゅ、準備ってなんの!? こ、心の準備の方がまだ……」
「準備はもちろん冒険の準備だよ」
レベッカはますます挙動不審になってしまう。
「み、み、未知なる世界への冒険!? ま、待って! もう少し落ち着かせて」
本当に落ち着いてくれ。
「そうじゃなくて、周囲の安全確認が最優先なんだろう? 物置の周りから調査しないとね」
「へっ? ………………そ、そうね。……レオの言う通りよ」
アリスが変なことを言うから会話がややこしくて仕方がない。
「とりあえずは水筒に水を入れて、食料も少しは持っていかないとね」
「うん……」
後はロープくらいかな。
今日は周辺の確認だけだから大した荷物もいらないだろう。
「あっ! そうだ」
「どうしたの?」
「先に今日の召喚を済ませてもいいかな?」
船の中だと誰に見られるかわからないので控えていたのだ。
物置の中なら誰に見られることもないし、外ではアリスが見張っているから安心だ。
俺はレベッカに断りをいれて召喚魔法を展開した。
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名称: キャラメルマキアート
説明: 某カフェの人気メニュー。バニラ風味のフォームミルクとエスプレッソの絶妙なハーモニー。仕上げに風味豊かなキャラメルソースをトッピングしています。飲めば体力と防御力微上昇。
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久しぶりに飲食系のアイテムを召喚したな。
目の前には蓋をされた紙のコップに入った飲み物がある。
まだ温かいようだ。
身体が冷えているので実に美味しそうなのだが残念なことに一人前しかない。
「……いい匂いね」
レベッカの言う通り甘い匂いが室内に立ち込めている。
……そういえばレベッカとは前に一本のスポーツドリンクを分けあって飲んだことがあったな。
……今更照れることもないか。
「せっかくだから温かいうちに飲んでしまおうよ。さあ、座って」
俺はキャラメルマキアートを手に取ってソファーに座った。
レベッカは立ったまま固まっている。
「ほら。座ろう」
手を少しだけ引いたら、レベッカは無言のまま座ってくれた。
「先にどうぞ。きっと美味しいよ。こんなにいい匂いがするんだもん」
「……うん。レオも初めてなの?」
「そうだよ。これは初めて召喚するものだからね。たぶんこの世界でこれを最初に口にするのはレベッカのはずだよ」
そう言うとレベッカはびっくりしたような顔になった。
「なんだか悪いわ。レオが先に飲んでよ」
「かまわないって。レベッカに先に飲んでほしいんだ」
レベッカは茫然と俺を見つめる。
「レオも飲むの?」
「あっ、全部一人で飲みたかった? それなら――」
「そういうことじゃなくて……。ううん、なんでもない」
レベッカは意を決したようにテーブルの上のコップに手を伸ばした。
「温かい……」
「冷めないうちにどうぞ」
一つ頷いてからレベッカはゆっくりと口をつけた。
そして驚いたように顔を上げる。
「美味しい! これ、美味しいよ! レオも飲んでみて!」
嬉しそうな勢いのレベッカに促されて俺も口をつけてみた。
甘くてコーヒーの香りが豊かで、口当たりもとってもクリーミーだ。
牛乳を泡立ててあるのかな?
この情報はシェフのアントニオさんに教えてあげたら喜びそうだ。
二人で交代で飲んで瞬く間に飲み干してしまった。
「美味しかったね。同じものができないかアントニオさんに聞いてみるよ」
「ぜひそうして! 私ももう一度飲みたいわ」
レベッカもキャラメルマキアートが気に入ったみたいだ。
いつの間にか俺たちは照れ臭いという感情がなくなっていた。
「さて、そろそろ行こうか?」
「そうね!」
笑顔で剣を握るレベッカはいつも通りの快活な笑顔を浮かべていた。
物置の扉を開けると正面にアリスが立っていた。
「あら、もう終わりでございますか? 随分と早かったではございませんか。ああ、最近たまっていたから――」
「わあああああああああああ!」
またコイツは、すぐそういうことを……。
「宮廷でストレスがたまっているので早く冒険に行きたいのでは? と推測しただけでございますが?」
もう、誰かアリスを何とかしてくれ。
「はあ……。まずは小屋の周りを調べて魔物がいないかの確認をしようと思うんだ」
気を取り直して言うと、アリスは自信ありげに胸を張る。
「すでにセンサーで確認済みでございます。半径5キロ以内に魔物の反応はございません」
そうなのか。
「ただし、大型生物らしき反応はありました。衛星や他機とのリンクがないので特定はできませんが、おそらく鹿やヤギ、場合によってはクマなどの哺乳動物かと思われます」
いずれにせよ食料となる動物が住んでいるわけだ。
「うふふ。腕が鳴るわ」
凶暴な目を爛々と光らせながらレベッカが呟く。
この娘は狩りが好きだからなぁ。
しかもとても上手だ。
「狩りはついでだからね。調査の途中で獲物を見つけたら狩ってもいいけど、狩りを優先させるのはダメだよ」
「わかっているわよ」
そういいながらもレベッカの表情は残念そうだった。
夕暮れにはまだ時間があるので砂浜を後ろに見て右の方角(東)から海岸線に沿って調査を開始することにした。
入り江の砂浜の向こう側は低灌木の林が続いて、なだらかな坂になっている。
この島は北側が断崖が多く、南側は比較的緩やかな地形が多くなっているようだ。
「まずは川を見つけたいところね」
「ああ。真水があればいろいろな可能性が広がるからね」
水が有ると無いとでは島の価値が大きく変わってしまう。
水さえあれば島民として人を受け入れることだって可能になるはずだ。
アリスは大型の哺乳類がいると言っていた。
水のある可能性は高いと思っている。
道なき道を進むのは並大抵の苦労ではない。
本当は俺たちにはスルスミがあるので乗っていけば楽なはずだった。
亜空間にしまってあるから簡単に出し入れだってできる。
車輪と四足歩行を自在に切り替えることができるスルスミに進めない道はない。
だけど、レベッカがスルスミに乗っていくことには反対したのだ。
理由は獲物が逃げてしまうから……。
よっぽど狩りがしたいのね。
以前オマリーにプレゼントしたコンパウンドボウをプレゼントしたら喜ぶかな?
誕生日が近いそうだから、それまでに用意しておくとしよう。
「レオ様。身体強化の応用でジャンプ力の強化をするのです。モード・ニンジャの私に追いついてみせるでござる」
アリスは木から木へと飛び移っていく。
これも修行だな。
俺とレベッカも身体強化魔法を駆使して木々の間を飛びぬけた。
数時間ほど海岸線を調査したが川を見つけることはできなかった。
「レオ氏(うじ)、そろそろお戻りにならないと暗くなってしまうでござる」
レオウジ?
相変わらずアリスはモード・ニンジャになると言葉遣いがますますおかしくなるな。
たしかに太陽は西へと傾き夕暮れが迫っている感じがする。
いつの間にかずいぶん時間が経っていたようだ。
「そろそろ帰らないとダメだね。レベッカも獲物は諦めてくれよ」
「レオ様、西の空を!」
突如やけに真剣な声でアリスが空の一角を指し示した。
「どうしたんだ?」
夕焼け空にやけにたくさんの鳥が飛んでいた。
随分大型の鳥のようだ。
それにしても数が多い……って、多すぎだぞ!
俺たちが眺めている間にも鳥は空を黒く埋め尽くす勢いで集まってきており、さらにこの島に向かっているようだった。
「対象を視認。ハーピーです」
「なっ!」
続く言葉が見つからない。
とんでもない数のハーピーがバルモス島を目指して飛んでいた。
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