第57話 上陸
海風が強く吹き付けていた。
初冬の海はいかにも寒々しく、風は刺すように冷たい。
北国の海の様子はいかにも寂しげなのだがルプラザの港町は中々の活気を見せていた。
旬であるルプラザ蟹の漁期を迎えようとしているからだ。
これは大変おいしい蟹で帝国北部では冬の定番料理になる。
大ぶりの身を殻で出汁を取ったソースで食べるもよし、スープにして旨味を残らず吸い出しても美味しい。
俺も試してみたがこれまで食べたこともないほどの美味だった。
生まれ育ったラゴウの村は内陸だから、海の幸ってほとんど食べた経験がなかったんだよね。
昨日は陛下の貸してくれた船で帝都の北にあるアンクルワープ港からルプラザ港までやってきた。
今はバルモス島に向けて最後の荷積をしている最中だ。
船の名前はオプトラル・クルメック号。
決して大きくはないが陛下の専用室を備えた快速艇だ。
普段なら陛下以外は使用禁止らしいけど、セグロードを献上したご褒美に自由に使っていいと言われている。
しかも船長をはじめとしたクルーたちや料理人までつけてくれているという厚遇ぶりだ。
船員たちはみんな優秀だし、またこの料理人の腕がいい。
さすがは陛下の専属料理人の一人だ。
先ほど話したルプラザ蟹の料理もこの人が作ってくれたものだ。
バルモス島ではどんな魚介類が獲れるのだろう?
地元の漁師によるとアワビとかホタテとかの魚介類もよく獲れるようだ。
港から離れているので滅多に行くことはないそうだが。
未知なる冒険、美味なる海産物とバルモス島探索は楽しそうな予感でいっぱいなのだが一つだけ不服な点があった。
それはフィルがいないことだ。
まともに調査もされていないような無人島に皇女殿下を連れ出すことはさすがに憚られたのだ。
だから今回はアリスと無理やりついてきたレベッカとの3人での調査になる。
フィルの警護はマルタ隊長と特戦隊の中でも特に腕の立つ12人の精鋭で構成された警護チームに任せてきたので大丈夫だろう。
警護チームの実力は一人一人が近衛騎士の実力を凌ぐ。
俺とアリスが直接鍛え、異世界の軍隊格闘技を伝授した。
リボルバーを1丁ずつ貸与さえしている。
外出の予定もなく、宮殿の中にいるのだから、よほどのことがない限りフィルの安全は確保されている。
「レオ様、出航の準備が整いました。どうぞご乗船ください」
船長のレモッツさんが俺を呼びに来てくれた。
年齢は50代前半くらいで、いかにも海の男といった厳めしい顔をしている。
髪も髭もごま塩で常に海風にさらされているのでゴワゴワしていた。
とても頼りがいのある人に見える。
「おお! ついに出航ですか。よろしくお願いします船長!」
待ちに待った瞬間だ。
カルバンシアに初赴任する時は海路じゃなくて陸路だったんだよね。
スルスミを運ぶためには仕方なかったんだけど、できれば船に乗ってみたかったのだ。
だからようやく夢が叶うといった感じだ。
今回もスルスミを持ってきているのだが、俺の召喚魔法レベルが上がったために召喚物は亜空間に収納できるようになっている。
おかげでスルスミみたいな大きな物を運ぶときは本当に便利だ。
四足歩行が可能なスルスミなら島の調査にも役に立ってくれることだろう。
俺はよほど嬉しそうにしていたらしい。
レモッツ船長ははしゃいだ俺を見て思わず相好を崩していた。
「陛下がオプトラル・クルメック号を誰かに使わせるなど珍しいことがあるものだと思っていたのですが……」
「えっ? そうなんですか?」
「はい。この船は陛下のお気に入りでして、誰かに貸したことなど今まで一度もないのです」
そうだったのか。
よほどセグロードが気に入ったのかな?
「ひょっとするとレオ様にご自分の夢を託されているのかもしれませんな」
「夢ですか?」
「はい。陛下はご自身で探検などできない御身でございますからな。ですが陛下は未知なるものを愛するロマンティストの側面をお持ちです。きっと自由なレオ様のことを羨ましがりながらも応援されているのでしょう」
そうか……。
そうなのかもしれないな。
「改めて陛下に感謝しないといけませんね。後日、楽しい冒険譚をお聞かせできればいいのですが」
「ええ。それではそろそろ参りましょうか」
錨が上がり、船は船体をきしませて動き出した。
やがて沖に出るとメインマストの帆が大きく風をはらみ、スピードが上がる。
黒くうねる北海の波間をオプトラル・クルメック号は滑るように進んだ。
雲間から太陽の光が降り注ぎ、紺碧の海が幾億の鏡を浮かべたかのように白い光を反射している。
その中でバルモス島はこんもりと緑色の輪郭を見せていた。
「島にはこの船を接舷できそうな場所があるかどうかわかりません。湾の沖合に停泊させて小舟で上陸いたします」
「わかりました。海の上でのことは全て船長にお任せしますよ」
やがて波の静かな湾の中に船は停止し、ジョリーボートと呼ばれる小舟が海上に下ろされた。ジョリーボートは帆や舵もついた舟で上陸や帆船の修理などに使われる。
流れの緩やかな大きな川などがある場合、帆とオールを使って遡上することも可能だそうだ。
残念ながら一見しただけではバルモス島には大きな川は見当たらない。
もっとも遠くから目視しただけでは詳しいことはわからないもんね。
もしかしたら真水の流れる小川だってあるかもしれない。
「小川がなくても井戸を掘れば真水が出る可能性だってありますよ。標高の高い場所もあるようですし、森林も豊富です。水のある確率は高いと言えます」
アリスがそう言ってくれるのなら安心だ。
「島の周囲をぐるっと回ってみて水が出ている場所を探すのがいいかもね」
「そのあたりから始めてみるのがよろしいでしょう」
俺たちが水について話していると、待ちきれずに小舟に降りていたレベッカが声をかけてきた。
「レ~オ~! 波が穏やかだから先にホバーボードで上陸しましょうよ!」
ホバーボードって水上でも浮くのかな?
アリスを見ると頷いている。
「ヤマト国の法律では水深1メートル以上の場所での走行は禁止なのですが、ここは異世界ですから問題ないですね。技術的には海の上でも走ることは可能です。たまに大きめの波がくるので気を付けてください。その場合、ボードの先端を波に向けるんですよ」
「了解。先に行って様子を見てくるね」
亜空間からホバーボードを出してレベッカに一台渡す。
「絶対に転ぶなよ。ケガはしないかもしれないけど確実に風邪をひくと思うからね」
「転んだことなんてほとんどないわよ。レオこそびしょ濡れになっても知らないんだからね」
戯れるように走る黒と赤のホバーボードが視界に入ると、レモッツ船長はびっくりして大声を上げた。
「レオ様とメーダ卿が先行されてしまったぞ! よいのか?」
対するアリスは落ち着いたものだ。
「私のセンサーに魔物の反応はございません。それにあの二人は現役のプリンセスガードと左翼府総監ですよ。近衛軍の一個中隊が相手でも撃退できる強さです」
「しかし……」
帝室に婿入りするレオに何かあったらと船長は気が気でない。
「ご安心くださいませ。あの二人はカルバンシアの国境で何度となく魔物の軍勢と渡り合っているのです。実戦を知らないボンボン貴族とは違うのでございます」
「さようか……。それでも心配なものは心配じゃわい! 二人ともまだ年端もいかぬ少年少女ではないか。ジョリーボートの用意を急げ! 上陸組は速やかに行動せよ!」
厳めしい顔に似合わず、レモッツ船長は面倒見がよく、気のいいオヤジだった。
しかもちょっとだけ心配性なのだ。
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