第56話 陛下の一日
王侯貴族というのは遊んでばかりだと思う。
俺のところにも毎日のように園遊会やダンスパーティーなどの招待状が届いていることからもわかるが、このシーズンは休む暇もないほど遊びまくっている。
多くの貴族は真夜中まで遊興にうつつを抜かし、昼近くまでベッドに潜っているという自堕落な毎日を過ごす。
社交それ自体が貴族の仕事ともいえるのかもしれないけど庶民出の俺には異常なことに見えてしまう。
国の役職についている貴族もいるにはいるが真面目に職務を遂行する人は全体の半分だし、ほとんどの場合実務を執り行うのは部下の人たちだ。
もちろん例外もいる。
ある程度出世する人はやっぱり仕事に長けている。
当代の皇帝陛下の御代になってから仕事のできない人は出世できなくなったそうだ。
家柄だけを拠り所にしている、能力のない連中にとっては不遇の時代になっている。
逆に身分が低くても能力のある人間は取り立てられて相応の役職に就けるようになってきたそうだ。
こうした状況が派閥を生んだ。
前者が貴族派、後者が皇帝派である。
最近は対立が目に見えて激しくなっているのでフィルに害が及ばないように俺も目を光らせている。
それにしても皇帝陛下はよく働く。
あの人は遊ぶときは思いっきり遊ぶが、基本的には仕事熱心な人だ。
アニタに教えてもらった陛下の一日のスケジュールはこんな感じだ。
6:00 起床
大抵はお妃さまの誰かの部屋で朝を迎える。
たまに違う女の人のところでも……。
6:15 入浴
お付きのメイドが3人掛かりで体や髪の毛を洗う。
髭剃りや散髪なども同時にやる。
大抵は30分ほどで風呂から出るが、まれに1時間以上かかることあり。
陛下が興奮してしまった場合。
朝からよくやるよ……。
7:00 朝食
尚書官などから報告を聞きながら食べる。
場合によってはお妃様方と食べることも。
皇子や皇女を招くこともあり、フィルも何回か招かれている。
意外だが家族との会話を大事にしているようだ。
朝食はかなりたっぷりある。
数種類のパン、卵料理、ソーセージなどの肉類、キノコや野菜のソテー、果物、チーズ、スープなどだ。最近はメロンパンがお気に入りで三日に一回は食べているようだ。
8:00 メディカルチェック
典医による健康チェック。
問診と触診。
ちなみにご典医は美形の女医さんだ。
陛下はどんだけ好きものなんだよ……。
8:30 武術鍛錬もしくは読書
武術は得意じゃないようだけど健康のためにされるらしい。
アニタも鍛錬の相手を務めたこともあるそうだが、すぐに違う人間と代えられてしまったそうだ。
「陛下の頭を訓練用の剣でぶっ叩いてしまったのだ。でも兜の上からだぞ」
さすがのアニタだ……。
陛下は「気にするな」と仰ったそうだが周囲の者が忖度(そんたく)したようだ。
10:00 政務
主に決済が主要な仕事になる。
各方面から上がってきた予算書に許可を与えるかどうかだ。
普通の領主なら「よきにはからえ」か「ならぬ」のどちらかだけなんだけど、陛下は書類にきちんと目を通し、気に入らなければ修正させたり、具体的な提案をすることさえあるそうだ。
しかも、自分で考えだした施策のプロジェクトチームとの会合に顔を出すことさえある。
12:00 昼食
陛下は覇気のある方らしくよく食べる。
肉も魚も野菜もバランスよく大量に食べていた。
あれは長生きだと思う。
13:00 午後の政務
午前中の続き。
各方面に視察に出かけることもある。
皇帝にしてはかなりフットワークが軽い。
そういえば陛下に初めて会ったのは視察にいらした練兵場でのことだったな。
陛下のフットワークの軽さがなかったらフィルとの婚約はならなかったかもしれないと思う。
おかげでアニタと戦うことになってしまったが……。
でも最近のアニタは優しいんだよね。
相変わらず強引なところもあるけど。
15:00 おやつ
陛下はお酒もたしなむけど甘いものも食べる。
でも食べすぎという感じではない。
好きなんだけど自制している感じかな。
こんどウェディングケーキを見せてあげようかな?
17:00 政務終了
急ぎの案件がない限りはだいたい17時前後に仕事は終わる。
ここから就寝時間までは陛下の自由時間になり、好きなことをしているようだ。
その中にはもちろん仕事も含まれる。
ワンシーズンに5回くらいは臣下のパーティーに行くこともある。
だけど陛下の御幸(みゆき)を受けるのは大変名誉なことで、ご褒美的な意味合いが強い。
だから陛下が行くのはよほど功績のあった臣下や実力者のパーティーくらいだ。
それでも陛下はパーティーの規模や身分にかかわらず功績のあった臣下のパーティーには突然行ったりして周囲を驚かせるそうだ。
以前もとある騎士爵のホームパーティーレベルのパーティーへ突然乱入したことがあったそうだ。
出席者は全員が騎士や兵士で最前線の砦を魔物の襲撃から最後まで守りきった名もなき英雄たちだった。
本来は陛下の御前に出ることも許されない身分の者ばかりだったが、その人たちの慰労会に足を運び自分が持ってきた大樽から手ずからワインをついで振舞ったのは伝説的なエピソードだ。
22:00 就寝
就寝とはいってもすぐに寝るわけではない。
陛下は必ず毎晩、どちらかのお妃さまの元を訪ねる。
必ずだ。
お休みの日はない!
そして最低でも四時間は事に及ぶらしい……。
ほとんど寝てないじゃないか!
だから国一番の回復魔法の使い手が毎朝メディカルチェックをしているんだな。
陛下の一日は大まかにいうとこんな感じだ。
もちろん毎日スケジュール通りに事が運ぶわけじゃない。
いまだ国境線は不安定な場所もあったり、版図が広い分だけ災害も各地で起こる。
それでも陛下は絶えず仕事をしながら遊び、閨事(ねやごと)にも熱心だ。
とても真似できそうもない。
俺はカルバンシアのことを考えるのも好きだけど、もう少し遊べる人生がいい。
陛下のようには生きられないな。
あの人とは覇気が違いすぎるのだろう。
でもフィルとはもっとたくさんしたいな……。
帝都に戻ってからは人の目があるのでしたことがない。
……はやくカルバンシアに帰りたい!
社交なんてちっとも楽しくないや!
「だから、私に任せればいいのでございます」
胸元のボタンを一つ外してアリスが囁いた。
青少年を惑わせるなと言いたい。
というよりも俺の心を読むなよ。
「なんの話?」
「ごまかしても無駄です。私のセンサーはレオ様の興奮をしっかりとトレースしております」
なんて恐ろしいオートマタなんだ!
「最近ではアニタ様を見る目も少し変わってきましたよね」
「ぐっ!」
それを言われると……。
「彼女ならいつでもオッケーなんじゃないですか?」
「……いやだ」
正式にアニタを側室に迎えた後ならともかく、それ以前に関係を持つのはあまりにフィルに対して失礼な気が……。
「だったら私で発散しますか? 私はレオ様の都合の良いオートマタでございますから……」
それこそ、できるわけがない。
「アリスはただのオートマタじゃないんだ。俺にとっては……うまく言えないけど特別なんだよ」
自分の欲望のためだけに使うなんて、アリスをただの道具のように扱っているみたいでいやだった。
「……だったら、普通に抱いてください」
アリスがいつもの表情で俺を見つめてくる。
「……それもできない」
もう、頭の中はぐちゃぐちゃだ。
「……ハァ……もう、お一人で発散してください」
アリスは静かにそう告げると部屋を出ていってしまった。
お一人でって……まさか見られていないよな?
アリスのセンサーは恐ろしすぎる!
……とりあえず日課の召喚をするか。
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名称: セグロード
説明: 魔石で動く立ち乗り二輪車。搭乗者の体重移動で操り、直観的操作に優れている。自立安定性が極めて高く転ぶことはまずない。最高時速17キロ。
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楽しそうなものが出てきたな。
でも宮殿の廊下を走ったら怒られそうな気がする。
さすがに自室では狭すぎるから、フィルの居間を使って試運転をしてみようかな。
紆余曲折を経てセグロードは陛下に献上されることになった。
「ヒャッホー! レオ~、これは快適だぞ! ちょっとトイレに行ってくるわい!」
宮殿の長い廊下を陛下がセグロードで駆け抜けていく。
さすがにロイヤルガードたちは平気な顔でついていくが、侍従やメイドさんたちは息を切らせて走っていた。
宮殿の階段もバリアフリー部分を作るために急ピッチで改装が始まっている。
……なんか悪いことしちゃったかも。
頑張っている陛下が喜んでいるからまあいいか。
ご褒美に陛下の船を貸してくれることになったからね。
これで自分の領地を見に行くことができる。
来週はバルモス島に探検だ!
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