第53話 商売を考える
その夜に開かれた晩餐会で俺とフィルは注目の的だった。
フィルは帝位継承権からは程遠く、そういったお家騒動には影響を与えないおかげか俺たちの婚約は好意的に受け入れられている。
それに、最初に言われたけど俺とフィルの子どもは皇族としては認められないそうだ。
ただし伯爵位や男爵位はちゃんと継がせてくれるという約束だ。
そういった配慮もあって波風は立っていないのかもしれない。
皇族はむしろ俺の召喚物に期待しているようだけど、それで充分だと思う。
なんにしろ皇族しか座れない席で食事をするのはとても緊張した。
やっぱり中には俺に好意的じゃない人もいたしね。
陛下のご決定だからあからさまに反意を表す人はいなかったけど、挨拶をしても返事すら返さない人もいた。
それでも皇太子様は優しそうな人だったな。
陛下のような圧倒的なカリスマ性はないけど、人の話をよく聞いて、調整をはかるのが上手そうな人だと感じた。
前に召喚していた万年筆というペンをプレゼントしたらとても喜んでくれた。
陛下が羨ましそうにしていたのがちょっと気になったけど。
俺の能力についてだけど、フィルと相談して、毎日召喚できることは黙っていることにした。
召喚はランダムで天啓が来た時しかできないとしておいた方が都合がいいだろうということだ。
あんまり期待されても困るからね。
今日は随分と長い一日だった気がする。
陛下に謁見して婚約を認められ、晩餐会にも出席した。
フィルと部屋に戻ってきた時には二人とも緊張でぐったりしていたよ。
でもお互いに疲れた顔を見つめあっていたら何だか可笑しくなってきて、二人して笑い声をあげてしまった。
「レオ、ひどい顔をしていましたよ」
「フィルだって。さすがに今日は緊張したよ」
「ええ。でも、陛下が私たちのことを認めてくださって本当に良かった」
二人の手がどちらともなく近づき、いたわるように重なる。
イルマさんをはじめとしたメイドさんたちが顔を赤らめていたけど、婚約も認められたからこれくらいはいいよね?
「フィル。改めてよろしくね」
「はい。こちらこそ」
俺もなお一層フィルのために頑張らないとな。
でも、俺にできることってなんだろう?
部屋に戻ってからもしばらく今後のことを考えていた。
フィルを幸せにするために俺は何をすればいいんだろう?
これまでは兵を鍛えて国境線の安定をはかり、カルバンシアの産業の発展に尽力してきたつもりだ。
だけど、これらのことはカルバンシア城伯の手助けであって、フィル個人の幸せとはちょっと違う気がするんだよな。
「何を悩んでいるのですか? 少年が悩まし気な顔をしていると私はゾクゾクしてしまうのですが。なにせ私はS型AIでございますから」
アリスは唇を舐めながらこちらを見ないでくれ。
「なんというか……どうしたらフィルを幸せにできるのかなと思って」
小さく首を傾げるアリスに俺は問いかけてみた。
「人が幸せになるために必要なものって何だろう?」
「お金」
そうだけどさ!
「外れてないけど、俺が求めている答えってそういうのじゃなくてさ……」
アリスは小さく微笑む。
「相手を思いやる気持ちはレオ様もフィリシア殿下もお持ちではないですか。それを行動で示すこともできています。だったら後は経済力ですよ」
なんか説得力がある。
「レオ様の収入は低くはございません。しかし相手は皇女殿下ですよ。年収ニ千八百万レウンでは少々心許(こころもと)ない気がします」
確かに。
「これでは側室や私のような愛人を養っていくこともできません」
それは違う気がする。
そもそもアリスはいつから愛人になったんだよ?
「レオ様もどこぞの貴族のように副業を持たれたらいかがでしょうか?」
どこぞの貴族と聞いて真っ先に顔を思い浮かべたのは、「男の館 ハニートラップ」を経営しているレレベル準爵だ。
準爵はフィルのお姉さんであるメダリアさんの恋人でもある。
とんでもないハイリスクの投資をして大金を掴んだ、とてつもなく運のいい人だ。
酒場の経営はうまくいっているみたいだけど、あの人に商売の相談をするのは間違っている気がするな。
再びあれこれと考えていたがいい案は浮かばなかった。
「そういえばレオ様、今日の召喚はもうお済ませになりましたか?」
朝から大忙しだったので本日の召喚はまだしていない。
「実はまだなんだよ。寝る前にやってしまおうとは思っていたんだけど」
「なにか役に立つものが召喚できるかもしれませんよ」
「どうだろう? こういう日には洗濯バサミみたいな物しか召喚できない気がするけど」
ん?
……洗濯バサミ。
洗濯バサミ!
「アリス、洗濯バサミを量産することはできるかな?」
アリスはすぐに俺の言いたいことを理解してくれた。
「それはいい案でございます。カルバンシアでは材料になる木材も金属も豊富です。あちらに工場を建てるのもいい案ですね」
それは素晴らしい!
林業の経営が軌道に乗りかけてはいるがカルバンシアの領民はまだまだ貧しい。
新たな産業が興ればそれだけ経済はまわっていく。
「明日、殿下に相談すればいいでしょう」
「そうしてみるよ。それじゃあ、今日の召喚をやっておくかな」
俺は魔力を巡らせて召喚術を展開する。
さて、今日は何が出るだろうか?
####
名称:足踏み式ミシン
説明:軽便飾縫ミシン。手袋や飾り縫いができる足踏み式ミシン。
(以下使用方法が続く)
####
これを使えば裁縫が簡単に早くできるようだ。
相変わらず異世界の技術には驚かされる。
この世界にも足踏み式の編み機というのは存在する。
どこかの神官さんが作ったという話だ。
ラゴウ村にはなかったけどレスコの街にはあってメリヤスという伸縮性のある布地を織っていた。
でも縫物をする機械なんて言うのは初めて見たな。
あれ?
この機械とメリヤスを使えば以前に召喚した軍手というものを作れそうだな……。
「また随分と古い機械を召喚しましたね。このような機械は博物館に展示されていてもおかしくないレベルでございます。……レオ様? どうしたのですか、難しいお顔をされて」
「いや、これがあれば軍手の大量生産ができるかなって思ったんだけど、さすがにミシンが一台じゃ無理だよね」
産業として起こすには最低でも数十台はいると思う。
「なるほど、軍手とはいいところに目をつけましたね。林業、鉱山、農業、様々な場所で需要が見込まれますし、消耗品なので継続して販売もできるでしょう」
「だけど、ミシンの数を揃えるのに時間がかかりすぎるよ。再召喚するにしたって一日一台だけだろう。その間は他の新しいものも召喚できないし……」
毎日、ミシンだけを召喚するのは夢がなさすぎる。
「それでしたら問題はございません。私がこのミシンの構造をスキャンして設計図に起こします。この世界の技術でも複製は十分可能でしょう」
さすがはアリスだ。
後は技術者や鍛冶師などの手配が必要になってくるけど、それもフィルと相談しながらだな。
これはカルバンシアに拠点を作って秘密が絶対に漏れないように製造しないとダメだ。
「今夜のレオ様は冴えていますね」
「えへへ、そうかな?」
「はい。何と言っても勢いがございますよ。その勢いのまま私を押し倒してみませんか?」
何でそうなる?
「意味が分からないぞ」
「そうですか? だったら、せめてミシンを複製させる私にご褒美を下さいませ」
「ご褒美?」
アリスは目を閉じて唇を突き出す。
艶やかな唇がピンク色に輝いていた。
でも、俺は知っている。
本当は薄目を開けて俺の反応を見て楽しんでいるのだ。
だいたい、フィルと婚約が決まったその夜に他の女の子とキスなんてできないよ……。
「レオ様、は・や・く、でございます」
もう……仕方がないなぁ。
俺はキスをする代わりにアリスの頭をナデナデしてみた。
初めて触れたけどアリスの髪の感触は思っていたよりもずっとサラサラだった。
「今はこれが精いっぱい」
目を開いたアリスにそう言うと、アリスは少し拗ねたように横を向いた。
「レオ様……ずるい……でございます……」
その姿が可愛くて俺の心はかき乱された。
そして俺はアリスの言葉通り狡い男になり下がる。
「さてと、ミシンはどうやって使うのかな……」
解決できない問題は後回しにするしかないのが今夜の俺だった。
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