第51話 帝都へ
秋晴れの帝都をエバンス・デカメロン準爵がせわし気に馬車を走らせていた。
準爵はマスクメロンのための堆肥を作るために、帝都近郊の畑を借りる算段をとっている最中だ。
万能薬でもあり、食べたものの寿命を一カ月延ばすことのできるメロンは皇帝の菜園で厳重に栽培されている。
僅かしか実らないこのメロンの数を少しでも増やすのが準爵の使命だ。
準爵が何気なく通りに目をやると姿の良いメイドが一人歩いていた。
その横顔を見て思わず準爵は叫んでいた。
「馬車を止めてくれ!」
急停車した馬車から転がるように下りた準爵はメイドの顔を再度確認してから声をかけた。
「ヨランじゃないか!」
声をかけられた方のメイドは、意外なものを見たように口をパクパクさせている。
「も、も、もしかして……エバンス?」
頷くエバンスにヨランは目を見開いた。
「貴方、なんでそんな貴族みたいな恰好をしているのよ!?」
驚く幼馴染にエバンスは叙爵までのいきさつを話して聞かせた。
「まさか貴方が貴族とはね。とんでもないダークホースだわ……」
ヨランは大きなため息を吐く。
「自分でも驚いているよ」
エバンスは普段と変わらず泰然と笑った。
エバンスにとって貴族であることなどどうでもいいような感じの笑い方だ。
この男は生来のんびりした性格なのだ。
「ハァ……、エバンスは相変わらずね。でもエバンスが出世して嬉しいわ。ついでだから私のことも奥様にしてよ。そうなれば私も貴族の仲間入り。憧れの宮廷生活だわ。こう見えて結構尽くすタイプよ」
ヨランはしなを作りながらエバンスに迫る。
「う~ん……遠慮しておくよ」
だが、エバンスはやんわりと求婚を拒否した。
「そりゃあそうよね。レオと仲のよかったアンタが私なんかと結婚するわけないか」
ヨランは陽気に笑った。
その様子に屈託はない。
「ヨランは今どうしているの?」
「見て分からない? 貴族の家でメイドをやっているのよ」
ヨランはメイド服のスカートを慎ましやかに摘まみ上げて、上品にお辞儀をしてみせた。
「そうか、ちゃんと暮らしていけてるんだね」
「ええ。本当は若様のお付きになりたかったのに、大奥様の部屋付きになっちゃったわよ。部屋付きメイドなんて言うとかっこいいけど、実際は足の悪い婆さんの介護よ」
ヨランはエバンスの前ではとりつくろわずに地の性格が出ていた。
「それは大変そうだね」
「ええ。そういうわけで私も忙しいのよ。これから婆さんのお使いでバターサンドの買い出しよ。貴族様とは違って貧乏暇なしね」
「自分だって土づくりに奔走しているんだけどね」
「本当にエバンスは変わらないのね……」
子どもの頃からの知り合いに会って、ヨランは久しぶりにリラックスした笑顔になっていた。
「そうだ。エバンス、レオに会うことある?」
「うん。今は北のカルバンシアにいるけど、もうすぐ戻ってくるって手紙がきた。ほら、そろそろ社交のシーズンだから」
「そう。あのね、レオに会ったら伝えてくれない? あの時は悪かったって、ヨランが謝っていたって」
「うん、いいよ」
エバンスがいつもの調子で引き受けると、ヨランは安堵した顔になった。
その姿を見てエバンスは気になったことを問いかける。
「もしかして、レオとヨリを戻したいの?」
ヨランは苦笑しながら首を横に振った。
「今さらそんな気持ちはないわよ。私もそこまで厚かましくないからね」
エバンスは改めてヨランの顔をしげしげと眺めた。
「なによ? やっぱり私と結婚したい?」
「ううん。でもヨランはなんか大人になったね」
「そ、そんなことないわよ」
きっと自分の知らない苦労をヨランはしたのだろうとエバンスは思った。
「私、そろそろ行かなくちゃ。それじゃあ、またね。次は何かご馳走してよ」
ヨランはそう言って歩き出した。
その背中にエバンスが問いかける。
「ヨラン、どこで働いてるの?」
「スタンダールって伯爵のお屋敷よ。エリオット・スタンダール伯爵」
遠ざかるヨランの姿を見ながらエバンスはほっとした気持ちを抱いていた。
ヨランも無事に生活できているようだ。
遠い夏、川で転んで水浸しになったエバンスに優しくタオルを差し出してくれたヨランの顔を思い出す。
誰にも話していなかったがエバンスの初恋だった。
そのせいだろうか。
ヨランがレオに酷い仕打ちをした時でも、エバンスはヨランを嫌いになることはできなかった。
俺、フィル、アリス、イルマさん、レベッカ、ララミーに加えてアニタまでもがスルスミに乗り込んできたので車内はいっぱいいっぱいになってしまった。
本来スルスミは六人乗りなのだ。
今は二人掛けのシートに俺とフィルとレベッカが強引に座っている状態だ。
フィルは細いし、レベッカは小さいので何とかなっているが、はっきり言って狭すぎる。
まあ、フィルの胸がさっきから腕に当たって気持ちはいい……。
レベッカは無理やり当ててこなくていいんだよ……。
「やっぱり俺は馬かホバーボードで行くよ」
「ダメです」
フィルに思いっきり拒否された。
こうなると俺に選択肢はない。
プリンセスガードとしてフィルの命令は絶対だ。
「おいレベッカ、私と席を代われ」
アニタがレベッカに命令するが、レベッカは俺の腕をつかんで離さない。
「私とレオは親も公認の仲なんだからねっ!」
「ふっ、私とレオは皇帝陛下公認の仲だ」
「そ、そんなの関係ないんだからっ! だいたいアンタじゃ大きすぎてここには座ることなんかできないでしょう!?」
「レオは私の膝の上に座ればいい」
そう言って死神は口の端をぺろりと舐めた。
アニタの膝に座る?
そんなの絶対に嫌だ。
後ろから首を絞められるのがオチだろう。
こいつが気持ちよく昇天している間に、俺はリアルで昇天してしまうぞ。
「(これより出発いたします)」
無線からマルタ隊長の生真面目な声が聞こえてきた。
いよいよ帝都に向けて帰還することになる。
エバンスは元気にしているかな?
エバンスへのお土産になりそうなものは先日召喚できた。
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名称: カントリーガール デラックス
種類: 小型耕うん機
説明: 手押し式の耕うん機(自走機能つき)。細かく土を耕します。パワフルに土を粉砕して驚きの仕上がりに。これ一台で、耕うん、除草、整地が思いのまま。少ない魔石で力強いパワフル設計を実現。貴方の農業ライフがこれで変わります。
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新しいDVDは召喚できなかったけど、これならエバンスもきっと喜んでくれるはずだ。
ついでに新種のジャガイモも持っていくとしよう。
こいつは俺にちなんで「騎士爵」なんて名前で呼ばれていてちょっぴり恥ずかしいんだよね。
でも、美味しくて強いから、エバンスも普及に尽力してくれるだろう。
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