第50話 ララミー・ドレミー

 俺とララミーはやらなければならないことを後回しにして魔導ブロックで遊び始めてしまった。

夢中になって解説書を調べながら最初の魔導回路をくみ上げる。


「これでいいはずだよね……」

「はい。キューブは正しく組みあがっているはずです。さっそく起動させてみましょう」


ララミーが白い指をスイッチにあてて、ラジオを起動させた。


「……シューーーーーーーー」


スピーカーというところから精霊の声が聞こえるはずなのだけど、何の音もしない。


「配列を間違ったかな?」

「いえ。キューブは説明書の通りに並べました。ひょっとしたら近くに精霊がいないせいかもしれません」


精霊がいなければ声も拾えないか。


「だったら窓辺に移動してみよう」


俺は締め切ったカーテンを開け、窓を開いた。

これまでは魔導ランプの明かりだけだった部屋に夕暮れ時の西日が射しこむ。

ゴチャゴチャした部屋が一気に白日の下にさらされた。

俺のすぐ横に置いてある椅子に、白いワンピースがかけられているのがわかった。

暗灰色のローブの下ではこんな可愛い服を着ているのかもしれない。


「カンパーニ殿!」


魔導ブロックを抱えたララミーが唇に指をあてて、音を聞けと促してくる。


「(ファアー……ファアー……)」


微かな、歌声のような声がスピーカーから聞こえてきた。


「これは何の精霊かな?」

「さあ、精霊魔法は専門外なのです。精霊使いならわかるのでしょうが。でも、美しい声」


曇りのない水晶を思わせる響きだ。


「精霊がもっと集まってくれば大きな声になるのかな?」

「きっとそうですね。時間的に闇の精霊が活動を始める時間です。そうだっ!」


何かを思いついたようで、ララミーはそこら中の荷物をひっくり返し始めた。


「たしか、精霊香という精霊を集めるお香があったはずです。どこに置いたか……」


ガサガサと戸棚を調べているとバサリと音を立てて書類の束が崩れた。

床に散らばった紙に描かれた大きな絵が目に入ってくる。

うわぁ……春画の束だ……。

サキュバスが少年をたぶらかしている図のようだ。

描写は写実的でストーリー仕立てになっている。

かなりきわどい描写があると思ったら、終わりの方はモロだった……。

すぐ横には魔法陣や呪文の類が書かれているので魔法書の一種ではあるようだが……かなりエロい。


「あわわわ!」


ララミーが慌てて魔法書を拾い集める。


「こ、これは魅了魔法や幻術に関する研究書でして、けっして疚しいことに使用しているわけではありません!」


疚しいこと? 

あえて突っ込まないでおこう。


「ララミーは幻術なんかも勉強しているんだね。その……魅了魔法とかもね……」

「は、はい。いざという時にはその手の魔法をレジストする必要もあるので……」


うーん、会話がぎこちないぞ。


「(うそー、うそー)」


今、スピーカーから何か聞こえなかったか?


「ララミー、今、精霊の声が聞こえたよね」

「は、はい……」


俺はまた耳をすます。


「(ニヤニヤー、エヲミテニヤニヤー)」


さっきよりも声が大きい。

複数の精霊が同じことを言っているみたいだ。

絵を見てニヤニヤ?


「(サワサワ~、サワサワ~)」

「次の実験に移りましょう!」


ララミーはいきなりスイッチを切ってしまった。

せっかく精霊の声が聞こえていたのに……。


「まあ、いいか。次はもっと複雑なラジオに取り組んでみようよ。さっきのより感度がよくなるみたいだしね」

「そうですね。でも、他のものも気になります。こちらの回路などいかがでしょう?」

光魔法の実験か。

これも面白そうだ。

あっ、だけどそろそろ夕飯の時刻じゃないか。

それに今日の夕飯は特別なのだ。


「ララミー、そろそろ晩餐会の時刻だよ」


明日は出発なので、今晩はカルバンシア城の主要メンバーが集まって晩餐会が催されるのだ。

主催はフィルで、主賓は留守を預かってくれるバルカシオン将軍だ。

今日は久しぶりに俺の召喚したウェディングケーキが皆に振舞われる予定だ。

結婚式じゃないけどね。


「もうそんな時刻……」


ララミーはがっかりした顔をする。


「久しぶりにあっという間に時間が過ぎてしまいました……」

「また遊ぼうよ。ララミーも着替えたりしなきゃならないだろう?」


お化粧はともかく、暗灰色のローブのままというわけにはいかない。

晩餐会は正装が基本だ。


「はあ……。宮廷魔術師用の礼服を着ていきます」


せっかく色々と服を持っているのにもったいないな。


「あそこにかかっている服なんてどう?」


俺は青と白を基調としたドレスを指さす。

フワッとしたタイプじゃなくて全体的にタイトなシルエットだ。


「人前で着るのは嫌です……。あれは個人的に楽しむために買ったもので……」


無理強いはしないけど、似合うと思うのにな。


「俺としてはあれを着てほしいな。それと、今夜は俺がララミーをエスコートしたいけどいいかな?」


女性が晩餐会の会場に入る時は誰かにエスコートされるのがより望ましいのだ。


「なっ………………。フィリシア殿下は?」


普段なら俺がフィルのエスコートをするのだけど、今夜は出番がない。


「殿下は主賓であるバルカシオン将軍にエスコートされていくんだ。だから俺は一人なんだよ」

「そうですか…………。カンパーニ殿、30分私に時間をください。30分後にお迎えに来てくださればそれまでに準備を整えます」

「わかった。じゃあ、30分後に迎えに来るね」

「はい。お待ちしております」



 自室に戻って自分も服装や髪を整えた。

俺の支度なんて10分もあれば充分だった。

会場に武器を持ち込むわけにはいかないのでフレキシブルワンドを輪っかにして腰に巻いておく。

ニューホクブも目立たないように脇の下のホルスターに装着済みだ。

ララミーを迎えに行くまでにはもうしばらく時間が残っている。

やることもない俺はゆっくりと城の中をぐるっと回りながらララミーの部屋に向かった。


 部屋のドアをノックして声をかける。


「ララミー、俺だよ。準備はできている?」

「………………………………どうぞ」


相変わらずの小さな声。

俺はドアを開けた。


「時間ぴったりに来ちゃったけ……」


思わず声を失ってしまう。

目の前のララミーはいつもと全く違っていた。

先ほど俺がリクエストしたドレスをキッチリと着こなし、薄っすらだけどメイクもしている。

桃色に光る唇がキュートだ。

髪も紺色のロングストレートをアップに結い上げていた。


「……すごく綺麗だよ。どんな魔法をつかったの?」


俺の質問にララミーは顔を赤らめて俯きながら答えた。


「これでも宮廷魔術師ですから」


魅了魔法を使われた? 

今夜のララミーは可愛すぎる。


「行こうか?」


俺が腕を差し出すとララミーがそっと手を置いた。


「お願いします、カンパーニ殿」

「そろそろレオって呼んでくれてもいいと思うんだけど」


俺たちは同格の同僚だ。


「ダメです。恥ずかしいから……」


ララミーがそう言うならそれでいいか。

呼び方がどうであれ俺たちの距離は確実に縮まっていたから。

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