第49話 魔導ブロックEX150

 朝からよく働いて、報告書の類を片づけ、特戦隊の訓練をしていたらあっという間に昼前になった。


「カンパーニ卿、殿下がお目覚めになられました」


報告をしてくるイルマさんの表情が微妙だ。

一応、アリスからフィルは気分がすぐれないので午前中は寝て過ごすと言ってもらってあった。

だけど、イルマさんはフィルの雰囲気から何かがあったのではないかと察しているようだ。

シーツも新しいのに取り替えて証拠は隠滅したと聞いていたのに……。


「わかりました。殿下はどちらに?」

「居間の方で寛がれていらっしゃいます」

「すぐに伺います」


俺もなんとかポーカーフェイスをとり繕う。

イルマさんだけならまだしも、ここには他に何人ものメイドがいるのだ。



 居間に入るとソファに深々と座ったフィルが、呆(ほう)けた表情でこちらを見ていた。


「おはようございます殿下」

「……」


フィル? 

なんか様子が変だ。


「殿下、まだご気分が優れませんか?」


重ねて俺が問いかけると、だんだんと覚醒してきたようだ。


「レ、レオ……」

「明日は帝都に向けて出発ですから、今日中に体調を整えなければなりませんね」


俺のせいでフィルは心身ともに疲れ果てている様子だ。

悪いことをしてしまった。

後できちんと謝っておこう。

疲労回復のアイテムも渡さなくては。


「いえ、……もう大丈夫です。今晩もというのなら……」


フィルがまだ寝ぼけてる!!


「遅くまでお勉強をされているのはご立派ですが、今日は早く寝ましょう。旅に障りますよ!」


俺の指摘にフィルはようやく目覚めたようだ。


「そ、そうでした! 明日はブリューゼルに戻るのでしたね。ここのところ夜更かしをしてしまって、なんだかぼんやりしていましたわ」


ごまかし切れたかどうかの自信はないが、まずはこれでいいだろう。


「昼食前にバルカシオン将軍がお目通りを願っております。ご準備ください」

「わかりました」

「それから、スルスミとアリスはメンテナンスに出します」

「メンテナンスですか?」

「はい。実は……」


俺はフィルに近寄って小声で話した。

今朝になって召喚魔法がレベルアップしたこと。

それによって亜空間に召喚物をストックしておけることなどをだ。


「この空間に召喚物を入れると時間の経過と共に劣化が直るみたいなんだ。だからスルスミやアリスの調子もよくなると思ってね」


亜空間に入っていたアリスが自身の身体が修復されていることに気が付いたのだ。


「それは良かったです。アリスはどれくらいそこにいるのですか?」

「アリスによると15時間くらいでメンテナンスは終わるみたい。だから大事をとって明日の朝までは居てもらおうと思っているんだ」


特にスルスミは最近少しだけ出力が落ちている気がするので丁度良かった。

まだまだ頑張ってもらわなければならないからね。


「新しい能力に目覚めたのもフィルと結ばれたおかげかな?」

「もしもそうなら私も嬉しいです」


少しだけ顔を赤らめたフィルをイルマさんが不思議そうに見ていた。



 精力的に働いたおかげで夕方前に仕事を全て終わらせることができた。

朝からずっと召喚したばかりの魔導ブロックが気になっていたのだけど遊んでいる暇がなかったのだ。

ようやくこいつで遊べそうだ。

俺はさっそく魔導ブロックEX150を持ってララミーを訪ねた。


 ララミーはスルスミで作業するか、倉庫でレールを錬成するとき以外は自室にこもり切っている。

ララミーに言わせると、自分は小さなことで幸福を感じることができるので大きな刺激はいらない。

だから部屋に引きこもっているとのことだ。

人がたくさんいて外部の情報が多いと、かえって混乱するらしい。


「ララミー、いる?」

「はい……」


返事があって1分くらいしてから扉が開いた。

相変わらずどんよりとした表情で暗灰色のローブを纏っている。

最近は少し涼しくなってきたけど、その恰好では暑いと思う。

髪もロングヘア―がくしゃくしゃだ。


「ごめん、寝てた?」

「いえ……読書をしていただけなので……どうしたの?」

「面白いものを召喚した」


どんよりしていたララミーの眼鏡が光った。


「面白いモノ?」


これまで魔道具系の召喚物は必ずララミーに見せているので今回も期待しているようだ。


「今回のブツはきっと宮廷魔術師殿の気に入ると思うよ。一緒に遊ぼうと思って持ってきたんだ。ジャーン!」


背中に隠していた魔導ブロックを見せてやると、ララミーは感嘆の声を上げた。

箱に描いてある写真という細密画を見ただけでクラフト魂が震えるもんね。


「おお! カ、カンパーニ卿、こ、これは!?」

「詳しくは説明書を読んでみてよ。俺もまだ箱を開けてないんだ。一緒に御開帳しよう」

「わかりました。それでは汚いところですけど、上がってお茶でも淹れていってください」


厚かましいな、オイ! 

まあいいや。

ララミーが説明書を読んでいる間にお茶を淹れてやろう。

それにしても相変わらずゴチャゴチャした部屋だ。

床には本が散らばり、ベッドの上には服が重なっている。

この部屋に来るたびに掃除をしたくなっちゃうんだよね。


「ララミー、ポットはどこ?」

「……」


ダメだ。

すでに説明書に没頭している。

テーブルの上の布をどけると、ララミーお手製の魔導コンロとポットが見つかった。

すぐ横には光沢のある紫の下着が落ちているけど見ないふりだ。

俺には何にも見えない。

花の意匠を凝らしたレースになんか興味ないんだからねっ! 

パンツをそっと脇に寄せてお湯を沸かしてしまおう。

このコンロは火魔法を利用して渦巻き状の鉄を熱して調理ができるようになっている。


「ララミー、悪いけどポットに水をいれて」

「ん~……」


説明書から目を離さず、ララミーは魔法で水を作り出す。

さすがはベルギア帝国の宮廷魔術師だ。

少量の水を作るだけとはいえ、無詠唱で息をするように魔法を使っている。

お湯が沸くまでの間、崩れた本を積み直したり、床に落ちているゴミを拾って過ごした。


 ポットのお湯が沸く頃になってララミーはようやく説明書から目を離した。

概要部分を読み終えたようだ。


「カンパーニ殿、これは素晴らしい! よくぞこれを召喚してくれました」

「絶対に喜んでくれると思ったんだ」


紅茶を出してあげると、ララミーは砂糖を3杯も入れてかき混ぜ、氷冷魔法で冷やしたかと思ったら一気にそれを飲み干した。


「これで脳の準備は整いました。さっそく実験を開始しましょう!」


普段のどんよりとした雰囲気が嘘のようだ。

本当にこういうことが好きなのだな。

俺が苦笑しているとララミーは不思議そうな顔で聞いてきた。


「どうしたのですか?」

「いや、ララミーは自分の部屋だと元気なんだね」


ララミーは少しだけ顔を赤らめる。


「人が多い場所は苦手です……。カンパーニ殿は……一緒にいて楽です……」

「そっか。俺に気を使う必要なんてないしね。さ~て、どの実験からやってみる? 150通りの実験ができるんだよね」


再びララミーの眼鏡が光る。


「私としましては魔導ラジオに興味があります。ラジオだけで8種類もあるのにはきっと事情があるのでしょう。簡単な物から全種類制覇したいです!」


魔導ラジオは精霊の声を聴くことができる道具なんだよね。

俺も興味がある。


「俺としてはウソ発見器が気になるな」

「本当は実験No.001からNo150まで順番に全部試したいです」


それだとさすがに一晩あっても足りないな。

それに明日は帝都に向けて出発しなければならないのだ。


「ところでララミーはブリューゼルに戻る準備は終わったの?」

「えっ? えーと……」


まだ荷造りしていないらしい。


「やろうと思っていたのですが、ブリューゼルに持ち帰る本を選んでいるうちに……」


その本を読み始めてしまったということなのね。

あるあるですな。


「先に荷造り済ませちゃおうか?」

「カンパーニ殿……後生ですから、一番簡単なラジオだけでも……」


しょうがないなぁ。


「あとでちゃんと準備するんだよ」


あれ? 

俺ってばララミーをダメ人間にしている? 

でも、俺も魔導ブロックに興味があるんだよね。

結局、俺たちは荷造りを放り出して、魔導ブロックで遊ぶ選択をしてしまった。

ちなみに自分の荷造りはもう終わっている。

朝のうちにきちんと済ませたのだ。

ララミーの荷造りは後で手伝ってあげて、そのまま亜空間に放り込んでしまえばいいか。

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