第48話 フィルの幸福、アリスの幸福
朝日が寝室の窓を照らす前に、そっとレオが出ていったのが分かった。
唇の左端の方に温かなレオの唇の感触が残っている。
体力の限界で痺れるようになっていた私の頭では、まともに後朝(きぬぎぬ)の別れを告げることもできなかったのが残念だ。
でも昨日の夜から今朝にかけて、それぞれの境界線がなくなるくらいに激しく二人は求めあったので満足もしている。
最初はレオと一つになれたことが何よりも嬉しかった。
はじめての痛みはあったのだが、それもすぐに収まった。
きっとレオがいつもの傷薬を使ってくれたのだろう。
心身の隅々までを満たしていく充足を感じながら私たちは儀式を終えた。
今は疲れ果てていて、僅かに身体を動かすのも億劫だ。
レオが立ち去ってからしばらくして、入れ替わるようにアリスがやってきた。
「殿下、お疲れのところを失礼いたします。他のメイドたちが来る前にシーツを代えさせてくださいませ」
メイドたちに今のシーツを見られるのは問題が多すぎますね。
身体の芯が痺れている状態で何とか起き上がろうとしたらアリスが手を貸してくれた。
「おつかまりください」
「……ありがとう」
窓辺の椅子に沈みながら、ぼんやりとアリスがベッドメイクするのを眺めていた。
「アリス……」
「なんでしょうか?」
アリスは手を休めずに聞き返してくる。
「アリスもレオのことが好きなんでしょう?」
「もちろんです」
「だったら私に対して嫉妬とかはないのですか?」
不躾な質問をしているのは分かっていたが、ぼんやりとした気持ちのまま聞いてしまった。
アリスは手を止めず、キビキビとシーツを整えながら答える。
「もちろん嫉妬はございます。ですが、私はレオ様のオートマタです。そして私のAIの中にあるサブルーチン回路が囁くのですよ。レオ様のためにハーレムを作れとね。人間はこれを業(ごう)と呼ぶのかもしれませんね」
AIというのが人工知能のことだという説明は以前に受けた。
でもサブルーチン?
業?
わからない。とにかく今はクタクタなのだ。
「そんなことは何も考えずに、今は静かにお休みください。愛し合った余韻に浸りながら眠るというのは、きっと幸福なことなのでしょう。オートマタである私には体験できないことなのですよ」
きっとそうなのだろう。
アリスに手伝ってもらいながら、私は倒れこむようにベッドに入った。
朦朧とする意識がアリスの最後の言葉を捉える。
「そのかわり、私はことの余韻に浸るレオ様を寝かしつけることができるのです。それがオートマタである私の喜びです」
……それは羨ましい。
伝説のスクール水着を着たままで愛し合えば、私にもそれは可能だろうか?
でも、もう何も考えられない。
身体と意識が深い深い水の底に沈んでいくような感覚がする。
私は素直にその流れに身を任せた。
□□□□
居間で待っているとアリスがやってきた。
「フィルは?」
「気持ちよさそうにおやすみになりました。しばらくはそのままにして差し上げましょう」
「わかった」
「レオ様はお休みにならなくて平気ですか?」
体力がついたせいかちっとも疲れていない。
チートアイテムと鍛錬のおかげだね。
「大丈夫だよ。今日は忙しいから休んでなんかいられないからね」
明日は帝都に向けて出発する予定なのだ。
道の状態や宿の確保をするために送った先遣部隊の報告を聞いて指示を出したり、荷物の最終チェックもある。
「今朝はマルタ隊長と打ち合わせを兼ねた朝食会でしたね。まだしばらく時間がございます。コーヒーでもお持ちしましょうか?」
「頼むよ」
コーヒーが出来上がるまでに本日の召喚でもしておこうかな。
今朝は心が充実しているからいいものが召喚できそうな予感がする。
「豊穣と知恵の女神デミルバとの約定において命ず。異界のモノよ、我が元にその姿を現せ!」
(ピンポーン♪ 召喚魔法のレベルが3に上がりました。これにより召喚アイテムを亜空間に保存することができるようになりました。亜空間からの召喚や送還に回数制限はありません。現段階での亜空間の広さはおよそ一ヘクタール。空間内への立ち入りも可能です)
これは便利だ。
今までは物置を使っていたんだけど、そろそろ荷物でいっぱいになってきたところなんだよね。
しかも物置と違ってアイテムを直接取り出すことも可能だ。
フィルのインベントリバッグに近い感じかな。
人間の立ち入りもできるようだから、さっそく亜空間とやらに入ってみることにしよう。
俺が念じると目の前にドアが一つ現れた。
丁度そこへコーヒーを持ったアリスが帰ってくる。
「レオ様! それは!?」
何をそんなに焦っているんだ?
「召喚魔法がレベルアップしたんだよ。これはアイテムを置ける亜空間に通じるドアだよ」
「では、念じただけで任意の場所に行けるという超テクノロジードアではないのですね?」
「違うよ」
「安心いたしました」
「どこにでも通じるドアか。そんな、便利なアイテムがあるんだね」
「ございます。ございますが、どこにでも行けるドアはいろいろと厳しいのです……」
厳しい?
「お気になさらずに。大人の事情ですので……」
なんだか分からないけど深く突っ込むのは止めにしておこう。
その方が平和そうな気がした。
ドアを開けるといつもの見慣れた物置があった。
空間の中は床も壁も天井も黒いタイルのようなものが張られている。
目地の部分だけが白くて、そこが発光して明るくなっているようだ。
「かなり広いな。これならスルスミだって余裕でおけるね」
「はい。余人は入ってこられないようですので、いざという時のセーフスペースにもなりそうですね」
それはいい。アニタに襲われた時や、人生に疲れた時はここで過ごすことにしよう。
そういえば召喚の途中だったな。
改めて今日の召喚をしてしまうか。
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名称: 魔導ブロック EX150
説明: 魔道具作りの基礎が学べる決定版!
あらかじめ魔法陣や魔石が組み込まれたキューブを並べることで魔導回路を組んで実験が行える魔導玩具。本製品では魔導コンロ、風魔法を使った音声増幅実験、土の形成と硬化実験、小型水球作成、光魔法の点灯など150もの実験が可能です。
####
へぇ~、魔導ブロックはうそ発見器なんてものも作れるんだ。
本当かな?
ララミーが見たら喜びそうだから、時間ができたら一緒に遊んでみようかな。
おれも魔道具作りには興味があるしね。
「また、懐かしいおもちゃが出てきましたね」
「知っているの?」
「ええ。私が生み出される100年以上前に流行ったそうですよ。けっこう本格的な魔導回路が組めるので楽しいと思います。魔法陣を覚えるのにも役に立ちますね」
なるほど。
なんだかちょっとワクワクしてきた。
魔導ラジオとやらを作って精霊の声を聞いてみるぞ!
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