第47話 サブミッション

 試合直後からアニタの様子が変だ。

俺と目を合わせようとしないのだ。

気を失った影響でおかしくなっちゃった?


「ブレッツ卿、大丈夫ですか?」

「いっ、あっ、……うん」


やっぱり、顔を赤くしたままこちらを見ようとはしない。

具合が悪いのか? 

俺もアニタの頭部に結構きつい打撃を何発か入れているからなぁ。


「あの、吐き気とか、頭痛はありませんか?」


怪我の様子を見ようと手を伸ばしたらアニタにその手を払われた。


「ダメだっ! 今は触るなっ!」


もしかして嫌われちゃったかな?


「ブレッツ卿……」

「わからないんだ! 負けたのは悔しいし、でもレオが強くなっていて嬉しくもあった。気を失う前にちゃんとイケたし、満足のはずなんだけど……」


俺はもっとわからない。


「私は怖いのだ。今、レオに触れられたら自分が自分でなくなってしまいそうで……。この気持ちは何なのだっ!」


そこでアリスがずいっと前に出てアニタに囁いた。


「(私が教えて差し上げましょう。だからそのまま動けないふりをしてください)」

「(動けないふり?)」

「(ええ。答えは60秒後にわかります)」


何を話しているんだ? 

そう思ってたらアリスが真面目な顔でこちらを向いた。


「いけませんね。脳波に少し乱れがあります」

「脳波に乱れ?」

「はい。私の超高性能センサーがそのように捉えました!(キッパリ)」


考えてみれば女の子を殴っちゃってるよ俺。

どうしよう!?


「すぐに治癒士を呼んだ方がいいな」

「それには及びません。まずは日陰で休ませることが肝心かと。レオ様、ブレッツ卿をお運びしてあげてください」


訓練場は日差しも強い。

すぐにでも室内に移動するべきだろう。


「わかった。ブレッツ卿、肩をお貸しします」

「あんたバカァ!? でございますよ! こういう時に女性を運ぶにはお姫様抱っこがデフォに決まっているではないですか!」


また、異世界用語かよ。


「お姫様抱っこって?」


質問する俺に、アリスは心底ゲンナリした顔を見せた。


「プリンセンスガードのくせにお姫様抱っこも知らないのですか? まあいいです。私の言う通りやってください」


プリンセスガードがプリンセスを抱っこするのは拙いだろうに……。

アリスの指示通り左手はアニタの背中から肩へ、右腕は両膝の下に通した。


「し、失礼します……」

「う、……うん」


そのまま自分の方へ抱き寄せるように持ち上げる。


「あっ……」


アニタが小さく声を上げた。


「どこか痛かったですか?」

「ちが……」


アニタは俺の服の胸の部分を掴んでおでこをこすりつけてくる。

その様子をアリスが満足気に見ていた。


「どうです? ご自分の気持ちがなんなのかお分かりになりましたか?」

「……うん……愛しいの……。レオのことがどうしようもなく愛しい……」


こんな体勢でそんなことを言われてしまうと、俺も……。


「愛しくて、切なくて、絞め殺してしまいたくなりそうなの! でもこのまま絞め殺してほしい気もする! どうしよう!?」


おい……。

下に落としたらダメかな?


 控室のベッドの上にアニタを乗せるとそのままベッドに引きずり込まれそうになった。

しかも下から片腕と頭を使って俺の頸動脈を絞めにきやがった。

本当に具合が悪いのか? 

やっぱりこいつは死神だ。


「おお! 見事な肩固めでございます」


アリス、解説はいいから助けてくれ。


「このまま私と初夜を済ませてしまえ! 私の準備はとっくにできていグホッ!」


アニタの暴走は伝説のスクール水着をきたフィルとレベッカの正拳で止まった。


「た、助かったよフィル」

「いえ……」


フィルが何か言いたげだ。

ちょっと怒っているようでもある。


「あの、フィル?」

「……」

「どうしたの?」

「お姫様抱っこ……」

「はい?」

「なんでもありません!」


なんでもなくはなさそうだ。

その後も「皇女は私なのに」とかブツブツ文句を言っていたので、二人っきりになった時にお姫様抱っこをしてあげたらすぐに機嫌は直った。


「うふふ。これは中々いいものですね」


腕の中で微笑むフィルが可愛い。


「レオ……お願いがあるのです」

「なんだい?」

「今晩、寝る時に同じように抱っこをして私を寝台まで運んでくれませんか?」


このお願いはかなり嬉しかったりする。

だって普段のフィルはほとんど我儘を言わないんだよね。

こんな風にストレートに要望を言ってくれる方が分かりやすくてありがたい。

もっともアニタのように己の欲望を真っ直ぐに叩きつけてくるのも困るんだが。


「それくらいどうってことないよ」

「約束ですよ」


やけに真剣な瞳のフィルが気になったけど、俺は就寝前に寝所を訪ねる約束をした。

もちろん人の目があるのでそっと窓から入るのだ。

フィルの部屋の前では特戦隊の女性隊員が交代で寝ずの番をしている。

彼女らに見つからずに寝所に入るのは不可能だ。



 空にはレモン色をした上弦の月が浮かんでいる。

風は心地よく、草原には雲の影が羊の群れのように走っている。

そんな素敵な秋の夜、俺は城の屋根の上に出た。

フィルの居室はここから16メートルくらい下にある。

フレキシブルワンドを取り出して先端をフックの形にすると、それを屋根の出っ張りにひっかけてから、持ち手を細く長く伸ばして壁を下りた。


 窓ガラスを二回叩くとフィルはすぐに鍵を開けてくれた。


「こんばんは、我が殿下」


俺が膝をつくとフィルも、


「お待ちしていましたわ、私の騎士」


と返してくれた。

そして二人で笑ってしまった。


「夜もだいぶ更けてまいりました。殿下もそろそろお休みくださいませ」

「わかりました。それでは私を寝台まで運んでください」


両腕を使ってフィルの体を持ち上げると、解かれたままのフィルの髪からふわりといい匂いがした。

月明かりに輝くその様子は黄金の麦畑を思わせる。


 そのままフィルを寝台に寝かせ、その額に優しくキスをした。


「おやすみフィル。よい夢を」


俺はそっとベッドから離れた。


「レオ……」

「ん?」

「いかないでっ!」


そういいながら、フィルが後ろから抱きついてきた。


「な、なに?」

「このまま、一緒にっ!」


ええ? 

ていうか、なんか後ろから絞め技をくらっている!?


「(見事な送り襟絞めです)」


アリスが解説している幻聴が聞こえる。

俺は失いそうな意識の中で一生懸命フィルの巻きついている腕をタップした。


「わかった! わかったから離して」

「本当に?」

「本当だから腕を緩めて」


フィルの力が弱まって、ようやく普通に後ろから抱きついているような格好になった。


「フィル、もしも陛下に知られたらとんでもないことになるかもしれないんだよ」

「……わかっています。だけど、苦しいの。レオは私と結ばれたくない?」


そんなことはない。

さっきから背中にフィルの胸が当たっていて俺の方も抑えがきかなくなりつつある。


「俺は、いざとなったらフィルだけがいればいい。帝国も地位もすてて二人で暮らしたってかまわないくらいだ」

「私もです。皇女の地位など未練はありません。二人の行為が糾弾されるのならば、私はレオと一緒にどこか知らない土地に行くのだって構いませんわ」


俺とフィルなら冒険者にでもなんでもなれそうだ。

それはそれで面白そうな人生ではあるな。

そうならないようにはするけどね。


「フィル、愛してる」


俺はフィルに向き直る。

そして俺たちは朝日が昇るまで繰り返し愛し合った。

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